元祖セッ部屋

オジョンボンX/八潮久道

 セックスしないと出られない部屋の朝は早い。


「おい、瑠希奈(るきな)、瑠希奈」

 国本(くにもと)が肩を揺するが瑠希奈は目を覚まさない。瑠希奈の寝姿はしどけなくTシャツのすそが捲れあがって腹が出ている。国本はふくよかな瑠希奈の腹の、なめらかできめ細かな肌を、きれいだと思う。狐色で香油を塗り込んだように濃くつややかだった。

 肩を揺するたび、少し遅れて瑠希奈の豊満な胸が揺れる。

 二人は17歳だった。


 国本は唇を、瑠希奈の小さな耳のそばへ寄せる。

「おいって。瑠希奈。もう時間、起きないとヤバいよ」

 国本は少し焦っていた。早く瑠希奈を起こして支度を始めなければまずい。しかし瑠希奈の眠りは異様に深い。これほど起こして起きない瑠希奈を見ると、本当に目覚めるのだろうかと国本は不安に駆られる。


 国本も眠かった。まだ6時前だった。空調は20度に設定されている。夏でも寒いはずだが、彼らはすぐに身体が熱を持つからそれでちょうど快適だった。冷えた風が素肌の表面を撫でていく。皮膚を絶え間なく乾燥させているはずなのに、瑠希奈の肌はしっとりとしている。

「おい、起きろよ。早く準備しないと……」

 天井のLED照明が白々と部屋全体を均一に照らしている。

 瑠希奈と国本の荷物はそれぞれ棚に収納されている。国本の棚は少ない荷物が整然と片付けられているが、瑠希奈は必要なのかよくわからない者も多く雑然としていた。お互いの性格の差が如実に現れていた。


 国本は瑠希奈の肩を一定のリズムで揺らし続け、揺れる胸を眺めていると、自身も眠りの底へ引きずり込まれそうになる。寝る子は育つというが、瑠希奈は実に豊かなボディを誇っている。

 国本はふと、自身は望んでこのセックスしないと出られない部屋へと入ったが、瑠希奈はどうだろうと思いを馳せた。この恵まれた肉体を見込まれて部屋に導かれたのだろうが、瑠希奈本人は本当に望んでここにいるのだろうか?

 二人はこの部屋で出会うまで、お互いを知らなかった。それが今は肌を重ねるようになった。肌を重ねてみれば、瑠希奈の肉体が素晴らしいことはすぐに分かる。睡眠、食事、セックス。三つの欲望とはよく言われるところだが、瑠希奈はよく眠り、よく食べる。しかし二人ともセックスは未経験だった。


 国本は瑠希奈の体からほのかに放たれる甘い香りを吸った。横であぐらをかいて瑠希奈を揺すり続けるが、豊かな肉体がゆれるばかりで目を覚まさない。国本は自分でも気付かないうちに目を瞑っていた。子供の寝かしつけで自分が眠ってしまう親のようだ。国本は頭の中で考えがあっちこっちに飛んで、いつの間にか眠っていた。

 太ももに何かが触れる感覚に国本は目を開けた。何秒眠っていたのだろう。瑠希奈の手がむきだしの国本の太ももの内側を撫でていた。すねや太ももの表側には毛が生えていたが、そこは無毛だった。

「おはよ」

 声に形があるならこの瑠希奈の声はコロンと転がって透き通る金平糖に似た姿だろうと、国本は眠い頭でぼんやりと思った。肩をゆすっていた国本の手に、瑠希奈は自分の手を重ねた。瑠希奈の手は子供みたいに熱い。

「ね、起こして」

 甘えた声を出す。やはり金平糖の甘さに似つかわしいと国本は思いながら、無言で瑠希奈の長いまつ毛を、ぷっくりした唇を、小さめな耳を、薄いTシャツの下の胸を、裾から覗いた腹と何かの合図みたいなへそを、タオルケットからはみ出した太ももを、案外しっかりと骨太な足首を、黒縁のプラスチックフレームのメガネ越しに見た。

「フフ、見すぎだって」

 体を密着させるように寄せ、瑠希奈の背に腕を回して起こしてやった。ううん、と気だるく呻いて、瑠希奈はまだ目を閉じたまま体をよじった。

「ボク、朝ってほんと苦手なんだよね」

「いい加減、自分で起きろよ。瑠希奈のせいで俺も遅れちゃうじゃん」


 瑠希奈は起きるまでに時間がかかるが、一度起きてしまえば元気いっぱいに、さっさと全裸になった。国本も既に服を脱いでいる。

 瑠希奈は、うんっ、んっ、と腰と股間が締まるたびに悩ましげな声を上げる。

「瑠希奈うるさい」

「だって、あっ、声が出ちゃうんだもん、ぅんっ」

 パンッ、パンッと打ち付ける音が響く。

 補助者がまわしを締めていく際に、着用する者がまわしを手で叩くことでしっかりと締まる。パンパンと叩いていく。瑠希奈が稽古まわしを締め終えると、今度は瑠希奈が補助者となり、国本のまわしを締める。




 セックスしないと出られない部屋に所属する力士のうち、幕下以下の者たちが稽古場に下りてくる。

 弟子の中で瑠希奈と国本が最も下位だった。稽古場には既に朝セックス、生セックス、巌堀(がんぼり)がいた。

「おはようございます」

「おはよう」

 力士たちは前日に用意されたおにぎりや蒸した鶏もも肉の甘酢だれがけなどを軽く食べた。相撲部屋では朝食を抜いて朝稽古を始めるのが一般的だが、セックスしないと出られない部屋では力士の健康と身体づくりに有効という考えから、朝食を取らせていた。

 また体重測定と記録も毎日課せられていた。「食べるのも仕事」と角界ではよく言われるが、セックスしないと出られない部屋ではBMIの制約、身長に応じた体重制限を設けていた。昭和時代と比較すると幕内力士の平均体重は30kg以上増加し、力士の大型化が進んでいる。勝負にとって有利であっても、力士の身体的負担は大きくなる。怪我(膝の故障など)や病気(糖尿病など)が増加し、現役期間という意味でも、人間の生命という意味でも、短命の要因になっていた。弟子たちは入門前に体重制限について説明を受け、納得した上でセックスしないと出られない部屋に入っている。

「巌堀さん寝てんじゃないスか」

 もともと細い目がほとんど閉じたままおにぎりを頬張る巌堀を見て国本が笑う。

「ンオー」

 巌堀が返事なのか分からない牛のような鳴き声を出したから、皆が笑った。

「瑠希奈は朝強いのか?」

 生セックスが元ヤンキーの名残を残した鋭い目付きで瑠希奈に声を掛けるが、声はあくまで穏やかだ。

「そうなんですよぉ。ボク結構朝強くて」

「嘘だよ毎日俺が無理やり起こしてんじゃんか」

 すかさず国本が突っ込むと周囲に笑いが起こる。

 そうこうするうちに、湘南のセックスやセックスの魔羅、キメセクらが稽古場に姿を見せた。

 セックスしないと出られない部屋は、力士同士の雰囲気が和やかだった。年齢や地位の上下による一定の敬意はお互い払っていたが、安心して冗談を言い合えるような環境だった。

 それは、師匠であるセックスしないと出られない親方の方針でもあった。




 国本は地元の相撲教室に小学生の頃から通っていた。相撲部のある高校の練習場を間借りし、毎週木曜と土曜の夜に練習をしていた。小学生14名、中学生3名が所属し、中学3年生は国本ひとりだった。みな中学に上がる前に、あるいは高校受験が近付けば辞めてしまう。

 国本は取り立てて強い選手でもなかった。全国大会への出場経験もなかった。

 その教室に突然、セックスしないと出られない親方が現れた。親方は国本が4歳の時に大相撲力士を引退しており、現役時代をリアルタイムに覚えていたわけではなかった。こんな小さな地方の相撲教室に親方が来るのは驚きだった。

 親方は仕立てのいいスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを胸ポケットにねじ込み、靴下を脱いで土俵に上がった。ベルトをまわし代わりに、国本に相撲を取るように促した。

 刈り込んだ短い金髪に、青い目が鋭い。現役を退いて10年が経つが、肉体は鍛え上げられているのが服越しにもはっきりわかった。国本は大きな親方に小さく恐怖したが、思い切り頭から当たり、右四つに組んだ。右の下手を深く取り、肘を張るが、親方の長い腕はその上から難なく国本のまわしを掴んでいた。国本は上手を浅い位置で取り、下手の側に寄って出た。親方はあまりに重かったが、全力でゆっくり寄り切った。息が上がった。

「基本に忠実な、良い相撲だ」

 親方は服が土で汚れるのも厭わず、国本と20番ほども取った。その都度、体重のかけ方、まわしの切り方、土俵際の詰めなど理由を添えて細かいアドバイスを国本に与えた。

 国本は周りの級友が「勉強ダリい」と言う場面でも「勉強面白い」と言って白けさせるような、真面目で、仕組みを知ることが大好きな子供だった。辞め時をなくして漫然と相撲教室に通っていたが、辞めずにいて良かったと思えた。面白い。相撲は面白い。技術が詰まっている。親方の言葉を聞いていると、その世界が開かれていくようでわくわくした。

「楽しいか」

 親方は国本の心を見透かしたように問いかけた。息が上がって言葉が出なかったが、国本は大きく何度も頷いた。親方は国本に名刺を渡して去った。

「セックスしないと出られない部屋」の連絡先と住所が書かれていた。


 入門したのは間違いではなかった。楽しい。自分が少しずつ相撲を知っていく感覚、強くなっていく感覚がある。番付も少しずつだが上がっている。

 でも瑠希奈はどうだろう。同じ時期に入門して、楽しそうに過ごしているが、相撲を楽しいと思っているんだろうか。国本は兄弟子たちと楽しそうに談笑する瑠希奈のあどけない顔を横目に見つめた。


 セックスしないと出られない部屋の一日がはじまる。

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