第十七話 アマリエ その二

「かっかっかっ、天才は天才を求めるという事か!エルラーネの再教育をするよう命じる」

「承知しました、しかしそれでは、ウィリーベル様の身の回りのお世話をする方がいなくなってしまいます」

「アマリエ、お前がやればよかろう」

「わ、私がですか?」

「そうだ、お前は優秀だからな、ウィリーベルも納得するであろう」

「ジルダム様、お言葉ですが私は優秀ではありません」

「いいや、お前は滅多にいないほど優秀だ」

「ですが、私が一番になったのは役に立たない気配を消す事くらいですし…」

「かっかっかっ、アマリエ、お前は勘違いをしている。

 確かに一番になる事は重要だが、全てにおいて上位に入れる者はそうはいない。

 アマリエ、お前はもっと自信を持って良いのだぞ」

「…承知しました」


 ジルダム様に優秀だと言われましたが、私の事は私が一番よく知っていますし、優秀ではありません。

 それに、ウィリーベル様を見た後では、私が劣っている所ばかりなのが良く分かりました。

 本当に私なんかが、優秀なウィリーベル様の妻になっても良いのでしょうか?

 もっと他に…。

 いいえ、既に決まった事をうだうだと悩んでも仕方ありません。

 気持ちを切り替え、ウィリーベル様の妻として身の回りのお世話をする事にしました。


「自分で出来るからいいよ」

「ですが…」

「地獄の訓練から解放されたばかりだから、仕事があるまで自由にさせてくれると助かるなー」

「承知しました…」

 ウィリーベル様のお世話をしようとしたのですが、断られてしまいました。

 やはり私では妻失格なのでしょう…。

 ジルダム様に私より相応しい妻をとお願いしてみましたが駄目だと言われ、準備をしっかりする様にと言われました。


 私の役目は元々、ウィリーベル様の仕事を補佐するのが役目です。

 それは、妻となった今でも変わる事はありません。

 ウィリーベル様の仕事に支障が出ないように、しっかりと準備をしなくてはなりません。

 衣装や荷物の準備をし、鞄に細工も施して行きます。

 足りない物が無いかと何度も調べなおし、ウィリーベル様と仕事に向かう前日までに間に合わせました。

 丁度準備が整った頃、ジルダム様から仕事の件について呼び出しを受けました。


「明日からウィリーベルの初仕事に同行して貰うが、緊張する事は無いぞ。

 仕事はウィリーベルに任せておけば、失敗する事は無い。

 アマリエも、初めての旅行だと思って楽しんで来るといい」

「はい」

「しかし、一つだけ注意点がある。

 それは、ウィリーベルが仕事をし終えた後の事だ。

 初めて人を殺した後と言うのは、誰であっても心に傷を負う。

 その傷に押しつぶされて、二度と人を殺せなくなる者もいるくらいだ。

 わしも、初めて人を殺した時のことは今でも鮮明に覚えておるからの」

「…お言葉ですが、ウィリーベル様は卒業試験の際に人を殺したのでは?」

「敵意を持った相手は数に入らん。

 今回の仕事は寝ている無抵抗な者を殺すのであって、卒業試験とは意味合いの違う殺しだ」

「…」


 人を殺した事が無い私にとって、その二つの違いは分かりませんが、確かに無抵抗の者を殺すのは罪悪感が多くなるような気がします…。


「無理だとは思うが、ウィリーベルに相手の目を見ないように伝えるといい」

「承知しました」

 私にウィリーベル様の心の傷を癒せるかは分かりませんが、出来る限り妻としてウィリーベル様の心を支えになっていこうと思います。


 ウィリーベル様のお仕事で一緒に出掛ける事になった当日、ウィリーベル様から名前の呼び方を変えるように指示されました。

 天才とまで呼ばれる方を呼び捨てになど出来ませんが…私はウィリーベル様の妻ですし「ベルさん」と呼ばせて頂く事にしました。

 それから、仕事中は姉弟と言う設定になりますので「ベル」と、呼び捨てにさせていただきます。


「アマリエお姉ちゃん!」

 ベルさんからそう呼ばれるたびに、本当の姉弟になったかのような錯覚を覚えます。

 思わず、ギュッっと抱きしめたくなるくらい可愛いです!

 妻なのですから抱きしめても良いと思ってしまいましたが、今は仕事中ですので諦めました…。


 目的地まではベルさんの演技のおかげで、難なく到着しました。

 私に出来る事は、ベルさんが無事に仕事を終えて戻って来るのを待つことだけです。

 ベルさんを送り出し、無事に帰って来る事を祈りながら待ちました…。


 ジルダム様のおっしゃった通り、ベルさんは無事に仕事を終えて帰って来てくれました。

 私の役目はこの時の為にあるのです。

 私はベルさんと一緒のベッドに横になり、ベルさんが心安らかでいられるように、そっと抱きしめてあげました…。

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