第十八話 初仕事を終えて

 …。

 目がさえて、全く眠れない…。

 卒業試験で七人の命を奪った時は、なんとも思わなかった。

 それなのに、たった一人殺しただけだと言うのに、今になって心臓の鼓動が早まり、興奮して眠る事が出来ない。


 目を瞑れば、俺が殺した相手が最後に開いた目が脳裏に浮かび上がってくる。

 俺を恨むわけでもなく、ただただ驚愕に開いた目の印象が強烈に残っている。

 そう言えば仕事に向かう前に、アマリエから相手の目を見るなと言われていたが、こういう事だったのか…。

 今更ながらに無抵抗な者を殺したのだと実感し、罪悪感からなのか体が震えて来た…。


 相手は独立都市アデリーリャにとって、排除すべき悪人だ。

 その悪人を排除するために、俺は訓練を続けて来た。

 いいや、生き残るために訓練をし続けて来たのであって、人殺しをしたいからではない。

 俺は自ら望んで、暗殺者になったのではないのだからな。

 だからと言って、今更自分が行った事を否定する事はしない。

 俺はこの手で!自分の意思で!人殺しを行ったのだ!

 そこ事実は受け止めなくてはならないし、人を殺してしまったと言うごうを背負っていかなくてはならない。

 俺は両手で自分を抱きしめ、震える体を抑え込もうとした…。

 その時ふっと、俺の体は柔らかいものに包まれた。


「安心してください、私が傍にいます。ベルさんの心の支えになれるかは分かりませんが、私が傍にいる事を忘れないでください」

「ありがとう…」

 隣に寝ていたアマリエが、俺の事を優しく抱きしめてくれていた…。

 アマリエは俺に自分の意思を伝えるためか、俺の頭を胸に抱えるように強く抱きしめて来た。

 アマリエの温かさに包まれたからか、体の震えは不思議と消えていった。

 そして自然と目から涙があふれてきて、俺は恥ずかしながらもアマリエの胸の中で泣き続ける事になった…。


「アマリエお姉ちゃん、もう大丈夫だよ…」

「駄目です、朝までこうしています!」

 涙が止まったのでアマリエから離れようとしたが、アマリエは離してくれなかった。

 仕方なくそのまま目をつむり、朝まで眠りにつくことにした…。


 って、アマリエの胸の感触が良すぎて、全く眠れなかったけどな!

 いやぁ、女性の胸に抱かれる事なんて今まで一度も無かったんだよ!

 興奮して眠れるはずもない!

 幸いだったのは俺の息子が小さすぎて、興奮しているのがアマリエに発覚しなかった事だ。

 アマリエが心から俺の事を心配してくれているのに、胸の感触に興奮していたとかアマリエが知ったら、怒って今後二度とこんなことはしてくれなくなるだろう。

 そんな事にならなくて良かったと、一安心した。

 人を殺した事実を忘れたりはしていないが、心の負担はかなり減ったのには変わりはない。

 アマリエに感謝しつつ、朝までアマリエの胸の感触を楽しませてもらった…。


「アマリエお姉ちゃん、なんだか騒々しいね?」

「そうね、何かあったのかしら?」

 宿屋の食堂でアマリエと朝食を食べていると、武器を手にした者達が宿屋に押し入って来て、怪しい者がいないか探し回っていた。

 間違いなく、エグバートル・ラステイル伯爵を殺した犯人を捜しているのだろう。

 朝食を食べてる俺とアマリエの所にも来たが、一目見て犯人ではないと思ったのか、何も聞かれず去って行ってくれた。

 俺とアマリエは白々しく「怖いね」とか言いながら、状況を見守っていた。


「三日間スピアーロル町から出る事を禁ずる!」

 どうやら、三日間この町に滞在しなくてはならなくなったらしい…。

 早く帰る必要はないが、お金は大丈夫なのかと心配したが…。


「一週間くらいの予定だったから、心配しなくていいのよ」

「うん、じゃぁ、町を見て回れるんだね!」

「えぇ、お出かけしましょう!」

 朝食を食べ終えた後、アマリエと町を散策して回る事にした。


「アマリエお姉ちゃん、あれ食べてみたい!」

「またなの?しょうがないわね…」

 アマリエにお菓子をねだると、しょうがないと言いながら買ってくれる。

 買ったお菓子をアマリエと半分こし、仲良く二人で食べながら町を歩いて回った。

 この事で分かったが、アマリエは甘いものに目が無いみたいだ。

 今まで見たことが無いような幸せな表情をしながら、甘いお菓子を食べている。

 見ているこっちが幸せな気分になるような、そんな優しい笑顔だ。

 勿論、このお金は全て俺の借金になるが、お菓子代なんて大した事無いし、この笑顔を見る為なら惜しむ気はない。

 俺はアマリエにおねだりしながら、アマリエの幸せな笑顔を見続けて行った…。

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