第十五話 初仕事 その二

 アマリエが言い淀みながらも、辛そうな表情で伝えた「自害してください」と言う言葉は俺の心に深く突き刺さった。

 暗殺者の俺が一番やっていけない事は、捕まる事だ。

 暗殺を失敗したとしても、また次の機会を狙えば良いが、捕まってしまえば独立都市アデリーリャとの関係を魔法や薬で自白させられてしまう。

 そうなってしまえば、独立都市アデリーリャの立場が非常に悪くなり、最悪の場合は独立都市アデリーリャが滅ぼされてしまうかも知れない。

 そうならないように、捕まる前に自害しなくてはならない…。

 俺は死にたくないし捕まりたくも無いが…俺を育ててくれた者達が住む独立都市アデリーリャには恩義がある。

 その時は覚悟を決め、自害するつもりだ!


 深夜、俺はアマリエから暗殺用の衣装に着替えさせられていた。


「アマリエ、この衣装は…」

「よくお似合いです」

「いや…まぁいいか…」

 頭には頭巾をかぶらされ、口元は布で隠して目元しか出ておらず、真っ黒な上下に身を包んだ俺の姿は、どう見ても忍者そのものだった…。

 勇者や魔王がいて、剣と魔法の世界に忍者はおかしいだろ!

 そう思ったが…独立都市アデリーリャを作ったのは四百年前の勇者で、その勇者が俺の様な転生者だとしたら、戦国時代か江戸時代の人だろう。

 そう考えれば、忍者の衣装にも納得した。

 しかも、非常に動きやすく、口元の布も息苦しさを感じない素晴らしい衣装だと言える。


「アマリエ、行って来ます!」

「あっ、待って!言い忘れていた事があります!

 必ず、戻って来てください!

 それともう一つ、目標の目は出来る限り見ないようにしてください!」

「うん、約束するよ!」

 俺は魔力と気配を消し、見送るアマリエに笑顔を見せてから、宿屋の窓から音も無く外へと飛び出して行った!


 静まり返る町の屋根の上を、音も無く颯爽と走り抜ける俺は忍ぶ者!

 時代劇に出てくるような効果音は勿論ないが、二階くらいの建物の上になら軽々と飛び乗れる!

 訓練をしている時には何も思わなかったが、実戦としてやるにはとても気分が良い!

 本当の忍者になったかのようだ!

 などと考えているうちに、目的の屋敷が見えて来た。

 ふざけてなどいなかったが、余計な考えは捨てて仕事に集中しなくてはな!


 屋敷の周囲を囲む三メートルの高さの塀を軽々と飛び越え、庭木の枝に飛び乗った。

 警備は屋敷の入り口に二人立っていて、屋敷の周囲を巡回しているのが二名いる。

 アマリエの情報通りなのは良いとして、情報の出所は何処なのだろうか?

 まぁ、俺は仕事を遂行するだけだし、余計な詮索はしないでおこう。


 巡回が去った直後、木の枝から地面に飛び降り、次の一歩で二階の窓枠に捕まった。

 そのまま反動を付けて三階の窓枠に飛び移り、目的の寝室のベランダへと侵入した。

 窓を確認し、いけると判断した。

 懐からナイフを取り出し、一回、二回、三回、四回と窓枠に斬りつければ簡単に取り外せるようになる。

 普通のナイフに見えて、実は一流の刀匠とうしょうが心血を注いて作り上げた一品らしい。

 詳しい事は良く分からないが、訓練時にとても高価な物だから乱暴に扱うなと、口酸っぱく言われたからな。

 あの時ナイフを破損させていたら、俺の借金はさらに増えていたに違いない…。

 当然、このナイフを失っても同じ事になるだろう。

 ついつい余計な事を考えるのは、俺の悪い癖だ…。

 今は仕事に集中しよう。


 窓枠をスッと引いて、室内に侵入する。

 ここは衣裳部屋で、寝室は扉を抜けた先にある。

 扉を音を足せずに開け、寝室へと侵入した。

 寝室は暗いが、俺には一切問題は無い。

 目を瞑っていても、部屋の中に誰がどの様な状態でいるのかが手に取るようにわかる。

 天蓋付きの高級そうなダブルベッドには、男女が寄り添うように熟睡している。

 男の方に近寄り、目標の人物だと確認した。


 寝ている男の口に手を当てると同時に、首の後ろまで貫通する様にナイフを突き刺した!

 男は目をカッ!と見開き、驚愕の表情を浮かべるも、首の神経を切断しているので体は動かない。

 男の表情から生気が抜け、死んだ事を確認してからナイフを引き抜き、その場から素早く立ち去った。

 衣裳部屋からベランダへと出て屋根へと飛び乗り、屋根の上で助走をつけて、一気に屋敷の塀の外まで飛び降りた。

 そこから少し遠回りをしながら追手がいないか確認し、追手がいなかったのでアマリエの待つ宿屋へと戻って行った。


「ベルさん、お帰りなさい!」

「アマリエ、ただいま!」

 俺が宿屋の部屋に窓から入るなり、アマリエは俺を抱きしめて来た。

 微かに声が震えているから、初めての仕事が上手く行くか心配していたのだろう。


「何も問題無かったよ、アマリエ姉さん、着替えさせてくれないかな?」

「はい、承知しました」

 アマリエは目元から零れ落ちる涙も気にせず、着替えさせてくれた。

 俺はそのままベッドに入り寝ようとしたら、アマリエも俺の隣に寝転がって来た。


「今夜は添い寝させて頂きます」

「う、うん、ありがとう」

 特に断る理由もなく、アマリエと一緒に眠る事になった…。

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