5.幻界の人々(ジェス)

エールに関しては、普通、でしたね。そりゃ、昔は、少しはいいな、とは思ってましたよ。同学年の女の子の中じゃ、一、二を争うくらい、優しい子だったし、田舎娘にしては、すごく可愛かったですからね。


だけど、僕の双子の弟のジェムが、エールを好きなのは丸わかりだったし、子供心に、兄弟でそういうのは、と思いましたから。それに、僕は、弟より一年早く、ちょっとレベルの高い寄宿学校に行きましたから、地元にはあまり構いつけてられませんでした。入学式では、弟も一緒だったのですが、弟は肥りすぎていて、きれいに痩せるには、医者の監督がいりました。寮では対応できず、入学は先送りになりました。


こればかりは、平等主義の母でも、僕と弟を同列にはできませんでした。どうしても同時に入学させたくて、僕に来年に伸ばせ、とまで言いましたが、父が僕の入学を遅らせるのは猛反対しました。


だいたい、健康的に痩せさせるのは親の義務で、学校の責任ではありません。


なので、弟は痩せた上で、二年後から、一年下の学年で編入しました。成績は良かったので、そこは問題なかったです。




例のノワード達のお祝いの日の事件の時は、僕には、とっくに島もエールも、思い出の中、でした。それに、その前にやらかした、灯台の件を考えると、まあ、可愛いけど、眺めてる程度が、妥当な女の子かな、と思いました。彼女、ポッペアの事を、すぐにぷんぷんして下品、と言ってましたが、ポッペアは短気だけど、品のない所は、殆どありませんでした。




学校に行ってからは、様々な出会いがありました。私の学校は、私立ですが、公爵の出資した、新しいタイプの共学校で、垢抜けた女子が多かったです。一番人気の女の子と言えば、一学年上で、学年長を勤める、プラーティア先輩でした。北部に多い白っぽい銀髪に、明るい緑の目の、とても綺麗な人でした。でもラッシル人で、貴族の血を引く(ただし貴族そのものではない)家系のお嬢様でした。男子は寄ると触ると彼女の事ばかりです。




ある時、僕は、ジェムと話しに、彼の部屋に行きました。ジェムは、学年委員の一人に選出され、前の日にプラーティア先輩を手伝っていたので、探りを入れてくれ、と、友人達にせっつかれたからです。


さりげなく昔の話から入り、女子の話に持っていくと、いきなり、暗い顔になったジェムから、


「エールがクリスンから、暴力を受けているらしい。」


と切り出されました。いきなりエールの話になったのを驚いて、あれこれ聞き出しました。


エールは、少し前に、手紙をくれたそうです。外部からの異性の手紙は、予め申請した相手(たいてい身内のみです)以外からでは、舎監室に呼び出され、関係を聞かれます。エールの名前は「ログニエール」で、キャビクでは女性名ですが、コーデラやラッシルの人には、どうやら男性名に聞こえるらしいです。それでチェックなしで、弟の所に届いたのでしょう。


手紙は、見せてもらいましたが、エールにしては、筆圧の薄い、張りのない、弱い字でした。彼女は、筆記中にペンを折るくらい、かっちりした、男性的な文字を書く人でした。だから、ジェムが代わりに宿題をやっても、ばれませんでした。


手紙には、


「クリスンは酔うと人が変わる。」


「義理の両親も意地が悪くて、酷いことを言う。」


「両親とリーンに相談しても冷たい。」


と、だいたいこんな事がありました。最後に、「返事はポルトシラルの中央局留めで。」とありました。弟は、


「返事をするかどうか迷っている。どうしよう。」


と言います。僕は、大人しいクリスンが暴力、と言うのが、まず信じられませんでしたが、彼はポッペアとの仲を、無理にエールに引き裂かれた、と思っているかもしれません。クリスンの両親は、意地の悪い人たちではありませんが、島の古株さん達から、彼等の早まった行いについては、かなり嫌みを言われていたようです。リーンはもともとエールと仲が悪く、彼女の両親が厳しいのは、結果を考えたら、当然でしょう。


僕は、エールの長所も知っていましたが、短所も理解していたので、


「手紙は無視するべきだと思う。可哀想だけど、夫の暴力を、役所や教会に言わずに、まだ学生の、他人のお前に言ってもしょうがない。彼女がどういうつもりか解らないけど、もう、『余所の奥さん』だ。わざわざポルトシラルの局留めなんかにして、何か起きたら、変な疑いをかけられるよ。」


と言いました。弟は返事もせずに俯いていました。だから、


「仮にお前が今、、エールを好きだとしても。」


諦めるしかない、両親も許さないだろう、と言いかけたら、


「違う。」と返事が反ってきました。何が、と聞いたら、「白状」しました。


昔、灯台の事件の時、弟は、陽気になったクリスンとエールと一緒に、機関室に行ったのです。機関室は、興味深い機械が動いていて、見物客にも人気がありました。ジェムは、機械が動くのを見るのが好きなので、着いていったそうです。




一通り見て回り、下から巨大歯車(のようなもの)を見るために、隅に二人が潜りこんだ時でした。三人は入れなかったので、待っていたのに、二人は代わってくれなかった。それどころか、 もう肥っていないのに、「入れないわよ、シャツが腸詰めみたいになるわよ。」と言われた。エールがそんな事を言うなんてショックで、そのまま、二人を置いて出た。戸口に引っ掛けていた、機関室の鍵を掛けて。


その足で、パーティの部屋に戻る途中、管理所の事務室から、職員のアントスさんが、偶然やって来た。彼は、機関室の鍵がない、と、慌てていた。夕方の点検時に落としたかもしれないから、見に行く途中だ、と言った。


ジェムは、持ってきた鍵を、


「エールが落っことしたみたいだから、拾った。何の鍵か解らない。」


と渡した。


彼は大喜びで、鍵を受けとり、


「一応、見てから戻る。」


と、灯台に向かった。ジェムは、一旦、パーティの部屋に戻り、僕を起こして相談したかっが、僕は起きない。そのうち、自分も眠ってしまった。




「僕が鍵をかけてしまったから、夜中に寒くなって、あんな事になったんだ。」


ジェムは、真面目にこう言いました。だから、エールを助けるべきかと悩んでいました。僕は、こう言いました。


「機関室の中は、暖かいよ。夏は冷却装置を使わないと、暑くなるくらいだ。


鍵の件も、最終的には、チェックしたのは、アントスさんだ。中を確認すべきだったろ。職員なんだから。


それに、彼かどうか解らないが、確か、捜索の時、『最初に灯台は確認したが、誰もいなかった。』と職員の人が言ってたそうだよ。捜索が長引いたのはそのせいだ。


だから、お前に責任はない。全然関係ないから、何も知らせる必要はない。」


ジェムは、ぐずぐず言ってましたが、僕に従いました。


だいたい、もし、「責任を取る」として、どうするつもりなんでしょう。二人の生活費でも出すつもりなんでしょうか。まだ学生なのに。


このため、肝心の先輩の話は出来ませんでした。


それからしばらくは、試験もあったし、忘れてました。完全に忘れることが出来なかったのは、蒸し返すように、またもや酒行方不明事件があったからでした。


エール達の離婚云々の話は、噂で聞きましたが、たぶん、クリスンと合わないからだと思ってました。でも、あの夜、二人は仲が良さそうでした。ルースンが、自分のお土産の安酒を、しきりに皆に薦めていました。僕は一口で止めました。ワインは島では貴重品ですが、不味いものは嫌です。やたら甘いそれは、シィスンのなんとかいう有名ワインのコピー商品で、コピーのレベルが低いみたいで、やたら甘酸っぱい味でした。ワインは飲んだことはないのですが、この本家の銘柄の、アルコールのないタイプなら、飲んたことがありました。それが美味しかったので、ルースンのお土産は味が違うと気付きました。


他の人は、喜んで飲んでました。皆は、ワインに関しては、とにかくワインなら、美味しいに違いない、程度の認識だったんでしょう。


エールとクリスンは、それで悪酔いして、昔と同じ事をした。でも今度は一応夫婦だから、間違ってはいません。離婚のために呼んだ聖職者は無駄になりましたが。


さすがに、これはジェムも吹っ切れたみたいでした。


でもまあ、それ以降は、夫婦仲は良かったようですよ。エールに似た、可愛い女の子も産まれたし。


リーンが出ていってしまったので、灯台はクリスンとエールが継ぐことになりました。クリスンの所は、父親が比較的早く亡くなってしまい、彼の実家には、兄のルースンと母親が住むことになりました。




ルースンは、弟の元の彼女の、ポッペアと結婚しました。彼女の伯父は子供がおらず、姪に会社と工場を譲りました。地元の大きな缶詰の工場の他、アルトキャビクにかなりの土地を持っていて、天然ミネラルウォータの「キャビク水」の採掘権を持っていました。採掘権は複数の所有者がいて、それを販売権のある業者に貸して、配当を受けるシステムでした。ルースンは、この事業を独占したくて、工場の利益を、採掘権と販売権の買い取りに当てました。アルトキャビクで山のほうの土地も購入したようです。とはいえ、カオスト公とテスパン伯、アルトキャビク市で権利の50%を占めているので、アルトキャビクに殆んど知己のいない彼が、入手できる割合は限界がありました。


それで、ポッペアの実家とは、かなり揉めたみたいです。


彼女の両親は、たかだか漁師で、当面のお金が入ればいいや、という人達でした。一方、伯父さんとポッペアは、学があるので、限界のある事業に対する過剰な投資が、目に余る物に見えたんでしょう。この頃、揉めていた、と聞いています。


伯父さんは、心臓に持病があり、それで早く引退したのですが、心労が重なったのか、発作を起こして急死してしまいました。ルースンと工場で話している時だったので、とかく噂にはなりましたが、側にいた人の話では、その時は一応、穏やかに談笑していたそうです。ただ、ポッペアはあの性格ですから、揉めに揉めて離婚話まで出ました。両親の説得と、折よく(悪しく?)妊娠したために、立ち消えになりました。


しかし、この子供は産まれませんでした。


彼女がだいたい、妊娠8ヶ月くらいの頃でしたか。当時は、僕の妻アンナと、ジェムの妻マリエラも妊娠していました。二人とも6ヶ月でした。アンナは、僕の実家にいましたが、ジェムは、マリエラを彼女の実家に里帰りさせていました。当時は、僕は父と一緒に、島の外の複数の支社を巡り、ジェムは本社を見ていて、彼等は自宅はポルトシラルに構えていました。僕とアンナはシラルなので、普段はジェムのほうが、実家と行き来が頻繁でした。だから、この時だけ、僕ら兄弟は、生活を入れ換えた、みたいになっていました。病院で、アンナはポッペアと仲良くなり、色々話は聞いていたようです。


そして、ある日、事件が起きました。


ポッペア達の家は、郊外の、やや小高い丘の一軒家でした。新築ではなく、アンティークな別荘を買い取り、改造したものでした。元はテスパン夫人が市長に売ったものです。空き家になっていて、維持費だけかかっていたからから、と、ルースンの申し出に渡りに船だったようです。


貴族の長期滞在を意識して、庭に大きな地下室付の倉庫がありました。地下は、夏でも、天然の氷室になるくらい、広く深いものでした。ただ、その時は、住んでいる人数が人数なので、そこは使っていませんでした。


それを、どうも、無断使用していた奴らがいたようですね。


たぶん、ポッペアは、物音を聞くか何かで、中を見に行ったんでしょう。そこで余所者を見つけ、揉めた。余所者は、彼女を突き飛ばすか蹴飛ばすかして、意識が無くなったのを、放置して逃げた。




ルースンは商用で数日、出掛けていました。ポッペアは、その間、基本は両親の家にいましたが、ルースンが帰る日だったから、昼に自宅に戻りました。朝に病院でアンナと会い、彼女がそう言っていた、と聞きました。


事件の日は、昼過ぎから、急に大雪になり、明け方まで続きました。ポッペアが蔵に行ったのは、たぶん昼前くらいでしょう。ルースンが昼に街に付いて、先にポッペアの実家に顔を出したそうです。ポッペアが戻ったと聞き、雪が本降りになる前に、直ぐに自宅に帰りました。でも、自宅に彼女の姿がなく、昼から出てきたメイド二人も、いるはずのポッペアがいないので、戸惑っていたようです。再び、ルースンは、彼女の両親の家に行きましたが、やはりいません。


雪のシーズンには一月早く、どこの家も慌てている中、僕たちポッペアの友人は、彼女を心配して慌てました。


アンナは、自宅に戻ったはずだ、といいましたが、彼女は、真っ直ぐ帰ったか、寄り道したかまでは知りません。身内には違いないので、灯台にも連絡をしましたが、一人で寄るはずもありません。まして歩いてなんか。


探しても、街のどこにもいないので、これは大変だ、と、捜索に入りました。しかし、雪のせいで警察も忙しく、自宅まで送った馬車屋を探し出すのもやっとでした。馬車屋は、自宅の門の前まで送りましたが、屋敷の中に入ったかどうかは確認していません。彼は、屋敷に向かうメイドとすれ違い、挨拶していました。妊娠中だし、歩いて遠出はありえません。


ルースンが戻った時は、屋敷の鍵は開いていたので、家の中、屋根裏、使ってない部屋を探し、庭から林に行く道も見ました。雪の中をもどかしくも、隅々まで探しましたが、倉で倒れている、という発想は、日がとっぷりと暮れるまで、誰も思いつきませんでした。


一番に気が付いたのは、エールでした。ルースンは、倉の中には、古道具がいくつか入ってるが、使わないから鍵をかけている、ポッペアは不気味がっていたし、と言いましたが、エールは、妊娠中は、いつもと違う、意味のないことをしたくなる人もいるの、と言いました。


一応、僕も、見てないのは倉だけだし、調べよう、と言いました。雪が積もって、林の奥には僕たちだけでは進めないですからね。


蔵の前は、既に積もっていましたので、けっこう手間取り、扉も重くなっていました。


でも、開けた甲斐があり、ポッペアは中にいました。倉の階段に足が見えました。


直ぐ病院に運びましたが、残念ながら、明け方に亡くなっていました。子供も助かりませんでした。


ポッペアは、正面から殴られて気絶し、意識のないまま、地下の階段に突き飛ばされたらしいです。頭を酷く打って、肩の骨にひびが入っていました。せめて最初に倉を調べていたら、と悔やまれました。


倉の中には、誰か飲み食いした跡があり、犯人は直ぐに見つかりました。西部から流れてきた、季節労働者でした。


東部に逃げようとしたら、旅券に不備があり、港の係官が、手続きのために、警察に行くように言ったところ、誤解して、いきなり白状しました。


ですが、認めたのは住居侵入と窃盗だけで、殺人は認めませんでした。


前の晩、酒場で、市長の別荘の倉の中に、テスパン夫人の装飾品がある、と噂を聞いて、明け方に忍び込んだ。古い手鏡と、宝石の外れた指環と、ペーパーナイフがあったから盗んだ。でも、その時は誰もいなかった、母屋も人の気配がしなかった、と、しらを切り通しました。


このため、皆が殺人で死刑を望んだのに、目撃者(同じ季節労働者や、酒場の連中ですよ?)とか、何だかよくわからない、薬品を使った捜査とかで、無罪放免されてしまいました。窃盗は余罪があったので、懲役にはなりましたが、こんなのは、人殺しには、無罪も同然です。


憤懣やる方ない僕は、同じ考えの人達と、署名を集めて抗議しました。リーンやノワード、リーナにも手紙を出しました。三人とも、最初は乗り気でしたが、後から、


「目撃証人が複数いて、地元の人間もまざっている。示し合わせて、嘘をつくかしら。」


「捜査方法は王都でも採用されているもので、結果を聞かせてもらったけど、充分に信用できる物だと思う。」


「真実を明らかにして厳罰を、なら良いけど、とにかく死刑、では、賛成できないわ。」


と、翻しました。リーンやリーナは女だから、とにかく死刑は嫌なんでしょうが、ノワードまで、これです。ああ、彼はもう、島の人間じゃないな、と思いましたね。


ルースンは冷たいもので、判決が出る前から、彼は違うだろう、などと情けないことを言ってました。ポッペアの両親なんか、判決が出て直ぐ、家を処分して、ポッペアの遺産を半分持って、コーデラの方に引っ越してしまいました。


僕と有志は、判決は覆せないなら、せめて再発を防止しようと、西部からの季節労働者を追い出す条例の成立に、手を貸そうとしました。しかし、これは、何故か、父と弟、そしてアンナに止められました。母だけは賛成してくれましたが、父が反対したので、僕も諦めざるをえませんでした。


アンナに反対されたのは衝撃でした。マリエラと違い、控えめで大人しい、理想的な女性だったので、きちんと僕の言うことは聞いてきたのですが。ポッペアと仲も良かったのに。やっぱり、田舎臭くても、地元の子を貰っておいたほうが良かったのか、と一瞬思いましたが、子供が産まれたばかりで、激しいことに関わりたくないのだろう、元来、優しい女だから、と、彼女がこの時、僕について言ったことは、全て忘れることにしました。




判決が出て一ヶ月ほど後に、クリスンが、いきなり、街を出ていきました。書き置きに「探さないでくれ。」とだけ、ありました。妻のエールも、彼女の両親も、兄のルースンも、驚愕していました。前から島を出たがっていた、と、ジェムから聞いたことはありました。ですが、彼は漁師の子で、街から出たことがなく、灯台の仕事しか習ってないはずです。エールは地主の子なので、出ていくのは嫌がったようですが、クリスンは、離婚せずに姿を消しました。お金は殆んど持ち出してないそうです。


僕は、彼がまだポッペアを好きで、彼女の死の悲しみを癒すため、暫く一人になりたいだけだろう、と思いました。みな、口には出しませんでしたが、そう思いました。


しかし、クリスンが出ていった後で、エールの妊娠が発覚しました。なので、ルースンもエールも、この事をなんとか知らせて、クリスンに一日も早く戻って来てほしい、と手を尽くしました。


でも、エールが八ヶ月になっても、クリスンは見つかりませんでした。


エールの家は地主なので、彼が出ていっても、生活には困りませんでした。ですが離婚しないまま、ただ出ていったため、エールは再婚は出来ません。だから、エールの事だから、彼女が浮気したのだろう、それで離婚再婚をさせないために、家出したのだ、と噂になりました。当然、子供の父親は不明、という尾ひれつきで。



まあエールだから、しかたないですが、彼女は、結婚後、岬の家と街以外には、滅多に行ったことはありません。狭い街で、目立つ彼女が、隠れて何かやるのは不可能です。当時は、街の婦人会は、彼女と仲の悪いグループが仕切っていて、エールの動きは、逐一観察されている節がありました。


そう、以前、女子用の「嗜み」の教科書を、婦人会が新しく編集し、エールを捩った例を載せようとして、トラブルになった事もあります。さすがに、これは流れました。他にも例にされた女性たちが、集団で国王に直訴する、と息巻いたためです。王都の裁判所がそんなことを取り合うものか、と思うところですが、そういう女性達は頭が悪いし、恥を知りませんから。


まあ、婦人会にも、大した頭の持ち主はいませんが。マリエラも、子供関係以外では、低俗な集まりは避けていましたね。


ただ、意外にも、僕たちの母親世代では、婦人会の若いメンバーに、何かおかしな思想が広まっている、と、危ぶんでいる人が何人もいました。若い女性が気に入らないだけかもしれませんが。


その婦人会が、編集した教科書の初稿を、公聴会で見た父が、


「女が暇なのは平和でいいことだかな。」


と、後で鼻で笑っていたのを思い出します。僕もジェムも、子供が男だったし、公聴会に選ばれる年でもないし、関心がないので読んだことはありませんが、ノワードの父は


「これは、街に取っては、恥になるだけだと思いますが?」


と言い、エールの父は、腹を抱えて笑い、


「一般ルートで出版したら、書評で酷評されて、逆に売れますよ。」


と言ったそうです。彼は、ネタにされているのは自分の娘だと、分かってなかったんでしょうか。




その集大成が、浮気の噂だったわけですね。


今度は、エールの父親も笑い飛ばす訳には行きません。


しかし、この噂は、収まりました。ポッペアの件とはまた別の意味で、悲惨な結末になってしまいましたから。




これらは、マリエラと母からの又聞きになりますが、裁判で証言した他の女性達の意見も、だいたい一致したので、マリエラにしては正確だったと思います。


事件の時は、エールは八ヶ月でした。その日は、ルースンに付き添われて、警察署と役所、病院を回っていました。マリエラと母は、クリスンの件で、何か協力できないかと、改めて署長に相談に行くことを薦め、警察署でエール達と待ち合わせていました。


二階の行方不明対策の窓口で、エールの元同級生の、イージュに鉢合わせしました。彼女は、エールが苛めていたダリアナと親しかった子です。気の毒に、彼女の夫マソーンは、服役中でした。酒場で、彼が女と揉めて、女が刃物を振り回し、それを止めるために殴ったら、打ち所が悪くて、女が死んでしまいました。刃物を振り回していたので、正当防衛のはずなのですが、女の仲間と他の客は、刃物を持っていたのは、彼の方で、とにかく毎晩しつこく、その夜は、とうとう頼んだ酒が違うと言いがかりをつけて、無理矢理店から女を連れ出そうとして、先に店長に暴力を振るった、と証言していました。


マソーンはクリスンとルースンの父親の後任で、監督官になった男の次男です。きちんと学校も出ています。確かに、その割りには、残念な奴でした。兄のラネルと、弟のサットーは、生真面目な性格だったんですが。


しかし、マソーンがバカだとしても、街の名士の息子に対して酒場の女や、酔っぱらい漁師や、余所者の証言を真に受けて、正当防衛は認められなかったのです。イージュは、警察に五人の息子たちと日参し、減刑を嘆願していました。それは僕も聞いていて、なんとかしてやれないか、と、父に言ったことがあります。しかし、父は、


「被害者が死んでいるのだから、安易に関わるべきじゃない。」


と、一蹴しました。ジェムに言っても、


「イージュは可哀想だけど、マソーンは、今までも、何度も酒場で女の人相手に暴力を振るって、問題になってる。今回は怪しい酒場じゃなくて、表通りの大きな店で、目撃者には、役所の職員が数人いる。第三者として、イージュに出来るのは、離婚の支援くらいだよ。」


と、取りつく島もありません。


そして毎日、警察に追い返されて(確かに、警察に言うことはないので、そこは彼女の頭の弱いところですが)いるところで、仲の悪いエールと鉢合わせです。


行方不明者関連の相談窓口は、本来は海で行方不明になった漁師の対策が主でした。そこは、ガランドという青年が係りで、その日から新任になっていました。彼の兄は、僕たちの同期です。僕たちは親しかったわけではありませんが、イージュとマーソンとは、昔は仲が良かったようです。だから、イージュも、聞き付けて、そこに来ていました。


友人の弟だから、と頼ったのでしょうが、ここでも、そもそも浅薄な事がわかります。来る場所を間違えてるのに、わからないわけですよ。




で、イージュが窓口を占領したまま、押し問答しているので、エールがいらいらして、


「早くしてくれない?」


と言ったとか。ガランドが彼女に気付いて次を促し、さらに署長室に招き入れようとしたから、イージュが「ずるい」と怒りだし、口論になったそうです。


ルースンが間に入って止めて、エール達を階段の側の応接室に向かわせました。彼は、得意の話術で、イージュを必死でなだめました。彼女自身は収まりかけたらしいですが、彼女の息子達が、突然、


「やっつけろ。」


と、五人でエール目掛けて、走り出しました。エールは、五人に追突され、階段の上から、一気に転び、横ざまに落ちました。母も落ちかけましたが、マリエラが引っ張って助かりました。エールが転倒した上に、こう、横からお腹を目掛けて、十歳を筆頭にした、五人の男の子が、次々に躓いて落ちました。


エールは肋骨を折り、左手と左足にも怪我をしました。頭と背骨が無事だったのが不幸中の幸いで、本人はなんとか助かりました。残念な事に、お腹の子供は、亡くなりました。




上から落ちかかった男の子達のうち、一番小さい二歳の子供は、兄弟達の下敷きになり、首の骨を折って、亡くなりました。このため、イージュに責任を追求するのは、逆に気の毒、という人が出てきました。しかし、居合わせた母やマリエラ、警察署の職員達は、イージュのほうが喧嘩腰で、掴みかかろうとしていた、と、エールの味方をしました。さらに、イージュに家を貸しているエレイン夫人が、


「家賃を貰いに行くと、そのたびに、『やっつけろ』と、あの子供たちが飛びかかってくる。それで受け取れなかった時もある。イージュは謝るが、謝るだけ。飛びかかっている時は止めない。マーソンがいる時は、そういうことはない。


だから、彼等の家だけは、夫と息子二人に行ってもらうか、マーソンのいる時を見計らって行った。


マーソンは、両親と兄弟から援助も受けてたし、お金には困っていなかった。たぶん、金遣いの荒いイージュが、家賃や生活費を使い込んで、わざとやらせていたんじゃないか。」


と証言しました。イージュの隣人のノビスも、


「マーソンがいない時は、とにかく子供たちがうるさい。いたら、夫婦喧嘩でうるさい。マーソンが服役してからは、子供たちは学校に、たまにしか行かなくなり、毎日うるさい。


女房と文句を言いに行くと、わしが言っているのに、ガキどもは、女房に飛びかかってきやがる。」


と言っていました。学校でも、イージュの長男は、乱暴で有名で、学年が違うのに、エールの娘に、やたら酷い構い付けをするそうで、たびたび注意されていたらしいです。


この事件の時は、ポッペアの時に王都からきた調査団が、またやってきました。短い期間に、同い年で、互いに知り合いの、妊娠中の女性が被害者になったので、関連性を疑ったようです。当然、無関係ですが。


その探求心は、ポッペアの時に、もっと発揮して欲しかったですね。




さて、古代のキャビクの伝統では、子供でも、殺人罪だけは、本人に対する厳罰でした(エールの子供ではなく、自分の兄弟に対しての適用になります。)。昔は、火山か氷か深海に、生きながら投げ込まれる、町中で平たくなるまで石を投げつける、港に磔にして、完全に風化するまで水も食べ物も与えない、などです。しかし、あくまでも古代の伝説の話で、今は島はコーデラ領です。息子ではなく、イージュに監督責任が問われ、彼女は懲役になりました。マーソンにも責任はありますが、彼は事件の時は、服役中でしたから。


悪い子供たちは、施設から養子に出されました。長男はなかなか養子先が決まらず、14になった時点で、ようやく遠方に決まったようで、街を出て行ってくれました。ほっとしました。後は知りません。名前ですか?確か、ナッツ…ナシュー…ナシューグでしたか。ナッスグかもしれません。皆、ナスとかネスとか、呼んでました。


彼の話より、エールです。


彼女は、もともと、人に何か言われても、人に何か言っても、気にしないタイプでした。よく言えばおおらか、悪く言えば無神経でした。ですが、この事件で、


「お腹の子供はルースンとの子で、クリスンの子供じゃないから、バチが当たった。」


なんて、根拠のない噂を流す人が出てきて、流石に応えたらしく、暫くでいいから、島を出たい、と言い出しました。


エールの一族は地主なので、家と土地、灯台の権利を全て売れば、全員で都会に引っ越しても、いい暮らしが出来るだけの物はあります。しかし、クリスンがまだ見つからない以上、完全に島から出る訳には行かないでしょう。


結局、エールだけ、娘と両親を置いて、島を出ました。娘は連れて行きたかったらしいですが、彼女の両親が、手元に引き留めました。旅の間の学校の事もあります。娘を連れていったら、エールは戻ってこないだろうから、と、母親が言っていたそうです。




彼女が島を出る日、僕は仕事で、ラズーパーリでした。ジェムは見送りしたそうです。


エールからは、どこに行くとは、聞いていませんね。ジェムも行き先については、


「リーンのところじゃないか?」


程度でした。マリエラには、


「クリスンの行き先に心当たりがある。」


と話していたようですが、探しに行くほど、好きだったとは思えません。




ちょっと色々、すっ飛ばしますが、その後、エールの父親が亡くなって、灯台の移転が急に決まり、母親と娘さんは、島を出る事になりました。リーンと一緒に、ラッシルかコーデラか忘れましたが、都会に引っ越していきました。




長々ととりとめない話で、すいませんね。女みたいな話し方で申し訳ないです。


いや、これから、弁護士が来るんですよ。妻のアンナが、下らないことで、臍を曲げていまして。娘を連れて、長旅に出てしまいまして。しばらくぶりに、帰ってくるから、今度旅に出るときは、娘は島に、母のところに置いていってくれ、と言ったら、何故か弁護士が出てきまして。


島で育てないと、女の子は、生意気になって、手がつけられなくなりますから。母もわかっているはずなのに、何も言ってくれないんですよ。


いえ、彼女は、理想の妻ですよ。でも、清純で人を信じやすいから、マリエラやリーナから、余計なことを吹き込まれて、


「娘は再婚相手の子供だから、貴方には関係ない。」


と、おかしな事を言う始末でして。再婚も何も、離婚した覚えは、僕の中には、ありません。


リーナも、昔は素直で、可愛かったのですが、教師になってから、何か変な新しい思想に被れてるみたいです。




では、迎えがきたので、これで。




本が出たら、教えてください。


「幻界の人々」ですか?楽しみにしています。







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