3.兄の捨てた家(ニル)

俺達の家は、シュクシンの片田舎の、村に毛が映えた程度のフロレスという町にある。地方ではそれなりに名の通った地主だ。家業は穀物農家だ。今では、農作業自体は、小作を雇ってい。


いわゆる家長は俺の父で、家を出たファイは、五人兄弟の長兄になる。祖母は存命だが、祖父はファイの産まれる何年も前に他界した。「母達」はいない。


フロレス自体はやや山よりの田舎町だが、近郊には、州都の港湾都市キナンがある。


先祖はコーデラ系で、町の開祖という奴だ。町の住民は、一部を覗いて、ほぼ農業や牧畜で食べている。系統としては、シーチューヤ系、ソウエン系が多い



シュクシンは南方系で、「猛女の国」と言われるくらい女が強いが、うちの「家風」は、周囲に合わせた田舎風の物だった。


つまり、後取りの長男以外は二束三文、女はもっと扱いが酷く、五束一文くらいだ。ただ、今は、「徹底している」家は、数える程しかない。時代は田舎にも流れるからだ。


広く貿易で潤っているキナン州は、医師や教師、技師、航海士などの、専門職に着くための、公立の学校の学費は無料、寮に入るなら、生活費もかからない。奨学金も充実している。なので、二束三文や五束一文なら、男女を問わず、とりあえずキナン市の学校に行かせようとする。競争率は高いが、結果として都会で勉強した、新しい考え方の人間が、田舎にも増えて行くわけだ。




だが、それでも、田舎を維持しようとする者はいる。




父は三回結婚していた。五人兄弟のうち、下から二番目は妹だが、三年前に死んだ。


ファイの母は離婚だが、俺は原因は知らなかった。祖母が「うちに合わない、わがままな女」と言っていた。わがままかどうかはともかく、ハノン出身なら、確かに祖母とは合わなかっただろう。いや、祖母と合う嫁なんて、この世に実在しない。




父は、祖母に育てられた事を考慮すれば、かなり現代的なほうだろう。だが、因習は捨てきれない所があり、その癖、都会育ちの垢抜けた女性を好む物だから、離婚再婚を繰り返す事になった。


俺とすぐ下の弟のトゥレルの母は、幼い時に死亡したが、やはり都会の女性だった。キナンの海獣用の武器の製造業社の娘だ。トゥレルだけが、その母方の家に引き取られた。昔から頭が良く、今は、専門学校の中でも最難関の、医学校に通っている。彼は、子供の頃の事故で、片足が上手く動かず(普通に歩く分にはわからないが、走るとわかる)、母の死後は、祖母が手元に置くのを嫌がったからだ。


原因については、「母がキナンに子供たちを連れて行った時、目を離して列車に跳ねられた。」


と聞かされていた。だが、実は違った。


父が病院に行っている時に、子守りを任された祖母が、弟が食事を残したので、躾の為にと倉に閉じ込めた。弟は、自力で脱出しようと、高い窓から出ようとして、足を滑らせ、倉の中に落ちた。その時、直ぐに医者に見せていれば良かったが、父が戻るまで、閉じ込められたままだった。


これが原因だった。


ちなみに父が病院に行ったのは、母が流産で入院中だったからだ。妊婦には良くない薬草茶を、ついうっかり飲んだから、という理由だった。しかし、その前の日、街に立ち寄った旅の占い師が、「次は女の子」と言った時、祖母がひどく憤慨していたので、皆は別の想像をしていた。三人、男が続いた後の女の子なら、喜びそうな物だか、女は嫁に行くから、嫁を取って働かせる事が出来ない、だから無駄だ、というのが祖母の持論だ。


俺にはこの時の記憶がないのだが、俺は母と同じ茶を飲んでいないかどうかで、検査を受けていたそうだ。


母は、結局は、春風邪を拗らせて、若くして死んだ。俺とファイは、父の雇った教師や世話係により、育てられた。


父は、他はともかく、教育に関しては、常識的だったので、教師はきちんと選んでくれた。




三番目の母は、三年後に嫁いできた。彼女は、近郊の村で、果物を作っていた、農家の娘だった。キナンは暖かいので、果物は重要な輸出品でもある。このせいか、農家というよりは商家に近い物があった。都会に店や会社を持っている家も多い。彼女の実家も、そういう家だった。


つまり、田舎住まいではあっても、都会の香りのする女性だった。


すぐ妊娠して妹ジュンナを産んだが、妊娠中でも、よく祖母と口論していた。そして、愛人が同時期に末の弟のケイネブを産むと、ジュンナを置いて出ていってしまった。実家には戻らなかったようだ。


一方、愛人も、子供を置いて、町を出た。彼女は長く働いてくれた小作人の娘だったが、両親はすでに亡く、うちで女中として働いていた。料理が得意で、明るい人だった。彼女だけ、都会育ちではないが、自力で各国の料理を勉強した、とかで、語学が得意だった。


父は、一応、責任を取って結婚するつもりだったらしいが、「話し合い」の席で、祖母が


「子供はうちの子だから引き取る。だが、お前みたいな女は、うちには置けない。金は充分にやるから、消え失せろ。」


と言ったら、


「それじゃ、そうします。」


と答え、出ていった。


俺は会話の細かい所は。覚えていないが、町では有名な話だった。


このケイネブの母も、その後の消息は聞かない。一見冷淡に思えるが、離婚する時は、シュクシン人は家屋を貰うほうが子供を引き取る傾向があり、この場合、家は父の実家だった。ソウエン人は、「だからシュクシンは鬼女の国」と悪口を言うが、ソウエンでは、離婚の時は引き取っても、再婚の時は置いていく。これを、シュクシン人は、「あいつらは、子供を売って花嫁衣装を買う。」と揶揄していた。




ケイネブは元気に育ったが、ジュンナは、ファイが出ていく一年前、十五なったばかりで、自殺してしまった。その時、俺はキナンの法学校にいたが、急にジュンナが結婚するから、帰ってこい、と連絡がきた。トゥレルも招かれた。


ジュンナは比較的大人しい子で、手先が不器用だったが、料理や菓子作りは得意だった。菓子作りを学びたかったようだが、「女の子は外に出すと生意気になる」との祖母の方針で、街を出ないで育った。父は料理や菓子作りの講師を、頻繁に町に招いて講座を儲けた。読み書きその他は、ケイネブの教師に教わった。


トゥレルは、学校に行きたいなら、自分の祖父母に頼んでみる、と言った事があるが、本人は街を離れたがらなかった。ジュンナはシュクシンの女性としては、非常に内気で大人しく、人見知りする所があった。また、こんな扱いにも関わらず、祖母の相手もよくこなした。


それだから、結婚は早いとは思っていたが、それでもろくな婚約披露すらなく、いきなり十五になったばかりで直ぐに結婚、というのは、今考えてみれば、十分変だ。だが、一方、ファイとホンナの婚約は、年少の頃に決められていた、という実績もある。


父が離婚再婚を繰り返したので、祖母がファイの嫁取りは、伝統に則って行う、と息巻いたからだ。


ホンナの実家はうちとは古い付き合いで、彼女には兄と、双子の弟がいて、兄はファイより十歳上だった。残念ながら、今は故人だ。弟二人はケイネブと同い年だ。家長夫妻は穏やかな人だったが、ホンナを都会に出すのは嫌がった。ホンナはジュンナほどではないが、大人しい性格で、仮に両親が許しても、出たがらなかったとは思う。


先にファイとホンナではなく、ジュンナが結婚するのも変だが、ホンナの兄が亡くなった時、双子の弟のどちらを跡継ぎにするかでもめた。その際、ホンナに婿を取らせては、と提案した身内がいたため、一時的に保留になっていた経緯がある。


ジュンナの結婚話の時点では、ファイは新事業に忙しく立ち回っており(小規模だが、数年前の凶作の影響もあった)、それが落ち着く一年後には、という話になっていた。


俺は父とファイに進路の事で(法律関係の仕事には向かないと思っていたので)、話したいこともあったので、そういった細かいことは深く考えずに、トゥレルと共に帰った。


彼は、ジュンナの相手の事を気にして、どういう人物か、本人が好きで結婚するのか、と、しきりと聞いてきた。彼は祖母を嫌っていて、早すぎる結婚に、胡散臭さを感じていた。


ただ、俺も家の名前「アルー家」しか聞いていなかった。森林を持っていて、農業ではなく、林業と、主に東方雉(東の島国原産の雉。肉は高級料理、羽は装飾品に使用される。)で食っていた。家長夫妻には、年が十歳以上も離れた二人の息子がいた。兄レオは五年前に離婚していた。子供が二人いたが、妻は娘だけ連れて出ていった。息子は六つになるが、ぼうっとした子で、体は大きかったが、口が回らないらしく、上手く喋れなかった。レオは、乱暴者で評判は悪く、息子の言葉が遅いのは、出産前に妻の腹を蹴飛ばして、早産させたからだと言われていた。


弟のホイはジュンナより三つ上で、トゥレルと同い年だ。顔は良かったが、ずる賢い所があり、俺は好きになれなかったが、女にはもてた。確かに、レオと違い、乱暴な所は一切ないし、年寄りと子供には優しい所があった。ジュンナとケイネブとは、比較的仲が良かった。


この他、独身男性には、ファイと同い年の、従兄弟ロイがいる。ホイ達から見て、父親の弟の子供になるが、両親を亡くして、引き取られていた。子供の頃、レオに鍬で殴られて、顔に大きな傷があったが、働き者で、家業は彼が継ぐと噂されていた。レオの息子は頼りなく、新しい子供を持とうにも、前妻の扱いの悪さが悪評に輪をかけ、再婚相手は見付からなかった。ホイは都会に出たがっていた。学校は嫌いなようだが、店をやりたい、と言っていた。


また、東方雉の扱いにはこつがあり、雛のうちは特に難しい。ストレスが溜まると、すぐ肉が不味くなるそうだ。翠色で美しい羽をしているので、装飾品としての需要もある。これもデリケートなもので、ロイは武骨な外見に似合わず、これら繊細な仕事には向いていた。レオとホイには、ない才能だった。


しかし、レオがいるのに、ロイに継がせる事については、母親が反対していた。父親から見れば肉親だが、彼女には他人だ。これは無理もない。たとえ、事業には、ロイが必要だと解ってたとしてもだ。


彼は、いつもぶすっとして愛想がなく、俺は苦手だったが、ファイとは親しかったようだ。


トゥレルは、俺の話を聞いて、渋面を作った。


「ホイが一番、無理がないとは思うけど…。跡継ぎでない上、まだ独立もしていない男に、お祖母さん達が、嫁に出すかな?でも、レオなら、いくらなんでも、ファイ兄さんが反対していただろうし。無難なのは…。いや、結婚に『無難』はないか。何も聞いてないのか?」


こう聞かれたが、確かに、名前を聞いていないのは変だ。主に子供の頃とはいえ、俺がホイをあまり好きではないことは知っていたろうから、はっきり言わなかったんだろう、と思っていた。


結婚の話は、学寮の通信装置に来た。父からだった。寮の物だし、細かい話は出来なかったが、トゥレルは自宅で受けたのに、聞いていなかった。やはり父からだったそうだ。トゥレルに何か連絡するときは、ファイが行っていたようなので、妙な気はした。


だが、ファイは、その頃は、州の穀物輸出拡大政策に絡んで、キナンとフロレスの他、キナンの向かいにあるカン島諸島、隣の州都ナグや、ナグの港町アチスを頻繁に行き来し、長く家を空ける事が多かった。


つい十日前にキナンに来たときは、トゥレルの誕生日に近かったので、三人で会った。ジュンナの結婚の話は、その時すら出なかった。ただ、トゥレルが祖母を嫌っているので、実家の話は、もともとあまりしない。




そうこうしてフロレスの駅に着く。ファイが迎えに来ていた。


黒と白の服を着ている。正装だが、何か違和感があった。


トゥレルは慶事用の浅緑の服、俺は実家で着替えようと、普通の服を着ていた。


挨拶もそこそこに、式服を二人分差し出し、


「リヤさんの家に寄って、着替えてくれ。」


と言った。リヤは、小作の監督を任せている男で、彼の妻は、ファイの子供の頃の教師だった。俺やトゥレルも、よく知っている。


だが、トゥレルは、少しむっとしたようだった。彼の服は母方の実家が用意した。祝いの席には相応しい服だ。祖母でさえ文句のつけようがない。


「葬式じゃあるまいし、黒白でなくても。」


と俺は言った。


兄は答えた。


「葬式なんだ。今朝、ジュンナが、死んでしまった。」




祝い用の菓子を作るのに、木苺が足りないので、取りに行き、崖で足を滑らせた。


ファイはそう説明したが、彼も「今来た」ばかりだった。


兄は、十日前、キナンから家に戻ろうとした時、ナグの農業組合会長の夫人が、急死した事を知った。地方の名士なので、キナンでも派手に号外が出ていた。兄は取って返して葬儀に出た。その足でめでたい席に出るのは縁起が悪い、ということで、間の街道の村のリサドの宿に、わざわざ一泊した、と言う。


「主役が、やることなのか、木苺摘みは。」


俺はようよう、それだけ言った。トゥレルは、終始黙っていた。




当然、実家はごった返していた。


父は泣き、祖母は、レオと彼の両親に、頭を下げまくっていた。ホイもいる。いつもは軽薄な口が、


「謝る相手が違います。でも、謝るより先に、皆に説明して下さい。」


と、真面目に祖母に話していた。ホンナが、泣くケイネブを見ていて、彼女の父親が、父を見ている。母親は、奥にいるようだ。女中に指示をする声が聞こえる。ロイがケイネブの横にいて、何か、手紙か書類のようなものを見ている。周囲には、ホンナの家に仕えている、カロンという青年と、同じくホンナの弟の教師をしているメイリ夫人がいた。他にも来客はいたが、慶事の礼装をしている人もいた。遠くから来た客だろう。


うちの者はほとんど見えず、ホンナのソア家の者が忙しく手伝っていた。兄が成人し、俺が入寮してからは、女手は減らしたが、男衆もいない。


カロンが、兄を認めて、近づいてきて、「ファイ様」と声をかけた。


「無断ですいませんが、東の離れの部屋に、アサド様達をお通ししています。」


兄は、助かった、本当にありがとう、と言った。俺たちは、兄について行った。


アサド氏は、警察署長だった。子供の頃は、アサドのおじいちゃん、と呼んでいた。そんな年ではなかったが、髪と髭が、真っ白だったからだ。


アサド氏は、ご遺体はすでに署にお運びした、男衆は朝から山狩りに加勢してもらっている、と言った。


山には、暫く前から野犬型のモンスターが出ていた。普段は、かなり奥、チューヤへの古い街道を抜けて、隣の州の宿場に行く道までしか出ないが、今年は二回、フロレス側で目撃されていた。


被害は出ていないが、山で仕事をする者達から、ジュンナが慣れた道で迷い、足を滑らせたのは、モンスターに追われたからだ、という意見が強く出たから、ということだった。


現場は、川に山菜取りに来ていた女性数人が見ていたが、崖の上から人が落ちたのは見たが、モンスターの姿は見ていない、野犬らしき声には気をつけていたが、静かだった、という。


「では、妹は、飛び降りたかもしれませんね?」


とトゥレルが言った。俺は、驚いて彼の顔を凝視した。動揺しているのかと思ったが、落ち着いていた。


「僕たちは、いきなり、妹が結婚する、と、学校から呼び戻されました。嫌な予感はしていたけど。


婚約の知らせをすっ飛ばして、いきなり結婚、十五になったとたんに。まともな物であるはずがない。」


「いや、お前には言ってないが、ジュンナはロイを好きだったんだ。彼が相手なんだから、死ぬはずはない。レオに憚って、隠していたんじゃないのか。」


「ロイ?ホイじゃないのか?」


俺は兄と弟の、尖った会話を、遮って尋ねた。さっき、祖母に説明を求めていたのはホイだ。年齢からして、彼だと思っていた。


トゥレルは、


「僕は、レオさんだと思います。さっき、お祖母さんが、レオさんとご両親に、あやまってたでしょう。ホイ君は無視して。」


と言った。無視は考えすぎだろう、祖母だって、こんな事態になれば、動転くらいする。


だが、アサド氏は、


「そうだ。婚約していたのは、いや、昨日の夕方に届けがでているから、結婚したのは、レオ君だ。ただし、届けは、今朝の時点で、『保留』にした。


だが、ジュンナさんには、その話は伝えられなかった。それに、彼女は、昨日まで、結婚相手を知らなかった。」


そう言って、封筒を差し出した。


「遺書は三通あった。お女中が見つけて、私にこっそりくれた。一通目は、ロイ君に宛てた物、二通目は、ケイネブに宛てた物だ。だから、彼らに渡した。三通目は、宛名がなかったので開封してしまった。昨日、この件で役所で騒ぎがあったから、私宛かもしれないと、直ぐに見た。だが、書き方から見て、ファイストス君達に宛てた物だと思う。」


兄は、白くなった指で、手紙を受取り、読んだ。


そして、握りしめ、膝を折り、号泣した。


俺が兄を支えている間、トゥレルが、すいっと手紙を受取り、読んだ。




ジュンナは、結婚相手はロイだと聞かされていた。だが、うちと縁付いたら、跡継ぎ確定で、レオが騒ぐから、ぎりぎりまで内緒にしておくように、と父から言われていた。


ロイは、東方雉の生産者の集会に出るため、彼の伯父と共に、一月以上、フロレスを開けていた。集会は、「真ん中の都市」ポヅで行われ、ついでに商用を済ませていたから、長くかかったようだ。そういう中で婚約、結婚が、相手不在で進むのはおかしいが、素朴なジュンナは、嬉しさのあまり、細かいことは気にしなくなっていた。そこに、「まさか父と祖母が許してくれるなんて。」という気持ちが重なり、疑問は振り払ってしまったのだろう。


だが、昨日、ジュンナと女中が、髪飾りと衣装を揃えていた時に、突然、祖母が真相をばらした。


レオの奥さんになったら、子供の世話もあるし、今までのように甘ったれてはいられない、そんな綺麗な格好も明日で最後だ、女は酷い扱いに耐えなきゃ、レオはホイのような優男でも、ロイのような理屈屋でもない、礼儀には甘くないだろう、そういうことを言った。(恐らく、幸せそうにしているジュンナが、妬ましかったんだろう。例え血の繋がった孫でも。)




ジュンナは、その足で、アルー家に行った。家にはホイと母親と、レオの子供しかいなかった。レオは役所に行って留守だった。


ホイから、話を聞いたが、彼は、「式に出るのは自分だが、途中でロイと変わる。」と聞いていた。理由はジュンナが最初に聞いたのと同じだ。彼は実の兄よりロイを好きだったので、喜んで協力していた。確かに、留守のロイの代わりとはいえ、婚約披露の時すら、自分が代理だったのは、変だし、今日の時点でロイが戻ってないのも変だ、最終列車までは、まだ十分にあるが、嫌な予感がする。そう言って、すぐに役所に飛んでいった。ジュンナは、レオの母と共に、屋敷に戻った。


そこで、彼女と祖母の口から、「計画」を聞かされた。当然抗議し、外出していた父が戻ってきたので訴えたが、


「さっき、レオと届けを出してきた。」


と聞かされた。ホイが役所で騒いだから、レオは大層怒っていた、なんとか誤魔化してきたが、レオにまめまめしく仕えて償うように。


彼は事業は継がないが、財産は殆ど相続するのだから、と、続けざまに。


それから、三人がかりで、さらに続けざまだった。


「届けを出したから、従兄妹同士になってしまう。義理でも、もうロイとは結婚できない。」(これは本当。だが、来年早々、義理であれば、許可しようという法改正の動きがある。)


「届けの取り消しは効かない。」(これは嘘。こういう事例を防止するために、当事者からの申し出が無くても、役所から本人に、一日以上三日以内に、最終意思確認がある。その時に取り消せる。十八歳未満の場合は、親の承諾がいるため、ついでに親が代わりに届けを出すこと自体は、認められているからだ。ただし人身売買防止のための新しい制度で、それはキナンには少ないため、一般にはあまり知られていない。)


「役所に訴えて、私たちを犯罪者にする気か。」(これは微妙。人身売買や幼児婚礼でなければ、裁判まで至らない場合が多い。ただし、犯罪には違いない。)


「産まれた子供が女の子で、ロイの傷が伝わったらどうするのか。」(でたらめ。後天的な傷は遺伝しない。)




アサド氏が補足してくれたが、ホイとレオは、役所で暴れたため、留置された。警官はレオが乱暴者なので馴れていて、役所でのいきさつは知らなかったので、


「明日は俺の結婚式だ。役所には届けを出しに行った。」


という発言は無視し、酔っていると思い、放っておいた。だが、ホイは年齢もあって酒は飲まなかったし、普段は大人しい。役所で公共物を壊したので、すぐ本人を出すわけにはいかないが、必死で訴え続ける内容は、レオの戯れ言とも、辻褄が合う。担当警官は、機転を利かせて、彼らの家ではなく、アサド氏に連絡した。その日の夜に、レオの父親とロイにも連絡した。だが、祖母を刺激しない方がよいと思い、うちへの連絡は、朝一番に、アサド氏が直接伝える事にした。


だが、ジュンナは、その前に、家を出て、山に入っていた。




ジュンナは、肉親に騙されたのだ。




《シュクシンの女は、こういう事では自殺しない。あなた方に。なぜジュンナが死んだか、わかりますか?


あなた方を犯罪者にしたくないから?違います。


絶望したんですよ、身内のあなた方、お父さんと、お祖母さんの、人でなしの仕打ちに。》




ファイとロイが、父と祖母に詰め寄り、俺がうろたえる中、トゥレルの声が、朗々と響いていた。




兄が捨てたのは、こんな家だった。


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