2.兄の発見(ニル)

西の端のキナンから、東の端の王都ハノンまで、東西に長いシュクシンを横断する。キナン州はコーデラに近く、一部だが、転送装置もある。州の持ち物で、申請しないと使えないが、今回は特別だ。


真ん中の都市、ポヅから東へはは鉄道だ。


ハノンでは、街中も病院も、思ったより整然としていた。密輸団が大量の火薬を爆発させ、一部隊が、ほぼ全滅した大惨事と聞いていた。場所は近郊の村で、ハノンではないが、生存者はハノンに担ぎ込まれた。だから、もっとごった返していると思った。


「これなら、母さんは無理でも、ホンナを連れてきてもよかった。」


と父が言ってきた。


だが、俺は、兄は祖母には会いたがらないだろうし、ホンナも微妙だと思った。彼女はどうかわからないが、兄はどうだろう。




会いたがるだろうか。


二年前、跡取りの座と共に、自ら捨てて出た、親の決めた婚約者に。




父は、「受け取り書類」に」署名しようとした。兄の上官(直接の上官は死んでしまったので、上の方の責任者)は、その前に、身元保証人が来るので、会ってからにしてくれ、と言った。父に、ハノンに知り合いがいたのか、と聞こうとしたが、俺が何か言う前に、部屋のドアが開いて、医者と、父と同じ年くらいの男性が出てきた。


「フロレタンさん、お久しぶりです。」


と彼は言った。父は、


「セトゥさん。」


と、驚いて彼を見た。


「妹は、五年前に亡くなりました。再婚してカンボンにいたので、例の地震です。」


セトゥ氏は静かに言った。


思い出した。兄の母の姓はセトゥ、この男性は、兄の伯父だ。彼は、俺を見て、挨拶した後、こちらは、と訊ねた。


「次男のニィルクスです。私も再婚いたしまして、あの子の、次の弟になります。」


と、父は俺を紹介した。




四人で医者の後について行き、兄に対面する。医者は、俺たちに、


「まず、顔を見て、思い出せるかどうか試しますので、最初は何も言わないでください。」


と念を押した。


兄は、記憶を失っていた。自分の名前は覚えていたが、傭兵になるときの偽名だけで、本名は忘れている、と聞いた。


だが、頭には、傷はなかった。怪我をしていたのは胸で、槍で貫かれていたそうだ。兄の部隊は、密輸団の背後を押さえる側で、戦闘はなかった筈だが、逃げ出した一味が、押収品を取り戻すために、不意打ちをした。そして、取り戻すはずの品物を、なぜか大量の爆薬で吹き飛ばした。生存者が、兄の他は、村人三人しかおらず、兄も助かったのが奇跡だ。


爆風で飛ばされて、頭から叩きつけられて死んだ兵士もいるので、ほんの少しの立ち位置の差に加え、槍が重りになるなどの偶然が、明暗を分けたんだろう、と上官が補足した。




病室に入った時、兄は、折れた剣を眺めていた。特徴のある、やや細長い、片刃の剣だ。兄が故郷で学んでいた、東島式と言われている流派の物だ。おそらく、自分の剣だろう。本も二冊ほど広げていた。胸には包帯を巻いていたが、肩や腕、顔にも傷がなかった。奇跡と言われた訳がわかった。


まず医者、そして上官、伯父の姿に目を移す。僅かに笑ったようだが、俺と父の姿を見て、少し緊張したようだ。礼儀正しく、頭を下げる。


「ハイドロス君。」


医者が兄に呼び掛けた。


「こちらのお二人、誰だか解るかな?」


何故かコーデラ語だった。


故郷ではシュクシン語を喋る。兄は語学は得意で、シーチューヤ語もソウエン語も出来た。コーデラ語も、これから必要になるから、と、熱心に学んでいた。だが、こういう時に選ぶのに、後から学んだ言語、というのは気になった。


記憶がない、というのは誤解で、実はコーデラ語なんかで話し掛けたからではないのか。そう思ったが、


「申し訳ありません。」


と、はっきりしたコーデラ語が帰ってきた。すまなそうな顔には、初対面の人間を見る目がある。


父は泣き出していた。俺は、医師に促され、兄に向かって、自己紹介をした。


「俺、いえ、僕は、ニル。ニィルクス。貴方の、二つ違いの弟です。」


俺はシュクシン語で話した。兄は驚き、そして、より一層、すまなそうな顔をした。シュクシン語を忘れてはいないようだ。


セトゥ氏は、少し複雑な顔をした。俺は童顔で、年より若く見られることが多い。それに、二つ下、と言うことは、最初の離婚から再婚まで、ほぼ間がない、と言うことになる。


「本当に忘れてしまったのか。」


父は、そういう微妙な空気は一切読まず、号泣した。


「忘れてしまったのか…親の顔を…ファイ!」


ファイ、兄のファイストスは、父に似たグレーの瞳で、呆然と、ただ父を見返していた。


あくまでも、礼儀正しい他人の目で。




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