5.シアン・ファンレイ列伝(ガディオス)

チューヤの歴史家スイ・フェイトーの著書「ソウエン記」――「シアン・ファンレイ列伝」。




《シアン・ファンレイは、ソウエンの都シーハイの出身だった。延命42年の二の月に産まれた。曾祖父のシアン・ファンロンは、饅頭売りだったが、徴兵されてシーチューヤとの戦いで名を上げ、将軍にまでなった。勇猛な戦いぶりから、「火龍将軍」と呼ばれた。


祖父のシアン・ロンレィは、足が悪く、戦場には出なかったが、「シアン将軍式連射装置」を考案し、国境の城攻めに貢献した。


父のシアン・ホウナンは、なんの功績もなく、財産を半分も食い潰して、郭で早死にした。母親はそれを聞いて、卒倒して死んだ。妾達は、残りの半分の財産を山分けして、逃げ出した。


後に、父の妾の一人が、商人のの女房になっているのと偶然再開したが、


「過ぎた事だ。女一人で生きるのは厳しいものだったろう。」


と、不問にした。


一人息子だったファンレイは、父の盟友コウ・ジュンシンに引き取られ、一人娘の婿になった。ジュンシンの甥のコウ・リエントゥ将軍は、「魔導の禍」で死亡したが、生前は「黒髭の若虎」と渾名された、勇猛な武人だった。




ファンレイは12で婚約し、15で仮結婚したが、正結婚の前に、魔導師エパの供として、博武帝のために、不老不死の妙薬を探す旅に出た。エパ師は、兵士や美女、財宝を騙し取り、ヒミカ国に逃げた。シュクシンに逃げたと思われていたため、探索に五年かかり、天下は博武帝の世から、暗冥帝の世へと代わっていた。


リエントゥ将軍の率いる討伐隊が派遣され、エパ師は滅びた。これを「博武の魔導の禍」(第三の魔導禍、とも言う)と呼ぶ。リエントゥ将軍は死亡したが、皇帝より預かった兵馬と、ファンレイは生還した。泰辰2年の事である。


ヒミカ国は、タカマガ氏の系統の、トウアン氏が納めたが、国の疲弊が激しく、大陸との国交は無くなった。




ファンレイと共に三百人の兵士が連れ去られたが、帰ってきたのは三人だった。


一人は邪法から回復せずソウエンに向かう船の中で死亡した。一人は回復したが、後に乱心して自害した。ファンレイだけが生き延びた。


彼は、回復した後、トエン討伐に参加し、功績を上げて将軍になった。




ファンレイと夫人には、何年も子供が出来なかった。妾を入れれば、と言う者がいたが、「恩人の従姉妹であるから。」と、妻を立てて、断っていた。


泰辰10年、ようやく一子を設けたが、娘であった。


この年、ファンレイの叔母が、離縁を進めたが、彼は断った。




泰辰12年、カイホアで虎の怪物を使う盗賊が出て、知事を殺して、土地を占拠した。。ファンレイはトエン戦線から離れ、盗賊討伐の任についた。半年がかりで彼らを掃討した。


彼が都に戻ったのは、九の月だった。翌年の五の月に、夫人は早産で、息子を産んだ。スイシュンと名付けられた。




ファンレイと夫人は、ソウエン人のため、共に髪も目も黒かった。しかし、二人とも、先祖に西方の血が混じっていた。このため、彼の娘は、抜けるように色が白く、「芙蓉君」と呼ばれた。


スイシュンは、髪は赤紫で、目は桃色をしていた。育つにつれて西方人の特徴が出て、夫人は周囲から不貞を疑われ、首を吊った。ファンレイは、大いに嘆き悲しんだ。後添いは貰わず、夫婦者の教師を雇い、子供の世話に当てた。


芙蓉君は、ファンレイが助けたカイホアの、知事の息子ホウ・モンドンに嫁いで、都を離れた。スイシュンは、父に従い、武人としてトエン討伐で功績を上げた。




泰辰29年の末、北東で屯田兵の内乱が起きた。この屯田兵達は、豪族のバイ氏の部下達で、シアン将軍とは無関係だったが、バイ氏は宰相のサエ氏の娘と仮結婚したばかりで、まだ若かった。このため、シアン将軍に任された。


トエン戦線からの帰路に命を受けたシアン将軍は、部隊を半分に分け、スイシュンに都に帰る部隊を任せ、休む間もなく、精鋭と共に北東に向かった。


少数と見られていた屯田兵の背後には、バイ氏と不仲のドアル氏と、彼と密約したトエンのトンハ族がいた。ドアル氏は、バイ氏は皇族で、捕らえれば、彼の土地が全て手に入る、と、トンハ族に嘘をついていた。


嵌められたシアン将軍は捕まったが、トンハ族は、ドアル氏に騙された事を悟り、将軍と部下達を解放した。


将軍は春に都に戻ったが、彼は裏切ったと見なされていて、親族は四族滅の刑に合っていた。謀反は九族滅であるが、皇帝が功績を「考慮」して、四族滅とし、使用人は除外された。ただし、博士のスウマ氏と、副宰相のスイ・リュウエンが、弁護したため、従兄弟が処刑される直前に取り止められた。




スイシュンと彼の妻は処刑されていた。子供はいなかった。


ホウ家は、巻き添えを恐れ、妻を正妻から妾に落とした、が、新しい正妻は、主人に無断で、側室を全て人買いに売った。芙蓉君は、シュクシンに売られたが、消息は不明である。彼女にも子供は居なかった。




ドアル氏は陰謀が露見し、罪に問われたが、将軍の願いで、処刑は免れた。都を追放され、田舎に移り住んだが、土地から良い作物が取れたために、再び財産を得た。後に人を頼んで、都に復帰した。官職を得ることは無かったが、裕福に過ごし、一族も反映した。


ホウ家は役職を解かれた。人身売買は横行していたが、敵国に、しかも良家の子女を売った場合は、重罪であった。しかし、これも将軍の頼みで、減刑された。ホウの娘は、後に皇帝の側室になり、寵愛を受けて繁栄した。娘しか産まなかったため、皇帝の死後は、勢いは無くなったが、再び官職を得た。




将軍は、役職を辞し、娘の行方を探すため、シュクシンに旅立った。部下たちの中には、彼に着いていくと言うものもいたが、将軍は断った。


その後、彼を見た者はいない。




将軍が去って間もなく、都は南のアンテンに移った。トエンがシーハイ北のペイハイまで南下したからである。




シアン家は、妻の従兄弟のルイが継いだ。准将にまでなったが、賄賂を受け取ったため、罪に問われ、家は断絶した。


博士のスウマ氏は、将軍がソウエンを出た後、高齢のため、亡くなった。息子が後を継いだが、官吏登用試験で不正行為に荷担したため、家は取り潰された。


スイ氏は宰相になったが、皇帝が亡くなり、五歳の皇太子が即位した時に、役職を辞して辺境に引退し、後にシーチューヤに亡命した。




後書き:


幼い頃になるが、父リュウエンの縁で、シアン将軍、コウ将軍には何度かお会いした。コウ将軍は、豪放にして大胆、いかにも武人という、大柄な方だった。シアン将軍は対称的に、物静かで穏やかな、一見、文官のような容貌だった。剣と共に風に舞い、北原を駆け抜ける姿は、敵からも味方からも、「蒼天の荒鷲」と感嘆された。


彼は、よく人を許したが、


「私自身も、許されたおかげで、存在しているのだ。」


と語った事がある。


このように、人柄も立派で、優れた人が、家族を亡くし、陰謀の犠牲になり、不遇な人生を送ったのだ。


反対に、悪事を働きながらも、最終的に引き立てられ、栄華を貪った者もいる。


為政者は、民には『貧しくとも、真面目に謙虚に、善人として生きよ。』と説くが、上の者がそれに胡座をかくだけでは、世の中は良くならず、民にも、開き直った悪人が、増すばかりではないだろうか。》




「…オス、ガディオス!」


本から顔を上げる。


「そろそろ、夕食に戻らないと。」


アリョンシャが、数冊の本を棚に戻していた。アダマントとヘクトルもいた。


外国史の自由課題の論文のため、資料集めに、図書館に来ていた。


「それ、借りるのか?」


ヘクトルが聞いてきた。


「いや、これは読んじまったから。」


と、俺は本を棚に戻した。東方の工芸史について、と思ったのだが、つい、毛色の違う本を読み耽ってしまった。


「俺はやっぱり、最初に考えてた魔法史関連にするかなあ。調べてあったし。」


とアダマントが言った。


「でも、魔法史だと、外国史にはならないんじゃないか?もろにコーデラ史みたいなもんだろ。」


ヘクトルが指摘した。アダマントは、唸って、また明日、講義の後で図書室に来る、と答えた。俺は、自分も決まりきらなかったから、明日も来る、と言った。


アダマントは、陶芸美術史にしたはずだったが、資料が軒並み閲覧中だ、と軽く嘆いた。


休日の騎士団養成所、付属図書館の東方史関連の棚。美術工芸関連の書籍も、同じ階にあったが、やたら混んでいた。しかも、ほとんどが同期だ。


「ネレディウスが『ラッシル教会言語の変遷と、エカテリン派の聖典の表現の推移』、タルコースが『ラッシルにおける馬術の発展と衰退、および騎馬隊の構成の比較』、クロイテスが…何だか忘れたけど、ラッシル史らしい。だから、みんな、今回はラッシル史は避けるんだよ。宗教と戦術もね。」


アリョンシャが説明した。コーデラとラッシルの宗教史と戦術史は、騎士団でも魔法院でも、すでに研究され尽くしているので、今さら小ネタを半端にやっても、頭一つだけでも、抜けるのは難しい。しかし、騎士なら、戦術史は本懐だ。避けるのはどうか。…俺も工芸史を考えた以上、人の事は言えないが。


その点、嫌みな奴だが、タルコースは「ぶれ」がないな、と感心した。


「明日はネレディウスも誘うか。そういえば、今日はどうしたんだ。」


「ああ、ルーミ君の所だよ。課題に関しては、昨日、下書き済ませた、と言ってた。」


あいつも、タルコースとは別の意味で、ぶれないな。


その時、キーシェインズが、やや大声で、課題は祖父から聞いた、生の戦闘史で、と、数人相手に自慢話をしていた。




《民にも、開き直った悪人が、増すばかりではないだろうか。》




さっきの本の内容が、ふと頭に浮かんだ。だが、奴は、コネ入り七光りの、お預かりの嫌な男だが、別に、悪人という訳ではないな、と思ってから、明日の予定を考え始め、終わった。




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