4.交錯の戦い(ファンレイ)

俺達のいた民家について、将軍が「まし」と言った理由は、外を見回して、明らかになった。


「敵」の王宮は、三角錐を基盤にした、簡素だが、しっかりした建物だ。遠くからでもそれとわかる、威厳を感じさせた。だが、それを取り巻く家並みは、貧相なものだった。豪族の屋敷のような、大きな物はない。


王宮への道には、誰も居なかった。犬小屋すら空で、人間は死体すらない。


将軍の連れてきた部下が、途中、物音がする、と、踏み込んだ家があったが、外れかけた簾が、風に揺れて、立てた音だった。


「町の人を全員、使い尽くしたのでしょうか。」


小柄な弓兵が将軍に尋ねた。


「逃げ出した者も多いとは思うが。」


将軍は、小屋の床に散らばった細々した物の中から、黒い玉の連なった首飾り拾い上げて、検分した後、机の上に置いた。


「どうしましょう、半数は裏手からという予定でしたが。」


ずんぐりとした剣士が、将軍に聞いた。将軍は、


「私とファンレイで先頭を行く。リウとモウドは少し離れて来い。残りはエクンに従い、表で合図を待て。ハルフン攻めの時の要領でな。」


兵士はどよめいた。だが将軍の命令には従う。


俺は、将軍と二人で、三角錐の中に入った。


門番も護衛もいない。鎧と砂が床に転がり、仲間が進んだ痕を残していた。中は、狭くなったり広くなったりで、大人数では、確かに進みにくい構造になていた。


「あれは…。」


将軍が一点を見つめる。急に広くなった廊下に、人がいる。


「センロン!」


彼は、座り込んでいた。床には、鎧が転がっていた。砂まみれだ。その兜の部分を、抱き締めている。


「…太刀筋に覚えがあった。あの女も…。この男も…。昔、一緒に、剣を習った…。」


俺は、センロンの肩を揺すり、視線を合わせた。彼は、俺を認め、


「ファンレイ…」


と言った。


「マオルイは、ガーレンはどこだ。」


「マオルイは奥に…ガーレンって誰だ?」


彼の目を見返す。彼も俺を見た。焦点はあってる。


「お前は私が預かったから、ガーレンの記憶があるんだ。」


将軍が言った。彼は、俺の代わりにセンロンの目を捕らえると、


「もうすぐ、弓兵のリウと、剣士のモウドという男がくる。彼らの指示に従ってくれ。落ち着いて、いいね。」


と、子供に話し掛けるように言うと、俺を促して、そうっと彼の側を離れた。


「彼、センロンは、ここの兵士だったようだな。」


将軍は、小声で付け加えた。俺は答えなかった。


無言で奥に進む。広い王の間らしき所に、エパ師がいた。王座に座っている。


「話が違う!私は、カグラ朝の立て直しと…ああ!」


司令の声だ。王座付近にはいない。中は反響するので、分かりにくいが、血飛沫が上がった所があり、ちょうど、人の形をした物が、崩れた所だった。


「危ない!」


将軍に突き飛ばされる。何が、と聞くより素早く、彼は、司令の声と反対方向から飛び出した、杖を持った、長髪の男の相手をしていた。背後にも、剣士がいる。俺は、体勢を立て直し、剣士を引き受けた。


「マオルイ!」


剣士は、彼だった。表情のない顔で、味方である、俺に剣を振るう。茶色の目が、黄色く光っている。戦う時は、俺達はみな、こんな目になるが、今の彼の目は、普段とは異なっていた。焦点がないのだ。


俺は、正気に戻したくて、彼の名を呼んだが、無駄だった。剣の腕は俺の方がやや上だったが、マオルイは体格が良く、力が強い。今は、俺が加減している分、本気の彼とは勝負にならない。足を取られ、仰向けに転ぶ。


「戦え!」


将軍の声が聞こえた。


気がつくと、俺は立ち上がっていて、地面に、マオルイが倒れていた。意識は、まだある。だが、右側の腹を貫いた、俺の剣は血まみれだ。


「…俺は、アカネ様に仕えていた。マンヨウの都で。」


目の光は、僅かに戻っていた。


「反乱軍に追われて、追い詰められて、アカネ様は覚悟を決めた。俺もお供した。…アカネ様の目…最後の言葉、やっと思い出せた。」


マオルイは、微笑んでいた。俺は、なおも彼の名を呼んだが、彼は、否定するように、首を降った。


「ファンレイ、いや、誰でもいい。お前は、生きろ…。」


光が消える。もうマオルイは動かない。


彼の体から、何かが飛び出た。部屋の中を飛び回り、王座に向かう。だが、急に方向を変え、王座の隣の、一点に吸い込まれた。透明だが、暗く輝く、ガラスの壺が置いてある。その中に消えた。


“彼も『掘り出し物』だからな。”


棒の男が、壺に蓋をしながら、微笑んだ。その笑い方は、エパ師に似ていたが、髪は白くない。長く黒い。髭もない。若い男だ。


彼は、さっきまで、将軍と戦っていた。将軍はどうしたのか。


男が指を回す。促されてその指先をみる。将軍は、倒れていた。


右胸に、腕が通りそうなくらいの大きさの、穴が空いていた。血が出ていない。傷口が、凍っていた。


「将軍!これは…。」


こんな傷は見たこともないが、致命傷なのはわかる。頑丈な彼には、まだ少し息があった。


あの痩せた男に、この将軍が、負ける訳がない。あの時、俺に「戦え!」と言った時に、隙が出来、そこをやられた。そうとしか、思えなかった。


将軍は、力なく、俺を見つめた。微笑んでいる。


左手で、そっと俺の頬に触れるが、すぐに力が抜けた。


「今、外に。」


「駄目だ。奴を倒せ。倒せなければ、無駄になる。」


言葉がなかった。ただしゃがみこむ俺に、彼は、


「満足だ。『財宝』は守れたからな…。」


彼の手が、もう一度、俺に延びようとした。だが、傷口の氷が一気に溶け、血が吹き出し、将軍は、動かなくなった。


“できれば、彼も使いたかったが、仕方ないか。適正がない。”


俺は立ち上がり、痩せ男を睨み付けた。


“おやおや。私としては、傷を固めて、喋らせて差し上げたのに。最期の言葉を。”


口調はエパ師に似ていた。だが、顔や姿は別人だ。


「お前は…エパ師?」


“…ここでは、そうとも言えるな。だが、個体の識別など、本当はどうでもいいのだよ。”


壺は、小さいが、楽に手で持ち運ぶには、微妙な大きさだ。奴は、壺と俺を交互に見た。


“お前、私と一緒に来い。他の連中は、惜しい者もいたが、まあ取り替えは利く。だが、お前ほどの逸材は…”


俺は、奴が言い終わらないうちに、切りかかった。奴が誰なのか、どうでもいい。奴は俺の仲間を利用し、何度も死なせ、俺の記憶を踏みにじった。


俺の剣を、奴の杖が支えた。奴の目は、光ってはいない。力押しで勝てる、そう思って、一気に杖ごと切り下ろした。


奴は、真っ二つに避けた。同時に、細い剣は、閃光を放ち、あっさりと砕けた。


“それは…!”


何か叫んでいる。倒した。だが、俺の体からも、一気に力が抜けた。




俺は、死んだ。今度もそう思った。




甘い希望だった。


俺は、「死」を解っていなかった。


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