3.時と空の間に(ファンレイ)
黒く真っ直ぐな髪に、濃い茶色の瞳の女性。悲しい笑顔で、俺を見ていた。
《これ。》
笹の葉に、川魚が乗っていた。
《上手く焼けるようになったのに、夏は帰って来ないから、食べて貰えなくなった。》
服装は似ているが、いつもの女性、イソラ、と俺が呼んでいるあの人とは違った。
《本当は、そんなに好きじゃなかったでしょう。わかってたわ。でも、私のために、そう言ってくれた。とても、嬉しかった。忘れてしまったでしょうけど。》
俺は、彼女を知っている。
《舞いのお稽古の時もそうだった。貴方は、直ぐに忘れた。イソラ様に、関係ない事は、直ぐに。すべてを。》
違う、舞の件はそうだったが、川魚の事は、覚えていた、覚えていたんだ。
《ほんとに、私、上手くなったのよ。夫なんて、『これが結婚した一番の理由だ。』なんて…。
もし、貴方が、生きて帰って、イソラ様と結婚して、都に住んでいたら…毎年、食べて貰えたのにね。思い出してくれたかも。
…明日は、イソラ様がおいでになるわ。皇子に、貴方の名前を…。》
彼女は、優しく微笑んでいた。
《お兄様…。》
ああ、幸せになってくれたんだ、お前だけでなく、イソラ様も。
俺が、死んだ後も。
死んだ、俺は、死んだ。
思い出した。
俺は、死んだ。
《貴方の名をとって、ヒナギとつけたわ。》
イソラ様。
俺は、貴女を残して、死んだ。
だが、生きている。生きているんだ。敵を倒し、自分達の「王」のため、エパ師に――。
俺は、飛び起きた。医務室でも、自室でもない。砦でもない。一般の民家のようだ。
「傷は直させた。」
コウ将軍がいた。
小綺麗な部屋、俺と将軍の二人きりだった。
「カイトンに入れたのでな。一軒だけでも、ましな使える民家が残っているとは、意外だったが。」
起き上がる。確認するが、彼の言った通り、体に傷はない。状況からして、寝込んでいたように見えるが、ふらつきもせず、手足も自由だ。
「ファンレイ。」
「違う、俺は…。」
「…ファンレイ。」
将軍は、最初に見たのと、同じ目で、俺を見た。これは、さっきの夢の中、俺を兄と呼んだ女性の目に似ている。
「お前の名前は、シアン・ファンレイ。ソウエンの名将シアン将軍の、直系の、たった一人の曾孫だ。
お前は、五年前、十五の時に、外国から落ち延びてきた妖術師エパに拐われた。奴は、先代の皇帝と豪族を騙し、『不死の秘法』を手に入れると言って、一月の約束で金銀財宝と船、新米兵士を借り受け、そのまま、姿を消した。南国に逃げたと思われていたが、東の島国に逃げ出していた。
奴は、カグラ朝のヒミカに使えたが、『お飾り』のヒミカは、若返りの秘法を求めて、エパを重用し、国を乱した。
結果、あちこちにヒミカが乱立したが、エパは、カイトンのヒミカを残し、すべて倒した。『不死の魔剣士』を使ってな。」
将軍の声は、静かに響いた。衝撃の事実だが、混乱はなかった。
「…エパ師は、妖術師なのか?俺は、俺の仲間は…ソウエン人か?」
不死の剣士なのか、という言葉は、出てこなかった。俺はイソラ様、彼の言う、昔のヒミカに使えた戦士ヒナギだ。ソウエン人であるはずはない。
将軍が否定すると思ったが、彼は、どちらも肯定した。後の問いには、
「仲間達はわからない。何人かは、人相風体が一致する者もいるから、恐らく。だが、南方人に見える者もいる。カイトン朝は、シュクシンに支援を受けていたから、最初のうちに捕らえた南方人を使ったのかもしれない。」
と付け加えた。
将軍は、どうやらソウエンの人のようだ。エパ師が、ソウエンを騙したなら、将軍は、なぜ、協力しているのか。シュクシンというのが、ソウエンの対抗勢力で、彼らがカイトンに協力しているからとしても、おかしい。
俺は重ねて、疑問をぶつけた。
「新しい、今のソウエン皇帝は、まだお若い。貴妃様が、二回流産されたので、迷信深い連中が、第二級犯罪までの恩赦を進めている。エパは対象外だが、後宮を見直さない限り、貴妃様の流産は続くだろう。
エパに恩赦が下れば、その分を異民族対策に回せる、と考える者もいるが、見過ごすには損失が大きすぎる、と考える者もいる。
苦肉の策で、完全に恩赦が下る前に、エパと交渉し、持ち出した物に相当する物を返せば、不問にする、と持ちかけたのだ。
だが、エパについてきた弟子が、名前は知らんが、財宝を持ち出し、カイトン朝に付いた。砂の戦士を見ただろう。奴の術らしい。
ソウエンは、それらを取り返すため、エパに内密に協力することにしたのだ。
カイトン朝とシュクシンの関係もあるが、あれこれと、よく知らない国に出てこられると、旧敵のシーチューヤまで、介入してくる可能性が出る。あくまでも、表向きは、ヒミカ内部の事としたい。
私は、戦いを終わらせ、奴の奪った物を取り返すために来たが…。カイトンに潜り混ませている者の報告からすると、カイトン側の財宝は、もう散逸している。戦力も、両方とも疲弊し、次で相討ちだろう。
財宝にこだわっていると、魔導師の争いに巻き込まれ、今回、皇帝陛下から預かった兵に、無駄に損失が出る。
今、エパ師は、最後の戦いに、自ら参加している。財宝のありかはわからないが、私は、この隙に、お前だけでも、連れて帰る事にした。」
それでは、仲間は、今、戦っている。俺は跳ね起き、服を掴んだ。将軍は、止めた。
「エパ師に義理立てする理由はない。」
「違う。放せ。」
「奴は、危険な邪法を使っている。私は、お前を死なせない。いいか、お前は、今、記憶が封じられている。国に帰り、ここを離れれば、徐々に思い出すだろうが、お前には…。」
「仲間が、戦っている。俺もいく。危険なら、尚更だ。」
ガーレン、センロン、マオルイ。あいつらを置いて、逃げるなんて、出来ない。
「ファンレイ、聞き分けてくれ。」
「放せ!あんたには、関係ないだろう!俺達の事だ!」
将軍は、手を放した。髭に隠れて、細かい表情は見えない。静かに、俺を見ている。
急に、将軍にすまない、そんな気持ちになった。関係はないが、彼は、俺の身を案じてくれているわけだ。例え義務感からだとしても。
「すいません。でも、俺は、行かなくては。」
居たたまれなくて、俺は、目をそらそうとしたが、
「…わかった。私も行こう。支度しなさい。」
の言葉に、驚いて、まじまじと、穴の空くほど、彼の顔を見た。
危険と言った、その口で、俺と一緒に来る、という。
「何を呆けている。だいたい、君一人では、どこに行っていいか、わからないだろう。」
彼は、まだ飲み込めない俺に、剣を渡してきた。俺の剣ではない。
「呪術師を相手にするなら、これの方がいいだろう。」
いつもの剣よりやや細く、軽めだが、刀身は長い。
「私は財宝を持ち帰る任務も、あるからな。」
そう言った将軍は、俺を戦いに連れ出した。
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