2.その人の名は(ファンレイ)
今日は敵が多かった。昨日は少なかったから、三体しか倒せなかった、と言ったガーレンを、マオルイがくさしていた。
俺は今日も俺達に損失がないことに、ほっとしていた。
敵の本拠地は、もう陥落寸前だ。あと数回で、その都は、俺達の者だろう。だが、さすが都、最後の抵抗がしつこい。
味方の部隊は、毎日、近くの砦から出撃した。砦と言うよりは、小さな城だ。俺達兵士の力を保つために、大がかりな医療設備がいる。このため、自分達の都を出た時から、ずっと、拠点を整えながら、慎重に進軍している。このため、戦いは、何年も続いていた。
敵の城塞を見ながら、拾い野原に、倒した敵が積み重なる。その中、センロンが、倒した敵にかがみこんでいる。何かあったのかと、声をかける。
彼は、鎧の頭部を外し、敵の顔を見ていた。
「女か。」
若い女だ。血の気の失せた青い顔。彼は頬に触った。女の顔は、砂になってしまった。
「人数が増えた、と思ったら、こういう事か。女子供で、かさ上げとはな。嫌な手を使う。」
俺は、センロンが何か返事をすると期待して言ったが、彼は黙っていた。
「引き上げるぞ。」
とマオルイが近寄ってきた。センロンを見て、
「どうした。何をしている。」
と言い、鎧と砂に気付いた。
「顔を見たのか?何のためだ?」
彼はいぶかしげに尋ねた。
「戦った相手の顔を確かめたかったんだろう。不思議はあるまい。」
コウ将軍が、いつのまにか、背後に来ていた。彼は、別の兵士に呼ばれたので、そちらを向いた。俺は、センロンと鎧を交互に見た。
普通は、こういうことはしない。鎧の中身は、ほっといても、砂になる。それから鎧を回収する。俺達には必要ないが、溶かして道具や建築材に利用するためだ。
“戦った相手の顔を確かめたかったんだろう。不思議はあるまい。”
将軍の言葉が、頭に響く。鎧の中に人、それは当然だ。鎧だけでは戦えない。砂になる。倒されたら、敵はそうなる。わかっている事だ。何の不思議もない。
回収部隊が俺達を見て、お前らの仲間は、引き上げたぞ、と言ったので、思考はそこで中断された。
その夜、寝る前に、センロンは、将軍の部屋に呼び出された。昼間の「妙な行動」の事だろう。センロンは、食後、医務室に治療を受けに行ったばかりで、居なかった。俺が不在を伝えに行った。
将軍の部屋には、司令がいた。司令も呼び出されたのだろうか。司令の方が階級が上と思ったので意外だった。センロンの不在を伝えた。
将軍と司令は、食事をしていた。将軍は、
「多忙でな。この時間になった。」
と言っていた。
上の人の食事風景は初めて見る。俺達が普段食べているものとは違う。黒っぽくて丸い、珍しい野菜だ。茸でもないようだ。よい匂いがするから、食べ物だとわかるが、そんな食べ物は見たことがない。
「鳥の肉だ。食ってみるか?」
鳥は知っている、肉も知っている。だが、食べている所は初めて見た。
「こっちは、酒だ。」
透明だが、金色の液体が、凝ったグラスを満たしている。酒、それは飲み物だ。
「お前、鳥は、嫌いじゃなかろう。」
《悪い、ちと焦がした。》
《まあ、前よりはましかな。》
《○○、魚なら焼くの上手いのにね。》
《やっぱり、肉は煮るべきか。》
《夏場にそれはなあ。》
《ああ、ほら、過ぎたことは、もう。飲んで忘れろよ。》
《お前が言うか。》
「…レイ、ファンレイ!」
我に帰る。俺は立ったままだった。
「将軍、困りますよ。前線で戦う彼らの食事は、最適な物を整えているのですから。」
司令が渋面を作っている。将軍は、串に刺した肉を食らいながら、
「なるほど、野菜しか食わせない事で、狩猟欲を人に向けるのか。」
と言った後、司令が何か言おうとしたのを遮り、
「センロンの事はわかった。下がっていいぞ。ご苦労様。」
と、退室を促した。
俺は部屋に戻った。
皆、眠っているらしく、一様に静かだった。
俺は目を閉じた。明日の戦いに備えるために。
女の子が泣いていた。
俺ですか?何かしたんですか?泣き止んでください。なんでいきなり。
《ごめん、焼き魚の件で、口がすべって。》
○○はひたすら謝っていたが、心当たりがない。
《お前、焼き魚好きだけど、一番好きなのは、川魚だろ。ここらじゃ、取れない。ここに来たから食べられなくなったって話をしたら…睨むなよ、妹さん情報だぞ。》
ああ、もう、○○も余計な事を。
《泣かないで下さいよ、イソラ様。》
そう、この女の子はイソラ様。
《確かに、俺、川魚は好きでしたが、魚なら、何でも好きですよ。》
イソラ様は、泣き止んだが、まだ疑っていた。
《俺の妹、知ってますよね。あいつ、今は料理好きで、なんでもわりと得意なんですが、最初は、川魚焼く時に、火が、わあっとなるでしょう。あれを怖がって。しょうがないから、俺がついて、一緒に焼いてやったんですよ。
○○○様は、妹に一人でやりなさいって言ったんだけど、可哀想なんで、『俺は、川魚が得に好きだから、焼き上がるのを待てないんです』、と…。》
そのうち、妹も一人で焼けるようになって、協同作業は終わった。
イソラ様は、笑った。笑ってくれた。
《じゃ、今日は、お魚、私が焼くね。》
《え、俺がやりますよ。》
《私がやるの!》
《…わかりました。二人で焼きましょう。》
《…盛り上がってる所、悪いんだが、今日は海草だから、焼くのはどうかと思うぞ…。》
※ ※ ※
今日も、多かった。
センロンが、また、鎧を見下ろしていた。
俺は、彼に話しかけようとしたが、マオルイに呼び止められた。
「ガーレンの事なんだが。」
彼は声を潜めた。
「今日、あいつが戦った奴の中に、しぶといのがいてな。俺も加勢して、倒した。だから、バラバラになっちまって、嫌でも鎧の中身が見えた。
中身は砂になっちまってたが、こんなのが見つかった。
『二つあるから、一つやる。』
と、くれたよ。」
針金の先に、紅い石が付いている。透明な、濃い紅色だ。
「耳飾りだな。」
俺はそれを受け取り、日にかざしてみた。
「こんなもの、どうするんだ、回収班に渡せ、と言ったら、
『一つくらい、いいだろ。金属じゃないんだし。』
と返ってきた。その時、回収班が来たから、ごまかすために、左右に別れた。
どう思う?こんなの、初めてだろう。」
確かに、そんな話は聞かない。だが、石の飾り一組みくらいで、気にしなくてもいいだろう。回収班は金属意外は興味ないと思う。
「故郷に恋人でもいるんだろう。敵の死体から取った飾りを、喜ぶ女がいるかわからんがな。だが、カイトン市街に入っても、土産物屋があるわけじゃない。」
二人同時に振り向くと、またしても、コウ将軍がいた。
「軍規は守るべきだがな。注意はしておくが。」
「私が言います。」
将軍を制して、マオルイが駆け出した。俺の手には片方が残った。どうした物かと思っていると、将軍が、それをそっとつまみ上げ、日に翳した。
「いい色だな。葡萄酒のようだ。」
俺は、黙っているのも何だから、初めて聞く「葡萄酒」という単語について、質問してみた。
将軍は、
「葡萄から作る酒だ。飲んだこと、あるだろう。こんな色をしている。」
と言った。酒など、飲んだことはない。昨日、将軍が飲んでいたものは、金色で、泡がたっていた。こんな血みたいな色の物もあるのだろうか。
そもそも、葡萄、とはなんだろう。聞いたことはある。果物の名前だ。だが、鳥の肉と言われて、思い浮かべた鳥の姿のようには、葡萄というものを想像出来ない。
俺は、自分の耳に触れてみた。目の前の飾りをみて、装飾品で、耳飾りと直ぐに考えた。だが、俺の耳には、飾りの針金を通す穴はない。いや、そもそも、耳に穴をあけて飾りをつけるなんて、どこから、そんな考えが出た。
《やっぱり、塞がってるわね。もう一度、開ける?》
くるくると巻いた輝く髪、金色の瞳の女が、俺の耳を乱暴につまんでいる。
《そうだなあ…》
俺は生返事した。
《じゃ、ずいっと行くわよ。》
《わ、ちょっと待って。》
《動くと、首に刺さるわよ。》
俺は身をよじって逃げた。
《おい、○○、弟をからかうな。》
みな、笑っていた。
《やっぱり、何かつけてないと、塞がるわね。》
《仕方あるまい。最近は、大陸風でな。男は、耳飾りは、しなくなってるからなあ。》
《でも、どうしますか?明日は正装でしょう。それでも、今から開けるのは、どうでしょうかねえ? 輪をつけて、耳にひっかけましょうか。》
《髪止めから紐を垂らして、ぶら下げたらどうかしら…。》
巻き毛の女の耳には、これに良く似た、翠色の耳飾りが揺れていた。
「おい、どうした?」
将軍の声がする。
俺は我に帰った。将軍は、俺の顔を覗き込みながら、
「少し休むか?」
俺は頷いた。彼の腕が、俺を支えている。俺は倒れかけたのだろうか。
だが、その時、叫び声がして、俺の足元は、反動でしっかりした。
ガーレンと、マオルイが、叫んでいる。いや、ガーレンが叫び、マオルイが押さえている。
「リンラン、リンラン!」
誰かを呼んでいる。聞いた事がない名前だ。
俺は飛んでいった。センロンが司令を呼んでいる。
俺は、マオルイを助けて、ガーレンを押さえようとした。
ガーレンは、剣を抜いた。味方に切りつけてくる。目が赤い。さっきの耳飾りのように。
赤い目を見据える。涙が血のようだ。
気をとられた瞬間、俺は正面から切られていた。
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