芳しき蕾

1.電気羊の夢(ファンレイ)

夢の中で、女性が微笑んでいた。黒髪に、濃い茶色の瞳。


《ずっと一緒に…》


泣いている時もある。わめいている時もある。


《約束、したのに!》


わめいている時は、俺を見ていない。


穏やかな顔で、ただ俺を見ている時もある。話しかけてくる時にくらべ、年をとった顔だ。


白髪頭の彼女もいる。豪華な棺に沢山の花。


彼女の名前は、覚えている。イソラ。彼女が誰なのかわからない。


だが、俺にとっては、大切な人だった。




目が覚めると、俺は戦う。夢の人を忘れて、仲間と共に。




仲間達とは、会話もするし、風呂や食事も共にする。夕食の席での話は、その日の戦闘、明日の戦闘、上官であるスイサノ司令官の悪口などだった。


「なあ、ファンレイ。」


仲間の一人、ガーレンが、清水のグラスを飲み干しながら言った。


「今日は良かったな。連続一番、記録更新だ。あと10体で、俺も。」


するとセンロンが、


「お前、今日、倒した数が3で、あと10体って。」


と茶々を入れた。黙って聞いていたマオルイが、青菜を口に運んだが、一口食べただけで箸を置いていた。俺は、どうした、と聞いた。


「いや、一体は、止めを刺し損なって、後でファンレイが始末したな、と思い出してな。」


ガーレンのふくれ面をネタに、十数人が一斉に笑った。


「あれだってさあ、スイサノのおっさんが…」


と言いかけたガーレンは、視線の先に、当の上司の仏頂面を発見し、水を喉に詰まらせた。


スイサノ司令官は、ガーレンに構う様子もなく、


「ファンレイ!シアン・ファンレイ!エパ師がお呼びだ。医務室に来たまえ。」


と、俺を呼び出し、直ぐに帰って行った。


仲間たちが、羨ましがる声を背に、俺はエパ師の医務室に向かった。




“…こうまでして、使わなくても。”


“ここまで親和性のある者は貴重なのだよ。君も助かるだろう。”


“否定はしませんが、この前は危うく…”


会話が近付いてくる。意識がゆっくり戻った俺の目には、スイサノとエパ師が映った。


「ああ、気が付いたかね、ファンレイ。」


エパ師は、人のよさそうな笑顔を向けた。


「今回のは、数は大した事はなかったが、強化されてたからなあ。敵もない知恵を絞り、よくやる。疲労を取っておいたよ。」


俺は礼を言った。治療の時は、夢を見ない。ついでだ、と、明日の作戦を、司令から簡単に説明される。


「おいおい、明日にしたまえよ。司令はせっかちでいかん。」


エパ師がこう言ったので、司令は俺に、何か質問があるか、と締め括りに聞いた。


「イソラ…何の事でしたっけ。」


俺はふと、何の気なしに聞いてみた。


エパ師と、司令は、一瞬、動かなくなった。


エパ師は、


「…ああ、確か、先月、辞めた洗濯係りに、そんな名前の子がいたな。後は、これも辞めた子だが、調理場にも、同じ名前の子がいたっけ。二人とも、故郷で結婚すると言ってたような。…なんだ、振られたのかな?」


と、優しく笑った。司令は、ほっとした顔になった。


「五十代目ヒミカの名前だ。ロウカン朝の原始女王だ。今のカイトン朝は、一応、彼女の子孫を名乗っているが、どうだかな。」


低い声が響く。


目付きの悪い、髭の大男だった。剣ではなく、鉈を背負っている。


「ああ、明日、紹介する予定だったが…彼はコウ将軍。『同盟国』から来てくれた。君は彼の隊に入ってもらうよ。」


エパ師の声が明るい。司令は黙って、コウ将軍を睨み付けている。俺は、そうですか、よろしくお願いしますと言った。


「最良の品、か。なるほどな、傷ひとつなく。」


コウ将軍は、ぎろりと俺を一瞥している。


俺は、自分の格好に気がつき、慌てて服を着て、非礼をお詫びした。


「ふん、人間らしい所は、まだあるのか。」


…当たり前だろう。人を何だと思っているんだ、この人は。俺は気付かれないと思い、コウ将軍を睨み付けた。


コウ将軍は、俺を見ていた。妙に、悲しそうな目付きで。


こんな目は、確か前にも。


「そろそろ、行きなさい、ファンレイ。皆によろしく。」


エパ師に促されて、俺は部屋を出た。


背後で、司令が「あれは困ります。」と言っていた。




宿舎に戻る。就寝時間は僅かに過ぎていたが、皆、起きていた。


ガーレンが、


「何の話だった?」


と聞くので、検査をしただけ、と答えた。センロンが、


「昇進じゃないのかよ。新兵が増えるっていうから、司令はそっちの指導だろ。お前が後任だと思ったのに。」


と、残念そうに言った。マオルイが、


「なら、医務室でなく、司令室に呼び出すだろう。」


と呟いた。


「ま、とにかく、早く寝よう。明日も沢山、敵を倒して、手柄をたてて昇進して、一日も早く帰ら…。」


言いかけたガーレンが、はたと止まった。


「一日も早く…何だっけ、まあ、いいや。お休み。」


横になり、すぐ寝息をたてる。心配しかけたが、いつものガーレンだ。


「まったく、羨ましいよ。俺は最近、夢見が悪くて。」


センロンが寝がけにぼやいた。マオルイが、どんな夢だ、と聞いていたようだ。


俺は、皆まで聞かず、眠った。治療の日は、よく眠れる。




夢は見ない。




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