4.東方の記録(グラナド)
コーデラ出身の冒険家ポーロ・マーカスの著書「東方での記録」より。
《東方の島国ヒミカは、代々、鬼道を得意とする、女王の治める国だった。
初代から四十九代までを、ヨモツ朝、五十代から六十五代までをロウカン朝、六十六代から、現代の七十一代までを、マンヨウ朝と呼ぶ。これらは、それぞれの都の名である。
(中略)
ヨモツ朝最期の女王、四十九代目のトヨカは、鬼道の力が無かった。だが、美しい声と人を丸め込む話術、そして、「蛇欲」と呼ばれる淫らな気によって、姉イソラを押し退けて、即位した。
賢明な父ヤシロトは、信頼する豪族のマクラギ氏にイソラを託し、彼の長男と結婚させて、臣下の妻として、西の海辺の田舎町、ロウカンに逃がした。
イソラは鬼道の力を人々に役立て、彼女を慕う人々は、都を離れ、ロウカンに集まった。
荒淫を貪り続けたトヨカは、父親のわからない子供を身籠り、女王の座を追われたが、大河を越え、東の蛮族の土地に逃げた。
東の蛮族は言葉は通じたが、文明が無かった。
近親で交わり、結婚前も後も貞操を守らず、人を殴り殺しても罪にはならず、金に困れば人を襲った。農地の肥料は人の死体であった。人々の性は嫉妬深く僻みやすく、狂暴にして凶悪であった。
トヨカは蛮族の女王として君臨し、都を攻めようとしたが、蛮族は兵士とはしては優秀だったが、迷信深い彼等は、慣習で、大河を越える事は出来なかった。ほどなく、イソラを擁したタカマガ氏とマクラギ氏、ヤコウ氏、ミカズチ氏に撃退された。この四氏は、「蛇欲」の効かない氏族だった。
平和は戻り、イソラは五十代目として正式に即位した。蛮族はほぼ討ち死にしたが、生き残りは許された。イソラの夫は勇敢に戦い、死亡したため、タカマガ氏より婿を迎えた。都はヨモツから、ロウカンに移された。
イソラは息子ヒナギノミコト、娘ミラノヒメミコを産んだ。ヒナギノミコトはヤコウ氏の長女の婿になり、ミラノヒメミコは、ミカズチ氏より婿を取り、五十一代目の女王になった。
》
「殿下、殿下。」
ガディオスが声をかけていた。
「熱心ですね、歴史ですか?」
「どっちかと言うと、古典かなあ。」
古典、と聞いて、ガディオスは少し身震いした。
「先月のオペラの原作に当たるというから、読んでみたんだけど、ぜんぜん違う話に見える。脚本家、すごい想像力だな。」
「それ、『東方夜話』の方ですよ。著者名が同じだから間違えやすいですけど、百年近く差があります。」
とアリョンシャが説明した。ガディオスが、
「まあ、そろそろ、お時間ですから。」
と明るく、古典から目を反らして言った。
今日はザンドナイスの公爵の誕生パーティだ。長寿のお祝いでもある。
本は置いて、公爵邸に向かうため、俺は、部屋を出た。
明くる日、図書館に「東方での記録」は返し、「東方夜話」を借りた。これで知的好奇心を満たした俺は、それ以来、「東方での記録」は忘れていた。
ファイスが仲間になった時、ふとその本の事を思い出したので、船の上、朝食の席で聞いてみた。
ヒミカの歴史は、ソウエンの史書に歴代の王の名前が出てくるだけで、細かい事は、ソウエン人でも、詳しくない。東の島々の何処かに、不老不死の妙薬や、蘇りの秘薬がある、いう伝承があり、真面目に探索する皇帝も何人かいた。皇帝の学府でも、そういう認識だった。
ただ、度々、皇帝の名の下に行われてきた言論統制のため、知識人の亡命が「流行る」時期があり、その人達が、まとめた物は、いくつかある。が、ソウエンはともかく、ヒミカの詳しい話となると、残念だが、フィクションの「講談物」が一番詳しいレベルだ。それらは、派手な戦闘のある所は詳しいけど、細かい部分は適当だ。
ファイスの説明は、このような物だった。
細かい部分との差が、わかるのは何故か、詳しく聞きたかったが、その時、丁度、カッシーが、ラズーリが寝坊している、珍しい、と言ったので、俺が起こしに行ったため、聞けなかった。
そして再び、「東方の記録」は、片隅に追いやられた。
しばらくの間。
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