3.月の酔い

ミルファは、結局は一口で止められたため、「大事」には至らなかった。


「それより、『副官様』が。」


と、数人が口々に言っていた。誰かと思ったが、「副官」とは、イシュマエルの事で、ミルファからグラスを取り上げて、代わりに飲み、酔いが回っていた。魔導師は酔いにくいはずだが、どうやら、治療で使った薬のせいもあるらしい。


俺が抱えて、トパジェンと一緒に、医務室に運んだ。


トパジェンは、簡単にイシュマエルの体調をチェックすると、


「今日は、もう休んだほうがいいわね。ジェイデアには、伝えておくわ。」


と、着替えを渡すと、出ていった。イシュマエルは、


「呼ぶなよ?」


と言ったが、彼女は微笑んだだけだった。


彼女が部屋を出た後、彼は


「主催者が抜ける訳にはいかないからな。」


と、言い訳をして見せた。


この二人は、もう「乗り越えた」はずだと思ったのだが、まだ拘りがあるのだろうか。


「まだ、覚悟、ないのか?」


思わず、口を出してしまった。


「覚悟って…まあ、そう言えば、そうだな。」


彼は、戸惑いながらも、明確な口調で続けた。


「『大将』のジェイデアが、一部下に過ぎない俺の様子を見に、宴席を抜けたら、目立つだろ。」


「目立って、何が悪いんだ?戦闘を放り出す訳じゃ無し、ちょっと宴会を抜けて、恋人の様子を見に来る程度、ふつうだろ。」


彼は、恋人、と言うところに、さっと顔を赤くした。だが、直ぐに、通常の顔色にもどる。


「俺は護衛官で、ジェイデアは王子…王女だ。それは変わらない。」


「それじゃ、彼女が、いや、彼、でもいい、然るべき相手、とやらと結婚したら、どうする?」


「…役目は続ける。その覚悟が無ければ、護衛なんか出来ん。ジェイデアが、パミーナと結婚した時も、そうだった。男か女かなんて、そもそも関係ない。」


「その覚悟に比べたら、もっと自然な覚悟じゃないか?」


イシュマエルは黙った。俺は、何故か、妙にいらいらとしていた。身分から、彼等に反対する者は、王国が一度解体した今となっては、最早いない筈だ。さきほど、魔族人族、取り混ぜた数人が、イシュマエルを「副官」と呼んでいたこともある。周囲からの認識は、ここのNo.2、しかも、彼等は、同じワールドの者同士だ。個人的な価値観を押し付けるのもなんだが、ここまで「恵まれて」いて、この躊躇いには、苛々とする。


「護衛官、なんだろ?それ以前に、彼女の望みは何だ?」


「望み?」


「ああ。叶えてやれよ、本当の望み。それで誰が犠牲になる訳じゃないだろ。それだって、『守護』だ。」


口に出してしまってから、苛つきは、イシュマエルではなく、自分に対しての物だと悟った。


さっきの自分の行動を、にわかに思い出した。今まで、グラナドから、からかって(恐らくは)する事はあった。だが、さっきは違う。この体がホプラスの物だからか、いや、それだけではない。いつまでも、ホプラスのせいにはできない。雰囲気に流された面が多分にあったとしても、またしても、計画を二の次にする積もりか、俺は。それで、どうなった、いや、どうなる。あの時は、あれが一番の選択だった。だが、今回はどうか。


「イシュマエル…。」


入り口を振り向く。ジェイデアがいるた。


「なんだ、呼ぶなって言ったのに。」


「まあ、そう言うな。みな、心配していた。グラナド君も…。あれ?」


背後を振り返ったジェイデアは、「今までいたのに。」と言った。俺は、ジェイデアと入れ替わりに、宴会に戻った。グラナドが戻っていると思ったからだ。確かに、戻ってはいたが、「復活」したミルファと、シェードと、年齢が同じくらいの女性兵士二人と、なにやら楽しそうに話していたので、声をかけるのは遠慮した。サニディンは、男性数人と、何やら飲み比べている。グロリア、トパジェンとセレナイトが、「光る酒」を飲んでいたので、そちらに声をかけた。


セレナイトは、どうやら、飲むと黙るほうらしく、トパジェンも静かなほうだ。グロリアがよくしゃべり、夜光酒の説明を繰り返していた。人族では、米から作る酒に、貴重な夜光虫の羽から取るエッセンスで、光らせた物だ。高級品らしい。だが、魔族の夜光酒は、夜光する花の実を使う。取れる土地は限られているが、庶民に手が出ないほどの高級品ではない。前者は清酒、後者は蒸留酒のようだ。


「光り方が違うの。人族のは、光の粒が舞う感じ。新年には必ず、神殿勤めには、特別に出して貰ったわ。貴重品だったけど。


魔族のは、全体が光る感じね。もともとは魔族のお酒だけど、人族も作るようになった。新年になると、街では、飛ぶように売れてたわ。」


セレナイトが黙々としているので、俺は、飲み比べてどうか、とか、ここにあるか分からないが、ジンと似たものか、と、一杯だけ飲んだり、そんな調子で、会話を続けた。


そんなこんなで慌ただしく、グラナドが先に部屋に引き取ったのに、気付かなかった。俺が部屋に戻った時には、彼はもう、眠っていた。翌朝は、先に起きていた。朝食には、まだかなり早い時間だった。食堂を見ても、当然いない。


ストーンサークルの所に行ってみた。夕べの宴会の名残はほとんどなく、片付けられていた。


ジェイデアがいた。アントンと、他に女性の魔法官と話している。


「それは是非、聞きたかったなあ。」


とジェイデアが言ったのに対し、アントンが


「滅相もない。副官様には及びません。」


と答えていた。俺が近づくと、入れ違いにアントン達は下がった。


ジェイデアは、微笑んで、お早う、と言った後


「夕べの余興で、アントンが、『緑の瞳は閉じられて』という歌を歌ったんだ。彼はかなり上手いらしい。」


と、付け加えた。


「いい歌なんだが、イシュマエルは、あまり好きじゃなくて、滅多に歌わないから。」


と言うことは、「副官」イシュマエルは、歌が得意なのか。それは知らなかった。だが、どちらかと言うと、小柄でほっそりした少年のような彼が、「真の女性担当」なら、声の魅力が大きいのは、納得がいく。


「君も、得意なんだって?」


「子守唄だけですよ。」


「グラナドに?」


「いえ、ルー…以前、守護していた相手に。子供の頃ですが。」


正確には、子供の頃に唄っていたのは、ホプラスだ。だが、大人になってからも、何回か、二人きりの時に、頼まれて、唄った事がある。




《夜が終わるまで


そばにいるから


安らかにお休み


守ってあげる


愛しい子よ…》




元はオペラの二重唱、駆け落ちした恋人同士が、隠れ家で歌うものだった。歌詞を変えて子守唄にしたのが流行し、オペラより有名になった。初めてオペラの中で聞いた時は、子供の頃から、枕元で「想い」を伝えていた事になるのか、と、耳まで赤くなったものだ。


「夕べは、ありがとう。」


いきなり、ジェイデアが微笑んて言った。俺は、一瞬、なんの事かわからなかった。


「イシュマエルに、決意を促してくれたでしょう。」


ああ、その事か。しかし、あれは、自分の感情を、ただぶつけていたような物だ。ありがとう、と言われるような物じゃない。たとえ、イシュマエルが決意したとしても。…決意?


ジェイデアは、優雅に微笑み、儀礼でも技巧でもなく、心からの笑顔を向けていた。一瞬、その気もないはずなのに、鼓動する。


「先の事は、はっきり言ってわからない。ザラストも倒していないし。でも、お陰で俺も、『決意』できそうだ。」


この時、単純に、良かった、と思った。だが、彼女の背後から、セレナイトが近づいて来るのを見るまでは。


セレナイトが、彼女の勇者の将来について、どうしたいのか、細かく確認はしていなかったからだ。彼女自身は、はっきりと言わなかったが、計画は、魔族と人族の連合王国だ。なら、男性のジェイデアと、今は敵だが、人族の女帝に担ぎ出されている、トランシア皇女がベストではないか。


セレナイトが、イシュマエルが探していた、とジェイデアに告げた。彼女は、また後で、と軽く言い、建物に戻った。俺は、神妙にその場に残る。


「まったく、余計な事をしてくれた。」


セレナイトは、言葉と裏腹に、笑顔だった。


「すまない。」


「いや、助かった。私の立場で、口を出すのもどうかと思ってたんでな。」


驚いたが、この笑顔が、彼女の本心か。


「一見、トランシアが良いように思えるが、ロマノの一族は、新しい秩序に率いれるには、同胞を傷付け過ぎた。纏めても、火種になるだけだろう。彼女自身は、特に何をやった訳ではないが。」


彼女の言葉に、露骨にほっと、笑いかけたが、


「次は君たちだな。」


と言われたので、思わず、心臓が止まりそうになった。


「どこに出してもいいが、シィスンが適当だろう。向こうでも、色々と準備しているようだから。」


ああ、そっちか。


一瞬、ほっとしたが、これから元のワールドに戻り、ラスボスを倒さなくてはならない。当初の予定だとカオストの筈だが、ここまで来て、単純にそれはないだろう。エパミノンダス、そう呼んで良いか分からないが、時空を越えるほどの物だ。


「帰ってそのまま、任務続行だが、一度は戻って、上に話を聞かれると思う。連絡者が迎えに行くだろう。


私も、この前は、引き渡し関連だけの話で終わった。上には聞きたい事が山ほどあるが、守護優先にしたかったからな。


エパミノンダスが東でやった事は、コーデラの勇者には関係ない、という見方だったが、それで、ここに至っている。」


俺は、はっとして、セレナイトを見た。彼女の、表情の少ない顔に、ファイスを思い出す。彼の話をした。


暗魔法を使い、「中身と体が一致しない」が、理性はしっかりしている。リアルガーがやろうとした事と合わせると、なぜ彼の話に思い至らなかったか、悔やまれた。


だが、彼女は、ファイスの事を知っていた。


「戻る前に話すつもりだった。」


と前置きし、話出した。


知っていたのは、彼個人ではなく、彼の成り立ちについてだった。


ソウエン皇帝が度々求めた、不老不死。それは、肉体と精神をそのまま継続して不老不死になり、権力や財産、地位を維持して永遠に支配するのが目的だ。単に長生きしたいだけではない。しかし、それができたとしても、生きていれば怪我や病気はする。それでもし欠損があったとしたら、再生可能にするか、健康な肉体に自由に「着替え」られなくては、「意味がない」。


そのうえで、世界が滅びないようにする、資源を永遠にする、などの「夢」があり、切りが無いが、まず第一に、「死なない」研究が必要である。


では、選んだ肉体に、自分の魂を入れる、そういったことが可能なら、ベーシックな部分は解決するのではないか。


このため、時空魔法を極めるようとして、その副産物で、死んだ肉体に別の死者の魂を宿らせた、不死の戦士の研究をした。


ファイスは、エパミノンダス自身よりも、成功により近い例だった。


最初に彼が産まれたヒミカ国は、シャーマニズム政治の国だった。歴代の女王は、死んだ者の精神を引き留めておく能力があった。長く攻防を繰り返し、その系譜は先細り、力は弱まって行き、「声」を聞くことくらいしか、出来なくなっていた。

だが、最後の「本物の力」を持つ女王は、このままではいけない、と思い、全身全霊を傾けて、「祠」を作り、「良い霊」だけを選び、纏めて封印した。ファイスは亡くなっていたのだが、この時に選び出されて祠に入れられた。


女王は、皆で祠を中心に崇めることで、平和を願ったわけだが、皮肉なことに、その所有権を巡って、さらなる争いが始まった。


エパミノンダスは、祠を奪ったが、祠の中にいたファイスを解放した事で、自分で自分の首を絞める結果になった。覚醒した彼に切られ、一度、四散したからだ。


ファイス自身は、ソウエンの兵士の肉体に入っていたので、エパミノンダスを追ってきた(彼はソウエンからみたら、皇帝を騙して金銀財宝を奪った、大胆な詐欺師だったからだ)ソウエン軍と共に帰国し、生きて、死んだ。

その後、時を経て、今のファイスの体に入った。


しかし、エパミノンダスは、時空を超える方法を手に入れてしまった。幸いなことに、目指したものに比較して状態が不安定で、複合体戦の時のように、高い地位を持ち、力をつけて自由に研究できる環境を手に入れることは、稀だった。それも結局は、失って終わった。


「今まで機密になっていたのは、理不尽だと思う。だが、次はいつどこに、と予測できるものではなかった。


君の所の監視者とも話した。、

もし、ヒミカ国が、奴のせいで、完全に消滅してしまったのであれば、放置はしなかったが、王朝は滅びても、国土も民族も残り、徐々にだが、回復はしつつある。だから、『自然に』任せた、と聞いた。」


釈然としないものがある、いや、釈然としないどころではないが、セレナイト個人にぶつけてなんとかなる物だとは思わない。


ただ、エパミノンダスの技術自体は、複合体の時に問題になったのだから、自然にも何も。


改めてファイスを思い浮かべてみる。彼は、エパミノンダスと異なり、不死による支配欲がないようだ。運命に憤ることも無く、静かに生きる。それを思うと、罪悪感を覚える。


「ファイス本人が、どこまで覚えているかはわからない。これから戻るのだから

ファイス本人に聞いてみてくれ。

できれば、私も、その辺りは、改めて聞いてみたい。」


俺は、冷静に、そうしてみる、と答えた。


一通り、話が終わった時、食事の用意が出来た、と、女性剣士が呼びにきた。確か、夕べ、ルビナと一緒にいた女性だ。


セレナイトが先に立って戻る。俺は、前を行く彼女の、ゴールデンブロンドを眺めながら


何度目かの懐かしさを感じながらも、これからの事を考え、「決意」を新たにした。




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