7.はぐれ者の行方

穴は塞いだが、安定するまでの間、俺達は、サヅレウスを追うことになった。




彼は、逃げ出して、湖の東のナジル遺跡という場所に立て籠った。


遺跡、と言っても、建物はなく、城とも神殿ともつかない跡地が、ただ広がるだけだった。付近で一番大きな街ハイコーネは、人族にしては珍しく、水のエレメント信仰の残る地域で、帝国にも組せず、東方との貿易を主体にした、独立した都市国家だった。東岸には、こういう都市がいくつか見られたが、それらは、ジェイデア達にも協力せず、中立を選んでいた。


だが、最近、遺跡付近に、「水の女神信仰」を謳い、キャンプを張る団体が現れた。


このワールドの宗教は、魔族は、エレメントを擬人化した四大精霊信仰、人族は、聖女の術の使い手を崇める聖女信仰が伝統的だ。帝国の占領政策として、征服地域の神を取り入れて、数十の神からなる、帝国神教、というものもある。が、それらの上に、天空から下界を監視する者がいる、という考え方が共通していた。


それからすれば、「水の女神信仰」は、精霊信仰の一つに当たるので、それ自体は、奇異な物ではない。こういった世界観のワールドにしては珍しく、政教分離がかなりしっかりしているため、集団で迷惑行為でもやらないかぎり、市や国が、問題にすることもなかった。


また、占拠している遺跡は、今は何もなく、観光地にすらならない、寂れた場所だ。近隣の町は、どこが管理する、というでもなく、放っておいた。その団体も、集まって祈るだけだったので、利益はないが、害もないからだ。


余所から、つまり、帝国領から逃げてきた人々が集まって、共同生活をしている、くらいの認識だった。


だが、最近になり、急に様子が変わった。


「千年に一度、エレメントの神が降りてくる。今回は水の女神で、地上の者との交流により、より強い子孫をもたらす。」


という、ここにはないタイプの教義を打ち出し、積極的に布教活動をするようになった。


政情不安な時期に、対岸の戦闘が注目されている事もあり、入る者は意外に多かったが、抜けた者も多く、人数は増えたり減ったりだ。


地元の者は、無視する者が多かったが、身寄りを無くした若者や、余所から流れて来た者が、集まりやすい面はあった。


そこに、いきなり、サヅレウスが逃げ込んだのだ。彼は、マヅダオスと比べると、やや社交的で、余所の都市と連携したいと考えていたが、「楽園城」から外に出るわけにも行かず、実現は出来なかった。


グラナド達も、その「水信仰」団体と、サヅレウスに接点があるとは、初耳だったようだ。だが、今回捕らえた中で、以前よりサヅレウス達に仕えていた兵士の一部から、


「身動きが取れなくなる前は、何回か、ハイコーネ方面と手紙をやり取りしていた。手紙の運搬を担当していた者は、逃げ出してしまい、詳しくは解らないが、やりとり先を、サヅレウスが『協力者』と呼んでいた記憶がある。だが、マヅダオスが、帝国側、とはっきりしない者との交流は嫌がっていた。」


の情報を得た。


味方には、東から来た仲間に、その団体の話を知っている者は、二人いた。一人は、子供時代にハイコーネに住んでいた人族の女性で、その頃は、変わった団体ではあったが、当時は他に、似たような連中がいたから、気にしたことはない、と話した。そのころは、水の女神、という信仰対象の話は、出ていなかった。


もう一人は、ジェイデアが人を集めていると噂を聞いてから、やって来た魔族の青年だった。彼は、最初、間違ってハイコーネに行った。水の女神信仰、がジェイデアの事だと思ったからだ。着いて見ると、間違いに気づいたので、さっさとハイコーネを出た。その時に、市の役人から話を聞いたが、最近になって、街に勧誘に来るようになり、強引なやり方に、市民から苦情が寄せられた。それで、市から一度、抗議をした。あちらも出入り禁止は困るから、強引な物は減った、ということだ。


「苦し紛れに、逃げただけだろうね。ザラストの所に直接行くルートは、味方が押さえているから、東から海岸に回り、遠回りで逃げる気だ。もうほっといてもいいが、一応、調査する。…あなた達が、元の世界に帰るには、差し障りはないと思う。」


ジェイデアは、こう言っていたが、その「斥候」に遣わしたグロリアが、慌てふためいて、直ぐ戻ってきた。


「丁度、広場で演説している所を見たわ。全員、マント姿で、よく顔は見えなかったけど、『大導師』と呼ばれていた、女の人だけは、顔を出していた。彼女をヤジって、何か投げた人がいたの。それに剣を向けた、護衛の男性がいた。もちろん、直ぐに剣は納めたけど。


その時、マントのフードが脱げて、顔が見えた。


やつれて人相が変わってたけど、間違いようがない、あのオレンジの頭は、リアルガーよ。」


「リアルガーなら、私達は、行かなくては。」


とセレナイトが言った。俺達は、そのうち、「ノイズ」が完全に収まったら、連絡者が来るだろうから、元の世界に戻れ、と言われたが、協力することにした。


まず、ハイコーネには正式に使者を立てるが、これは、サヅレウスが近くに逃亡したので、追跡したいが、港はハイコーネを使用する事になるので、その交渉のためだ。表をそれで整えておいて、裏では、「リアルガーを」捕獲するために動く。


きっかけは不明だが、サヅレウスは、リアルガーの素性を知っているから逃げ込んだのだろう。リアルガーもリアルガーで、何を考えて、今の行動を取っているかは不明だ。彼に関しては、ノイズが消えたら強制回収だろうが、セレナイトは、上から誰か来るまで、待つ気はないようだ。


「彼とサヅレウスだけなら、新しい穴は空けられないが、万が一、ということもある。早い方がよい。」




俺達は、慌ただしくも準備は整え、ハイコーネに渡った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る