6.洞窟城(後編)

バランスの球体に似ているな、と思った。そういえば、こういう事態になった場合、バランスの球体の色や輝きは、どうなるのだろう。


文明が濫熟しすぎると白く、高等生物が減ると黒く、その他、七色のバランスにより、ワールドの状態を知ることができる。今のように、オーバーテクノロジーがあると白に傾きそうだが、エレメントが不正に行き来しているなら、黒みと縞状にでもなるのだろうか。


「おい、ぼっとするなよ、手を貸せ。」


グラナドが、声を掛けてきた。今は、それほど強くはない、押す力の中だが、確かに、考え事をしている状況ではない。


グラナドは、俺の手を取った。もう片方は、イシュマエルが握っていた。彼の片手は、入り口の壁を、しっかり掴んでいる。そのイシュマエルを、サニディンが抱き抱えるように、固定している。グラナドは、魔法を縄状にして、繋がりを強化した。


セレナイトは、剣をしまい、俺の片手を取った。もう片手を伸ばし、鏡にぎりぎりまで近づく。とは言っても、触れるまでには、もう一人、出来れば二人はいる所だ。


俺はサニディンを見たが、彼は、


「グラナド以外は、属性の出が悪くて。」


と言った。


イシュマエルは、ここで最強クラスの魔法使いと聞いていたが、やはりグラナドの方が強かったか。確かに、こういう場合、「火縄」を出されても困るが。


セレナイトは、「これだけ近づければなんとか。」と言い、鏡に向かって、「呪文」を唱え始めた。音声認識を確認したようだが、特に何もなかった。


続いて、彼女の手から、白い光の筋が出た。光は、押しかえされつつも、ゆっくりと鏡を覆って行く。


急に、スピードが増した。同時に、鏡が光だし、鮮やかさを増した。押す力が、引く力になった。


地面がざわざわとする。鞭状になる気配はないが、お互いの緊張が腕から伝わる。俺はセレナイトを、少し引っ張った。


背後で、誰が叫んだ。サニディンのようだ。グラナドが、鏡が、と言った。俺は、鏡を見たが、グラナドが続けて、


「見るな、鏡を、目を閉じとけ。」


と言った後になった。


鏡は、虹色を保ってはいたが、全体的にセピア色に傾いていた。鈍い色調の中に、人の姿が、いくつも浮かぶ。喪服の女性や、海岸で遊ぶ子供や、騎士の制服の青年など、向こう側の残像を、限りなく映し始めた。


その一つ、煌めくマントをまとった、明るい髪の青年の像に、目を奪われた。


「ルーミ!」


一瞬だが、確かにルーミだ。昔の、死に別れた時と、同じくらいの、青年の姿のまま。華やかな服を着ていた。


「離すな!」


グラナドが、俺の手を引っ張る。俺は、改めて、手に力を込めた。だが、何かが、ちょうど繋いだ部分にぶつかり、手から、セレナイトがすり抜けてしまい、鏡に吸い寄せられる。


弱いが、鞭状の「腕」は復活していた。


「離して、魔法を。」


「いや、これでは…。」


俺は、背後の会話には構わず、グラナドを振り切り、セレナイトを捕まえた。うまく回転し、体重の軽い彼女を、反動で、グラナドの方に突き飛ばした。グラナドは、彼女を支えた。俺は、鏡に向かって、急速に吸い寄せられたが、鞭が足に当たり、転んでしまったため、反対に運良く、鏡にもろにぶつかるのは、避けた。


見上げる。鏡の中のルーミは、俺を見た。だが、それは鏡のこちら側の俺ではなく、向こう側、ルーミの手前にいる誰かを見ていた。黒い頭が、彼に近づく。そして、像は乱れ、別の人々の、別のドラマを映し始めた。


これは、残像だ。歴史の中から、無作為なひとこまを映す。融合型より前、監視者と守護者の区別が明確でない頃、監視用具に使用していた装置に、似たものがある。残像を無作為に映すだけなら、これは監視の役には立たないが、同じ原理だろう。


「避けろ!」


波動が飛んでくる。味方の物だ。鏡を砕いた。セピアの縞は、完全に形から解放されて、鞭と共に、うねり始めた。吸い込む力は、なくなっていた。押し返す力もない。だが、うねりは拡大していく。


サニディンが、棒を持って、俺の隣にいた。彼が魔法で、鏡を飛ばしたらしい。


「『装置』を壊したら反動が…。」


とイシュマエルが言ったが、サニディンは、


「後は、塞ぐだけだろ。仕方ないさ。ほら。」


と、棒を剣のように構え、


「セレナイトに、あれが近づかないように、魔法剣で飛ばせ。方角は考えなくていい。元を絶とうとするな。細かいのは、グラナドに防いでもらう。」


と、俺を促した。


「すまない。」


「謝るのは、後だ。…やるぞ。」


俺たちは、姿勢を低くして、セレナイトの邪魔にならないようにし、上に下に、魔法剣を駆使して、鞭を弾いた。低い姿勢を保つのは、長身の俺達にはきつかった。サニディンは、剣ではなく、金属製の、あまり長くない棒を使っていたので、難儀していたが、それでも器用に当てていた。


セレナイトは、グラナドの近くにいた。彼女の回りは、僅かだが、うねりの寄ってこない、隙間がある。だが、本人は気付かないのか、視界を開こうと、剣で切る動作を繰返し、うまく術に集中出来ない。グラナドは土の盾を使っていたが、ふと俺の顔を見ると、透明度の高い、水の盾に切り替えた。


俺は、魔法剣を使い、力を下に押し付けるようにして、彼女の顔の回りをあけた。サニディンも、俺にあわせた。


セレナイトが、最後の仕上げとばかりに、古代ラッシル語(に似た言葉)で、


《理に反する物よ、原子と何もない空間に帰れ。》


と唱えた。


うねりは、表で見た、砂の蕀のようになって、砕けて散った。


途端に、嘘のように、地下が明るくなった。


上空に、採光の窓が見える。地下室ではあるが、さっきの廊下で見たような、高い天井と、窓がある、独特の作りの部屋だ。


「マヅダオスがどうなったか、気になるが…。穴は塞いだ。数日で落ち着く。」


セレナイトは、穴があったと思われる、鏡の台を調べて言った。イシュマエルは、彼女に近づき、


「ハリガン村事件の時は、術者の体が中心にあった、と聞いてましたが。」


と、一緒に覗きながら、話していた。


俺とサニディンは座り込んでいた。サニディンが先に立ち上がると同時に、グラナドが近づいてきて、俺に手を差し出した。その手を取ろうとしたが、グラナドは、掌を翻し、俺の頭を、横様に殴った。


「殿下、何も、殴る事は。いきなり、あんなのを見たら、動揺しますよ。」


「そうだな。注意しとかなかった俺も悪いな。だから、火の玉をぶつけるのは、勘弁してやる。」


グラナドは続けて、どうせ俺の力じゃ、頭蓋骨は砕けん、とか、背の高いこいつが座っている今が、千載一遇の殴るチャンスだ、とか、物騒な軽口を叩いた。


「まあ、あまり気にするなよ。俺も、最初に、娘達の姿を見た時には、後先考えずに突っ込みそうになったから。」


と、サニディンが励ましをくれたが、グラナドは、


「いや、多いに気にしろ。忘れるんじゃない。語り継いでやる。」


と言った。


俺は笑い出した。


「え、おい、大丈夫か、ネレディウス。ちょっと、利き手で殴るからですよ、殿下。」


「ごめん、緊張ほぐれて、安心したんだ。有り難う、グラナド。そして…ガディオス。」


サニディン、つまりガディオスは、二重虹彩の猫目を、一杯に見開き、ぽかんと口を開けて、俺を見ていた。


「まあ、ばれるだろうな。」


と、グラナドとセレナイトが、同時に言った声が、室内に響いていた。


彼は何か言いたげだったが、部屋の外で大声がし、扉からシェードが飛び込んで来たので、一斉に皆の意識は、入り口に向かった。


「表は片付いた。サヅレウスには逃げられたが、捕まってた人達は、全員、無事だ。こっちは?怪我人は一人だけか?」


その言葉に、赤目の少年を思い出した。全員で地下を出て、広間に戻る。かなりの人数がいた。ミルファが、駆け寄ってきた。


「結局、全員、突入したのか?」


と、セレナイトが尋ねた。ミルファが、


「ううん。表が終わったから。サヅレウスが逃げたから、マヅダオスだけでも、って事で。でも、怪我人がいたから。」


と、広間の中央を指した。


赤目の少年の回りに、ジェイデア、トパジェン、グロリアがいた。俺達が近づくと、座って彼を覗き込んでいたジェイデアが立ち上がり、笑顔を向け、歩いてきた。


それと同時に、少年も立ち上がった。トパジェンとグロリアが支えようとするが、振り切る。歩き出したが、倒れ込んでしまった。トパジェンが叫んだので、俺は素早く、駆け寄って、彼を支えた。気を失ってはいないが、目を閉じ、ぐったりしている。


「傷は直したけど、出血が多かったから。」


と、トパジェンが言った。俺は、彼を抱きかかえた。ジェイデアが、


「俺が運ぶから。」


と言ったが、グラナドが、


「それは止めてやってくれ。」


と、なんだか困った口調で言った。


兵士の一人が、捕まえたやつらに、重要な情報があるから話したい、というのがいますが、どうしますか、と聞きに来た。ジェイデアは、名残惜しそうに、少年の髪を整えた後、


「お願いしますね。」


と俺に言い、ミルファとグロリアを連れて行った。トパジェンは、シェードが、「捻挫したみたいだな。」と、座っている兵士に言うのを聞き、声の方に進んだ。グロリアもトパジェンも、去る前に、俺に、お願いね、と言った。


トパジェンと入れ替わるように、一人の女性が、駆けてきた。声は、少女のように高いが、背はある。


「サイアン!怪我をしたって…。」


と叫んだ。


少年の名前、サイアンか。青、という意味だったか。名を聞くより面影は当たらず、と言うが。年は彼女が上のようだが、姉というには似ていない。


俺は、サイアンをかかえたまま、彼女に近づいたが、彼女は俺を素通りし、イシュマエルに飛び付いた。


「心配してくれたのか。怪我はないよ。」


イシュマエル、いや、サイアンは、彼女に優しく微笑んでいた。


俺は、目を丸くして、二人を、腕の中の少年を、そして、グラナド達を見た。


「彼が、イシュマエルじゃないのか?」


だったら、先程の老人だろうか。いや、彼は、回復のみだった。


「彼は、地元の協力者の一人だ。さっきのじいさんが、孫を探しに乗り込んだから、予定にないが、着いてきた。助かったけどな。」


とグラナドが答えた。


「それじゃ、イシュマエルは?」


選択肢は一つしかない。セレナイトが、


「君が今、抱えてるだろう。」


と、少し目を丸くして言った。


「そういえば、人相風体の説明を忘れていた。すまん。」


とサニディン、いや、ガディオスが言った。


改めて、見直す。


声変わりしていたし、恐らく年は、グラナドと同じくらいだと思うが、体格は、より小柄で細い。魔法使いは、ここでも、あまり男性的な外見にはならないのか。だが、彼は、「護衛官」だと言っていた。騎士のような剣も振るう役職だと思っていたのだが。


「信じられないって顔だな。魔族中でも、寿命の長い種族だそうだ。まあ、見てくれは、ただの生意気な小僧だが、一応、ここじゃ、最高の魔導師だ。そして…。」


真の女性担当だ、と、それぞれ用事を済ませ、一目散にやってくる、三人の女性を指し示しながら、グラナドがにやりと笑った。




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