十、中央桜花学院③
いつきは目を覚ます。そこは火佐の家で、いつの間にか学院から運ばれてきたようだった。
くらくらする頭を押して、いつきは起き上がる。
「火佐さん、お怪我は!?」
「俺は大丈夫だ。それよりもいつき、一週間も寝ていたんだぞ? どれだけ心配したか」
そ、と火佐がいつきを抱きしめた。一週間。いつきは、そういえば腹が減っているなとぼんやりとそんなことを考え、笑った。
「いつき?」
「いえ。この期に及んで、お腹がすいたなと。火佐さんのご飯が食べたい、なんて考えるのは、少し危機感がないですよね」
火佐はいつきの頭を撫ですいた。いつきが目を細める。
「食事にしようか」
「はい!」
火佐が台所に立つと、いつきもそれについていった。ふたりでやりたい。離れたくない。いつきは火佐に、惹かれつつあった。
台所は土間になっていて、ご飯は釜で炊くらしい。火は、火佐の霊力で起こすから、火打石はいらない。
「この炎……これがお料理を美味しくしてるのかもしれませんね」
「そんな大層なものではない」
しかし、普通の炎とは違い、キラキラしている。五行の神々は、霊力をあやかし退治にしか使ったことがないからわからないのだ。この炎は特別だ。
火佐が出汁をとるあいだ、いつきは食材を切りそろえた。今日は里芋の煮っころがしに、鮭の西京漬、味噌汁におひたしだ。
「火佐さんって、お味噌を手作りとは聞いてましたが、西京漬の白味噌まで」
「白味噌の味噌汁は嫌いか?」
「いえ。食べたことはないですが。でも、赤味噌は好きです」
名古屋の味噌だ。今日の味噌汁は豆腐となめこだ。赤味噌にすると火佐に言われ、いつきは楽しみで仕方がなかった。
「いつきは、こんな田舎臭い和食は飽きないか?」
「飽きません! 私、和食大好きです。あ、でも洋食が嫌いな訳ではなく」
言葉少なかったいつきが、こうやって他愛ない話をするようになったことが嬉しかった。
胃の調子はどうだろうか。一週間寝たきりであったし、そもそもまだこの屋敷に引き取られて間もない。実家の扱いを考えれば、すぐにでも普通食を食べさせたいが、今日もご飯は柔らかめに炊こうか。
「火佐さんの小料理屋なら、色んな人が来るでしょうね」
「いつきもそばに居たら、俺は嬉しい」
「……! 私も、おそばにいられたらと思っていました」
穏やかな食事が、始まる。
やわめのご飯が美味しいが、前のように胃もたれして心配を掛けたら本末転倒だ。いつきは食事の量に気をつけながら、出された半分ほどを平らげた。
「残りは明日食べるので」
「いつきに余り物はやれん。大丈夫だ、これらは使用人たちが食べる」
「いや、残したものを食べさせるわけには」
しかし、火佐は引かない。結局食べ残しは下げられて、出されたデザートの大福にかじりつく。白い粉が浴衣に落ちて、さて、いつきは首を傾げた。
「あの、火佐さん」
「なんだ」
「私の服を着替えさせてくださったのは、もしかして……」
いくら魂の片割れだと言ったって、裸を見られたら恥ずかしくてたまらない。火佐がふと笑う。
「大丈夫だ。佐那にやらせたからな」
「な、なんだぁ」
ホッとして、いつきがお茶を飲んだ。甘くて美味しい。
「それで、いつき」
「はい」
最後の一口の大福を口に入れ、いつきは火佐を見た。火佐がおもむろに笑った。
「ハムスターみたいだな」
頬張ったふくふくの頬を人差し指で突っつかれ、いつきは赤面するしかできなかった。
「も、もう! それで、なんです?」
慌てて大福を飲み込んで、いつきは今一度火佐に問うた。火佐は未だに笑いながら、
「近々、婚姻の儀を執り行いたい」
「婚姻」
「ああ。そうすることで、よりいつきを守りやすくなる」
火佐の言いたいことはわかったが、いつきは迷いを見せる。本当に自分は相応しいのだろうか。
「いつき?」
「はい、わかりました」
「ああ。それで、学院の友人はできたか?」
「……? はい。ヒカルくんと紅葉ちゃんという方が」
うむ、と火佐が頷く。
「婚姻の儀に、呼びたい友人がいたらピックアップしておいてくれ。招待状を書く」
「友人……」
先程は友人だと言ってしまったが、ヒカルと紅葉を呼んでいいのだろうか。
いつきの迷いを見かねた火之が、
「ならば、学院全員に招待状を送ろう。俺の魂の片割れとの婚姻だからな。盛大にやろう」
「火佐さん!?」
「自慢してやるさ、いつき、オマエを」
ふわりと笑う火佐は、優しさに溢れている。使用人たちの前では毅然と振る舞うが、いつきの前ではいつも優しく笑っている。そんな火佐と婚姻をあげられて、自分は幸せなんだといつきはしみじみとするのだった。
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