九、中央桜花学院②

 昼休みになると、いつきは人だかりに囲まれていた。


「絵里さまのお姉さんだもん、やっぱりすごいんだと思ったよ」

「や、絵里……さまとは血のつながりはなくて」

「そうなの? でも、ご両親も鼻高々でしょ。姉妹そろって火ノ神さまに嫁入りとか」


 クラスメイトに囲まれて、いつきはおろおろしている。廊下にまで人だかりができていて、魂の片割れの注目度を表しているようだった。

 いつきは席をたつ。


「いつきさま?」

「少し、息抜きに行ってきます」


 屋上の風にでもあたろうと思ったのだ。結果的に、それは間違いだった。


 屋上までの道すがら、いつきは絵里に出くわした。着物姿のいつきもまた、赤色の帯留めを帯締めに飾っている。


「アンタまでこの学院に来るとか。生意気」

「絵里……さま……」

「で。どう? 人にちやほやされてうれしい?」


 ハッと笑って、絵里がいつきに歩み寄った。真ん前まできて見下されると、家でのことを思い出して今でも震える。怖い。


「あはは。そうよ、アンタはいつもびくびくびくびく。鬱陶しいのがアンタでしょう?」

「……絵里さまは、私のなにがそんなにお嫌いですか」


 言い返されたことに驚いて、絵里はいつきをまじまじと見た。魂の片割れに選ばれたからと、いつきは調子に乗っているのだと絵里は思う。


「なにって、アンタのそういうところよ! 自分は控えめで、なのにいつも中心にいて!」

「わ、私が中心にいたことなんてありません」

「あーあー! 誰か! 誰か!」


 いきなり絵里がその場に尻を突き、ひとを呼び始めた。なにをしているのかわからず、いつきは右往左往する。やがて人が二人の周りに集まり始めると、


「お姉ちゃんが私に嫉妬して、突き押したんです」

「なんだなんだ、魂の片割れ同士の喧嘩か?」

「なんでも、姉が妹を押し倒したらしい」

「絵里さまが正当な片割れよ」

「なにを、いつきさまだってすごいだろ」


いつの間にか、周りの人間までもが争いを始める。どうやらこの学院でも、火之派と火佐派にわかれるらしい。そして、火佐派は圧倒的に数が少ない。


「火佐さまは、あやかしを殺せないと聞く。ならばもう、この世界を安寧に導くのは火之さまだけだろう」

「だ、だけど。火佐さまはお優しく、当主向きの性格で」

「いいや、火之さまだって、まとめ上げる力がおありだ」

「そうだ。火之さまこそが、当主にふさわしい」


 火佐派の人間には、ヒカルと紅葉もいた。しかし、ほかのクラスメイトは火之派らしく、いつきをかばうものはほとんどいない。先ほど、昼休みにクラスメイトはいつきを取り囲んでいたのに、はらのうちでは火之をほめたたえたのだと思うと、いつきは腹が立った。


「火佐さんを悪く言わないで!」


 ごうっといつきの霊力があがる。周りの人間すべてにそれが伝わって、空気が振動、いや、学院全体が揺れ動いた。

 かと思えば、外が騒がしく避難の鐘が鳴る。


「あやかしだ! 避難を!」

「ちっ、誰かさんが霊力をばらまくから、あやかしが反応した」


 それを避けるために帯留めをしているはずなのだが、それをもしのぐいつきの霊力が、あやかしたちを呼び寄せたのだ。

 いつきと絵里、そしてヒカルを取り囲むようにして神々たちが各々の霊力を五行に変える。木、火、土、金、水。

 ぼうっとあやかしの霊力がこちらに放たれるも、五行の防壁はそうやすやすとは破れない。


「いつき!」


 防壁は作れるものの、あやかしの数が多すぎた。魂の片割れを安全な場所に移動させ終えたころ、火佐もまた、現着する。


「火佐さん……ごめんなさい。私のせい、みたいなんです」

「いや……オマエの霊力の封印を解いたのは俺だ。危ない目に合わせてすまない。すまないのだが」


 チリチリチリ。いつきの胸に火花が散る。いつきはコクリとう頷く。火佐が刀を抜き出す。いつきの体からくったりと力が抜けた。そのそばで、絵里がその様子をつぶさに見守っていた。


「なんだ、そうやるんだ」


 絵里はうん、と頷く。

 火佐はなにも気にも留めずに、戦線の最前線に向かって走った。なにがあってもいつきは自分が守る。あやかしを殺せない自分でも。

 火佐が前線にたつと、あやかしたちが標的を火佐に定めた。なにかおかしい。


「オマエを殺す、封の剣は危険だ」

「封の姫君さえいなければ」


 あやかしたちがうわごとのように封の剣を狙い始める。この剣は霊力を封じる剣だ。この剣が現れるとき、世界は混とんに陥るのだと伝承されてきた。それがこのあやかしたちなのだろうか。

 火佐は刀を構える。そのまま地面をけり、


「いつきを狙うものは、容赦はせん」


 あやかしを切りつける――その寸前で刀が止まる。やはり、殺せない。火佐は、あやかしを殺したくない。殺生をしたくない。殺すことが神にとって普通のことだとしても、自分にはできない。


「きゃあ⁉」


 いつきに悲鳴に、火佐は振り向いた。神々に守られていた魂の片割れたちのもとに、あやかしの手が迫っていた。ヒカルは逃げ出し、絵里には火之がついている。いつきを守れるのは、火佐しかいない。だが、間に合うのか? この距離で。殺せるのか? あやかしを。

 火佐の思考とは裏腹に、火佐は走り出していた。いつきを殺さんとするあやかしに向かって、迷うことなく刀を振り下ろした。


「あが……⁉」


 しかし、あやかしからは血が出ない。かわりに、まがまがしい霊力が刀に吸い込まれていく。あやかしの目が正気に戻る。


「ここは……?」

「あ……あやかしの皆さん、は……本当はいいひとたちなの?」


 いつきが火佐を見る。火佐は封の剣をまじまじと見ていた。封の剣には、すべてを封じる力がある。それゆえ、太古の昔にその剣自体が封じられた。その剣をその身に封じて生まれてきたのがいつきだ。だからいつきは、封の姫君と呼ばれる。いつきには、すべてを封じる力がある。


「いつき、待っていろ」


 死なないのだとわかれば、火佐は強かった。その場にいたあやかしの半数を切り倒し、正気に戻す。

 たまらず、残りの半数のあやかしたちは退散したほどだった。


「はっ、は……いつき、無事か⁉」

「火佐さん、はい。私は無事です」


 いつきに歩み寄ると、封の剣が火花に戻って、いつきの体の中に戻っていく。戻ると、ずしんと体が重くなる。いつきがよろめき、火佐が支えた。


「いつき。オマエのおかげで、俺はあやかしと対峙するすべを得たようだ」

「よか、った……火佐さん」

「なんだ」


 まどろむ意識の中、いつきは、


「あやかしは、悪いものではないのかも、知れません。共存できる世の中にできたら……」


 火佐さんが刀を振るう必要もなくなるのかもしれません。

 いつきの意識がそこで途切れる。火佐は自分を思ういつきをいとおし気に抱きしめた。本当は唇を合わせたかったが、気を失ったいつきにそんなことをするつもりもない。

 この少女を幸せにしたい、その一心で、火佐は封の剣を振るう覚悟を決めるのだった。

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