四、五行の神々④

 宴席を後にして、いつきは一度家に帰ることとなった。火佐にはいつきの家の事情は話していないため、いつきの足取りは重かった。


「今までなにをしていたの」

「申し訳ありません。道に……迷い……」

「もういいわ。それで、絵里ちゃんの様子はどうだったの?」


 どう、とは、つまり、魂の片割れのことだろう。一拍迷って、


「絵里さまは、火ノ神さまの魂の片割れでした」

「まあ、まあ、まあ! そうよねえ、うちの絵里ちゃんが火ノ神に嫁入り!」


 喜ぶ継母に、いつきは深呼吸する。言わなければ。


「あの、奥さま」

「なに。水を差さないでちょうだい」

「すみません。でも、私、も」

「『も』?」

「私も……火ノ神さまの……」


 がっと髪の毛をつかまれて、いつきはそれ以上なにも言えなくなった。痛い、やめて。またあの地下に閉じ込められるのだろうか。いやだ、逃げたい。逃がして。誰か助けて、助けて。


「火佐さん!」


 無意識に呼んだのは、あの神の名前である。しかし、火佐とはもう別れたばかりであるし、この家でいつきの味方をする人間なんてどこにもいない。

 いつきの髪を引っ張って、継母がいつきを地下室に連れていく。


「ごめんなさい、もう言わないので地下室だけは」

「わかってないのよ、アンタは。アンタが火ノ神さまの魂の片割れ? なんでうちの絵里ちゃんとアンタが同じ立場になれると思ってるの」


 ぎい、と地下のドアが開けられたとき、ふと継母の手を誰かがつかんだ。びくっと継母が肩を震わせ、その人物を見る。薄暗い地下でもその瞳はよく見えた。


「火佐さん……!」

「誰、誰なのよ!」

「この娘は俺の魂の片割れ……俺は火ノ神の次期当主候補、火佐だ」


 継母がいつきから手を離す。そのままいつきを抱き寄せて、「けがはないか?」と優しく問う。ふるふるとかぶりを振って、いつきは火佐に身を任せた。


「いつきの様子が気がかりで見に来たが……いつきをこんな家に置いておくことはできない。いつきは俺が引き取る。問題ないな?」

「ああ、ああ。そうか、そういえば聞いたことがあるわ。火ノ神さまには双子がいると。その『出来損ない』のほうね、いつきの魂の片割れは」

「奥さま……! 火佐さんを悪く言わないで!」


 いつきが口答えしたのなんて、これが初めてだったかもしれない。継母が目を真ん丸にしていつきを見ている。そののち、憎しみを込めていつきをにらみ、ダンダンと足を鳴らした。


「なによ、アンタはいっつもそうだった! 私のことなんかより、死んだ母親のことばかり。いくら可愛がってもなつかない! 私の気持ちを一度だって考えたことがあった⁉」


 そんなこと、した覚えがない。新しいお母さんだよ。お父さんが連れてきた新しいお母さんに、いつきは早くなれようと努力した。継母が前妻の家族写真を嫌がれば、父の言う通りにそれをしまい込んだり、いつきの嫌いな食べ物を食卓に出されたって、「お母さんのご飯大好き」とすべて平らげた。

 なにがいけなかったのだろうか。


「奥さま……いや、お母さん。私は、お母さんのこと、好きだったよ」

「ああ、そうね。アンタはそういう子だったわね。私の前では私のこと好きだって言うくせに、部屋では実母の写真を見て泣いていたこと、知らないとでも思った?」


 それは否定できなかった。実母が亡くなったのが五歳の時で、継母には四歳の実子がいた。最初は分け隔てなく愛してくれたのに、困らせたのは自分の方だったかもしれない。いつきは黙り込む。


「実の親を思うのは、当たり前だろう」

「火佐さん?」

「いつきだって、オマエと歩み寄るために努力していた。それのなにが気に入らない」


 継母になつかない連れ子と、自分の血を分けた子供。父親までもが、継母の連れ子をかわいがるようになって、いつきはいつも、ひとりだった。ひとりは苦しかった。寂しかった。いつきも家族の輪に入りたかった。


「はっ、だって、アンタには霊力もなにもない、ただの子供だったじゃない。私の子供には、高い霊力があった。それはつまり、母親である私も特別ってことでしょう?」


 継母はつまり、絵里の能力の高さを自分のステータスにしたのである。そして、なにも持たない前妻の子供は無価値だと。自分こそが選ばれた人間で、この子は落ちこぼれ。

 だから冷たくした、見下した。この子にはなんにもない、役立たず。こんな子、自分の子供じゃない。恥ずかしい。絵里に比べてこの子のなんと無能なことか。絵里の足を引っ張ることだけはさせてなるものか。この子とは血なんてつながっていない。自分の子供こそ、幸せになるべきなのだ。


「勝手だな。オマエは親になる資格なんてない。いくぞ、いつき」

「え、火佐さん……」


 火佐がいつきの手を取り歩いていく。いつきは悔しそうに顔をゆがめる継母に、なにもかける言葉がなかった。

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