三、五行の神々③
その足で、火ノ神の次期当主として火佐が五行の神々の宴の場に足を踏み入れた。
「なんだ、火佐。オマエもか」
先に宴席にいたのは、双子の弟の火之である。この宴席で絵里を見初め、しばし席を外していたのを、先ほど戻ったらしい。
「火之、オマエの隣にいるのは……」
「魂の片割れの絵里だ」
それはわかっている。火佐が聞きたかったのは、その魂の片割れがいつきを睨みつけていることだった。
見れば、火佐の隣にいるいつきは硬直し、息を荒く今にも倒れそうだった。
火佐はいつきの肩を抱く。
「大丈夫か?」
「っ、はい」
「あー、お姉ちゃん。もしかしてお兄さんの魂の片割れって、お姉ちゃんなの?」
嘲りを含めた笑いを漏らし、絵里が火之の腕に自分の手を絡ませた。
振袖姿の絵里と、袴姿の火之。ふたりとも、宴席の上座に座って、お似合いだといつきは思った。
火佐はいつきの肩を抱いたまま、
「今日より、井上いつきを俺の魂の片割れとして伴侶とする」
高らかに宣言した。傍ら、火之と絵里は面白くなさそうに顔を歪める。
「なんの取り柄もないお姉ちゃんに、なにができるの?」
絵里は火之に絡みつく。絵里の霊力が火之に流れ込み、ぼうっと火の柱が天井を焦がした。
宴席にいた五行の神々が感嘆の声を上げる。
「絵里さまは、紛うことなき魂の片割れだ」
「ああ。あの霊力。それに比べて火佐どのの娘は」
いつきは火佐を見上げる。火佐がこくりと頷くと、いつきの胸に火花が散る。そこから火佐が刀を抜き取る。赫灼の刀は、すなわち。
「封の剣か……!?」
「まさか、封の姫君が、あの娘……」
一気に目の色を変えて、神々はいつきを褒め称える。
火之も絵里も居心地が悪い。なにが封だ。なにがいつきだ。あんな役立たず。
「静かに」
凛とした声に、場が静まる。火ノ神の先代さまが、火佐と火之を交互に見ていた。
「どちらを当主にするかは、その能力を見て決める」
「能力?」
火之が毒づく。
「ああ。世界は今、不安定だ。はびこるあやかしたちを鎮めたものを、我が火ノ神の次期当主とする」
「なんだ、そんなことか」
笑う火之に対し、火佐はどこか物憂げだ。
「ははは! あやかしを殺せない兄貴には不利な条件だよなぁ!」
宴席の誰もが知っていることだった。火佐はあやかしを殺せない。
火佐はいつきの手を取り宴席をあとにする。
「ひ、火佐さん……」
「大丈夫だ。オマエを巻き込むつもりは無い」
違う。違うのだ。いつきは火佐の手を取った。あたたかいてのひら。優しい瞳。
「当主さまは、あやかしを『鎮めた』ほうを次期当主にするとおっしゃいました。殺す、ではなく」
「……! ああ、オマエは心まで美しい」
火佐はいつきを抱きしめた。壊さないように、そっと。
神々には、心音が存在しない。だから火佐は、初めて感じるいつきの心音に聞き耳をたて、なんと美しいのだろうと息を吐いた。
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