二、五行の神々②

 そもそも、五行のなかで最も力を持つものは火とされている。火は太陽を表すからだ。太陽がなければ人も動植物も生きてはいけない。したがって、太極の神もまた、火ノ神から選ばれることが多かった。

 しかし、それが今は問題となっている。次代の当主が双子だからだ。


「ん……」


 目を覚ました樹いつきは、見覚えのない布団と天井に意識を覚醒する。ばっと起き上がって辺りを見渡すと、傍にはあの麗しの男がいた。


「目が覚めたか?」

「あ、の。私」

「オマエの名前を教えてくれないか?」

「井上いつき……と申します」


 おずおずと頭を下げて、いつきが布団から出ようとするも、男がそれを制止した。


「俺は火佐(ひさ)。火ノ神の次期当主……とはいえ、俺は次期当主にふさわしくないと言われるが」


 目を伏せて、男――火佐がいつきの手を握った。温かい。人間と同じ体温だった。火ノ神だからだろうか、太陽の様に温かかった。


「火佐さま……は。なぜ私をここに?」

「オマエが俺の魂の片割れだからだ」

「私が? なにかの間違い……絵里さまならともかく」


 いつきは困ったように笑った。火佐はいつきの手を握ったまま、きゅっと目を瞑った。そうしてまた、あの火花がいつきと火佐の間に爆ぜている。


「この火花が、いつきが魂の片割れである証拠だ」

「これが?」

「そうだ。これは、俺といつきにしか見えない。絆だ」


 いつきは火花に触れてみる。熱くも冷たくもない。ただ、懐かしい気持ちになって、ホロホロと涙があふれてくる。


「でも、私なんか、なんの役にも立たない……」

「そんなことはない。いつきの中になにがあったと思う?」


 あの刀のことだろうか。いつきはフルフルと首を横に振ると、


「あの刀は、魂の武器。五行の神でもそれを持つものはごく少数。しかもあれは、封の剣だ」

「封の?」

「つまり、あの刀は、あらゆるものを封じることができる。例えば、いつき。いつき自身の霊力も」


 だとしたら、霊力を持たないいつきが魂の片割れであったことに説明がつく。だが、そんな都合のいいこと、本当にあるのだろうか。

 いつきはうつむく。火佐はいつきを抱きしめる。


「オマエの妹……絵里とやらは、俺の双子の弟の魂の片割れと決まった」

「絵里さまが……」

「ああ……魂の片割れは代々男が継ぐが」


 双子が生まれたのは五行の神始まって以来で、不吉だというものもいれば、吉だというものもいる。


「俺は、弟が継いでもいいと思っていた。だが、弟の火之(ひの)は、五行を統べて、霊力を持たない人間を排しようとしているらしい」

「そんな……! それじゃ」

「ああ、人間の居場所がなくなる」


 そもそも火之は、霊力を持たない人間を人間だとも思っていない。絵里のことは大事にするだろうが、そのほかの人間は奴隷の様に扱うだろう。


「いつき、力を貸してくれないか」

「私が……?」

「そうだ。いつきと俺で、次期当主の座に就く。それ以外に、この世界を安寧に導く道はない」


 いつきは逡巡する。そんなたいそうなこと、自分にできるはずがない。はずがないが、やらなければ多くの人間が虐げられる未来が待っている。いつきは拳を握りしめて、


「わかり、ました。私も微力ながら尽くします」

「ああ、いつき。オマエのことは俺が死んでも守る」


 いつきの不安をかき消すように、火佐がいつきを抱きしめた。



 同じ屋敷の別室で、絵里を迎え入れた火之が、絵里の首筋に顔をうずめる。


「ああ、ああ。オマエが来てくれたお陰で、俺の目的に一歩近づいた」

「目的?」


 絵里は火之の頭を撫でつける。絹のような赤い髪と、目の色は黒かった。火ノ神ならば、どちらも赤いはずであるが、双子で生まれた故に、半分しか赤色を有さない。


「絵里。俺は生まれ落ちる際、魂を半分の半分、つまり四分の一にされてしまった。なぜだかわかるか?」

「双子だから?」

「そうだ。俺は双子の兄貴を殺さなければ、本来の力が使えない。むろん、兄貴の魂の片割れも殺さなければ、俺は俺に戻れない」

「そうなんだぁ。わかった。私が傍にいるんだもの、火之くんは大丈夫だよぉ」


 ニコニコと上機嫌に絵里が火之の頭を撫で梳く。火之の目的を聞いても、絵里は一切動じなかった。それは、絵里も常から思っていたことだからだ。霊力のない人間と自分が同じ人間であっていいわけがない。五行の神と同等の自分が。


「火之くん、私、火之くんが大好きになっちゃったよ」

「俺もだ。俺も絵里が好きだ。なによりも大事にする」


 火佐と火之。二人の火ノ神が当主の座を巡って動き出す。まだ、お互いに魂の片割れを見つけたことは、知らせていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る