火ノ神と魂の片割れ〜五行の神に嫁いだいらない子の私は、溺愛される〜

空岡

一、五行の神々

 世界は五行で成り立っている。五行とは木火土金水(もっかどこんすい)、つまり自然万物そのものだった。

 そして万物には神が宿る。木ノ神、火ノ神、土ノ神、金ノ神、水ノ神。そしてこの五つを統べる宇宙こそが太極と呼ばれる神だった。

 いつしか世界には天と地と人が存在するようになった。五行の神が天、地は地球、人は言わずもがな、人間である。

 そして神々は代々男であり、その対に当たる伴侶を得ることで子々孫々が繁栄してきた。

 神々は元々強大な力を有していた。その力を抑えるために、五行の神たちは生まれ落ちる際に魂をふたつに分けられる。従って神々は、自らの力を安定させるために、魂の片割れを探し出す。男は陽で女は陰。陰陽が揃えば神々は栄える。やがて五行の神々の中から、太極に相応しい神が選ばれる。それは五百年に一度の一大行事であった。




「アンタ、なんでここにいるの」

「や、今日は暑かったので」


 世界に神々が降臨して久しい。神は男しか生まれないと聞くし、それは見目麗しいのだとも聞く。神の魂の片割れには、霊力が宿るとされている。つまり、生まれ落ちた時から魂の片割れの候補者は決まっていて、彼女の妹もまた、それに当たった。


「奥さま、お許しください」

「勝手に水を飲んだ罰よ」


 継母に折檻を受けているのは、この家の長女の井上いつきという名の少女だった。年は十七だが、学校には通っていない。継母が通わせてくれないのだ。

 いつきはいつだってこの家ではいない存在で、勝手に部屋の外に出ることも、飲食をすることも許されなかった。いつきが口にできるのは、継母と義妹の残した食べ物くらいで、いつきはいつからか抵抗することをやめた。


 初めは継母も優しかった。再婚したばかりの継母は、いつきをそれは可愛がってくれた。しかし、継母の実子、つまりいつきの妹の絵里に霊力が目覚めると、段々と態度は変わっていった。


「絵里は特別な子よ。きっと火ノ神さまの魂の片割れよ」

「ああ、お医者さまも、こんなに霊力が高い子はそういないと言っていた」


 継母だけではなく、父までもが妹ばかりを可愛がり始める。最初はささいなことだった。


「いつき。アナタはもう七歳なのだから、家事のひとつも出来ないと」

「はい、お母さん」

「お母さん、なんて呼ばないで。奥さまと呼びなさい。絵里の事も、絵里さまと」


 家事を押し付けられたころはまだよかった。家事をやれば継母が褒めてくれたからだ。しかし次第にエスカレートしていって、いつきはとうとう、この家に『いない』ものとして扱われるようになったのだった。


 夏に差し掛かり、人のいない時間を見計らってキッチンに降りたいつきは、ただ水が欲しかった。しかし継母に見つかり折檻を受けている。この家にはいつからか地下室が作られて、真っ暗なそこにいつきを閉じ込めるのが、継母はたいそう好きだった。


「出してください、お願いします」

「ねえ、お母さん。またアイツを地下に入れたの?」

「絵里ちゃんごめんね。静かにさせようか?」

「ん、いい。それより、今週は五行の神さまの当主様の集まりに呼ばれてるから、あの人に着付けやって欲しいんだよね」


 絵里はこの家では神よりも偉い扱いだった。絵里には高い霊力があり、そしてその霊力は『火』を司っていた。霊力の性質は、そのまま五行の神との相性に直結する。つまり、高い確率で絵里は火ノ神の魂の片割れだ。

 魂の片割れは、ツインソウルやツインレイとも呼ばれ、一目見た瞬間に惹かれ合うのだと聞く。

 現在、太極の神の座は空席で、五行の神々は代替わりの時期、つまり、世界は不安定な時期にある。

 早々に五行の神々は、自分の魂の片割れを探したいところだが、国中の霊力の高い娘と見合いをしたところで、それは見つかるとは限らない。


「絵里さま。振袖はこちらでよろしいですか?」

「うん。帯締めは水色で、帯揚げは錆朱。帯結びはいちだんと華やかにしてね」


 いつきは妹の引き立て役だ。いつだって誰にも知られないように生きてきたし、これからもこの檻から出られることはない。


 五行の神々の宴に呼ばれた絵里は、傍付きとしていつきを侍らせた。自分を引き立てるための存在として。豪華な振袖をまとう絵里に対し、いつきは薄汚れたワンピース姿だ。


「あれが、噂の姫君か」

「霊力が火でなければ、わたしに欲しかった」


 絵里が鼻高々に歩いている。しゃり、しゃり、と着物の衣擦れの音がしとやかだ。

 髪の毛はふんわりとまとめあげた。いつきは、絵里をより美しく仕上げることに関しては、絵里も一目置くほどだった。


「井上絵里にございます」


 いつきは下がり、絵里だけが五行の神々の宴席にあがった。

 その晴れやかな後ろ姿を見遣り、いつきは来た道を引き返した。


 豪華な日本庭園には池があって、いつきはなんとなくそこに足を向けた。


「誰だ」

「あ……申し訳……ありませ……あっ!?」


 庭にいた先客が、いつきの手を取った。真っ赤な瞳が印象的だった。瞳の色だけで、その人が人間ではない、五行の神なのだといつきは悟った。


「も、申し訳ありませんっ!」


 手を取られたため、伏せて謝ることができない。いつきは地べたに這えないながら、目いっぱいに頭を下げた。チリチリチリ、と手が熱を持つ。


「あつっ」

「なん……!?」


 やがて触れられた部分から赤い火花が散り、男はいつきから手を離した。まるでそう、まるで。


「あ……」

「オマエは……?」


 いつきは思わず顔を上げた。まるでそれは、運命のような。まるで、引き寄せられたかのような。

 ふたりの間に、再び火花が爆ぜた。


「も、申し訳ございません!」


 訳が分からず、いつきはその場を走り出していた。綺麗な神だった。赤い目に白い髪の毛。火ノ神は赤い目と髪を持つと聞いている。だったら、あの神は火ノ神ではないのだろうか。


「はっ、はぁ……また怒られる……」


 宴会の日本家屋が見えなくなったところで、いつきは膝に手を置き、肩で息をする。


「なん、だったんだろう……」


 あの火花は、あの神は。あそこに五行の神々がいたことも夢見心地だが、庭で出会った見目麗しい、若い神は、ことさら不思議な存在だった。


「動くな」

「……え」


 逃げるのに夢中で、後ろからあの男が追ってきていることに気づけなかった。

 いつきは振り返ることが出来ない。


「オマエはどこの家の娘だ?」

「わ、私はただの付き人で」


 男がいつきの真ん前まで来る。膝に着いていた手を離し、いつきは体を上に起こした。だいぶ背の高いその男がいつきの頬に触れると、いつきの胸元に赤い火花がジリジリと爆ぜる。

 男がその火花を握りしめた。


「あっ……」

「これは……」


 火花が刀の鞘になり、いつきの胸から赫灼の刀が抜き取られた。


「……これは」

「五行の神。さま……」


 いつきの体から力が抜ける。倒れ込むいつきを男が支える。いつきに意識はない。


「そうか、オマエが、俺の魂の片割れか」


 その日、ふたりの魂の片割れが誕生する。いつきの胸から刀を抜き出したこの男と、


「絵里。俺はオマエを探していた」


 いつきの妹、絵里である。くしくもふたりとも『火ノ神』の魂の片割れとして、運命を辿ることになる。



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