3-03
「こ、怖かったです~~っ!」
「よく我慢してくださいましたね」
地面に下ろすなり抱きついてきたつぐみさんの頭を撫でてさしあげます。
「は、はわわぁっ!」
つぐみさんが気持ちよさそうに顔をとろけさせている間に、わたしは触手で作業服の男たちと花園の女生徒二人を拘束します。
「彼らはもう大丈夫なのですか?」
『ああ。マザーゲルの消滅で、彼らの内部にあったゲルも機能を停止している』
「取り除いた方がいいですか?」
『いや、一度死んだゲルはもはや蘇ることはない。やがて有機物として体内で分解されるだろう。取り除かなくとも、害はない』
「とはいえ、ちょっとかわいそうではありますね」
無害だと聞かされても体内にゲルの死体があるなんてぞっとしません。
わたしは女生徒二人の鼻と耳に触手を突っ込み、ゲルを取り出しました。
「ひ、ひいぃぃぃぃっ!?」
その様子を直視してしまったつぐみさんが悲鳴を上げます。
ナチュラルにやってしまいましたが、つぐみさんに見せるべきではありませんでしたね。
どうも触手に慣れてしまって感覚がおかしくなっているようです。
「さて――」
わたしは足下に倒れている作業服の男二人を見下ろします。男性の鼻や耳に指(触手)を突っ込むのは嫌ですね……。
そういえば、彼らは口からゲルを吐いていました。
ということは彼らの体内にあるゲルは胃の中ということになります。
どちらにせよ話を聞かなければなりませんし、「こう」するのがよさそうです。
わたしは、作業服の男性の腹を、思い切り蹴り上げました。
「ぐぶぉっ!」
もくろみ通り、男性はえづき、口からゲルの塊を吐き出しました。
わたしは早速もう一人の男性の腹を蹴り上げにかかりますが、どうも蹴りの入る場所が悪いようで、幾度となく蹴りを入れ続けるはめになりました。
十回くらいは蹴りを入れたでしょうか。男性はようやくゲルを吐き出しました。
――これで問題は解決ですね。
「ち、ちょっと、お姉さまっ! いくらその人たちが敵だったからって、あんまりななさりようじゃありませんか!」
つぐみさんが柳眉を逆立てておっしゃいます。
……たしかに、端から見れば、わたしがさっきの腹いせに動けない相手を痛めつけているように見えたかもしれません。
「い、いえ……! これはですね……」
「ごほっ……、……がはっ……!」
あわてて弁解しようとしたわたしを遮るようにして、男性の一人が意識を取り戻しました。
ちなみに、蹴りをたくさん入れてさしあげた方の男性です。
男性はあからさまに怯えた表情でわたしを見上げ――
「ひ、ひいぃぃぃぃっ!? た、助けてくれえぇぇぇっ!」
失礼なことを口走ります。
わたしは思わず片方の触手腕で男性の胸ぐらをつかみあげ、もう片方の触手腕で男性の頬を張りました。
「ひっ……!」
「おとなしくなさってください。あなたがこうして生きていられるのは、ひとえにわたしのおかげなのですから」
男性がかくかくと首を縦に振ります。
それにしても、なぜこの男性はこんなにも怯えているのでしょう?
『……志摩、その男は間違いなく誤解しているぞ』
「誤解……ですか?」
『その言い方ではまるで脅しているようではないか』
「……あ」
わたしとしては、わたしはあなたを助けた人間であり、あなたの味方であると言ったつもりだったのですが、たしかに男性はわたしが自分の生殺与奪の権利を握っているものと誤解されてしまったようです。
「でも、話は早そうですよ?」
『…………いや、もはや何も言うまい』
ホンダさんはなぜか呆れた様子で口をつぐんでしまいます。
「お姉さま……男の方には容赦ないんですね……」
「お、女の子には優しくしているだけです!」
「それもどうかと思いますけど……」
小さく咳払いし、わたしは作業服の男性へと向き直ります。
「さて――」
「ひいぃぃぃぃっ!?」
「それはもういいですから」
触手腕で反対側の頬を張ります。
「こ、殺さないで……殺さないでくれ!」
「殺しはしませんよ。わたしはただ、質問に答えていただきたいだけです」
男性の緊張をほぐそうと、わたしはにっこりとほほえんでみせました。
その甲斐あってか、男性は上げかけた悲鳴を喉奥で呑み込んでくださいました。
「うぅ……お姉さま……怖いですぅ……」
つぐみさんの誤解は後で解くことにしましょう。
「あなたたちは、一体どこのどなたなのですか?」
わたしがそう聞くと、男性はぽかんとした顔をされました。
そして、怪訝な顔をしながら倉庫の壁を指さしたのです。
その指のさす方を目で追って、わたしはあんぐりと大口を開けてしまいました。
なんという迂闊!
先の戦闘で半壊した倉庫の壁には、大きな文字でこう記されていました。
――聖華仙ロジスティクス。
言うまでもなく、聖華仙グループの物流企業です。
そして、聖華仙グループの実権を握っているのは、友梨亜様のお父様であり、友梨亜様はそのご令嬢であらせられます。
そして――思い出します。
昨日、つぐみさんを轢きそうになったトラックの荷台に描かれていたのも、聖華仙ロジスティクスの企業ロゴだったのです!
わたしは呆然と立ち尽くし、倉庫には息苦しい沈黙が下りました。
その沈黙を破ったのは、賑やかなメロディでした。
思わずびくりとしてしまいましたが、それはわたしの携帯電話の着信メロディでした。
わたしはあわてて通話ボタンを押します。
『志摩さん!』
「礼さま!」
お電話の相手は礼さまでした。
礼さまはエリス様とともに花園の保健室におられるはずです。
保健室の周囲にはホンダさんがなんらかの「措置」を施したそうで、花園の中では現在最も安全な場所のはずでした。
にもかかわらず――礼さまの声には激しい焦りと恐怖とが滲んでいます!
『すまない、しくじった! 大変だ、花園が――うわあああああああっ!!』
「礼さまっ? 礼さまぁ――っ!?」
一体、わたしたちの花園に何が起きてしまったのでしょうか――?
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