3-02
がらんとした倉庫です。
埠頭の常夜灯の青白い光がわずかにさしこんでいたのですが、シャッターががらがらと閉まるのと同時にその光も届かなくなり、高いところにある窓からさしこむ月光が唯一の光源になります。
いえ――違いました。
月光とおなじくらいほのかなものですが、アクリル製の巨大な水槽に蓄えられたぶよぶよとした褐色のゲル状の何かが、赤と紫の間を揺れ動く怪しげな光を発しています。
倉庫の中には中型のトラックが駐まっています。
その運転席から、作業服の男が二人、下りてきました。
二人は言葉をかわすこともなく荷台の後ろに回ると、扉のかんぬきを外します。
荷台が内側から開きました。
荷台から下りてきたのは、花園の制服を着た二人の女生徒と、二人に両肩を支えられたつぐみさんです。つぐみさんに意識はなく、女生徒二人は作業服の男たち同様ぼんやりとした様子です。
女生徒二人はつぐみさんを半ば引きずるようにして水槽に近づいていきます。
水槽の脇にはスチール製の階段が作られています。二人並べばもう窮屈なその階段を、女生徒二人はつぐみさんの上半身と下半身をそれぞれ抱え上げた状態で上っていきます。
つぐみさんを抱えた二人が階段の最上段――水槽の縁にたどりつくと、何かを催促するかのように水槽の中のゲルが明滅しました。
そのせいかどうかはわかりませんが、気を失っていたつぐみさんが目を覚ましました。
「……ぉっ……げほっ……!」
つぐみさんの喉からぶよぶよとした褐色のゲルの小さな塊が吐き出されました。
と同時に――
「い、いやあぁぁぁぁぁっ! なんですか、これぇぇぇぇぇっ!」
状況を理解したつぐみさんがめちゃくちゃに暴れ始めます。
「いやあああっ! 何なんですか! 何なんですかぁっ!」
「……ッ」「……ッ!」
つぐみさんを連れてきた二人がつぐみさんを取り押さえようとしますが、不安定な足場の上です。
作業服の男たちはといえば、トラックのそばで直立不動の姿勢のまま倉庫の周囲を見るともなく眺めているだけで、助けに入る様子はありません。
「いやあっ! 助けて……っ! お姉さまぁぁぁぁぁっ!」
つぐみさんが暴れたせいで、女生徒の一人が足を踏み外し、階段から転げ落ちます。
そしてつぐみさんは――
「きゃあああああっ!」
「つぐみさんっ!」
倉庫の壁高いところにある窓を突き破って突入したわたしは、ゲルで満たされた水槽に落ちかけたつぐみさんを空中でつかまえました。
が、勢いを殺しきることはできず、倉庫の内部をものすごい勢いで駆け抜け、反対側にあったコンテナにぶつかることで、やっと止まることができました。
ホンダさんがとっさに展開した触手嚢がクッションになってくれたおかげで、わたしもつぐみさんも無傷です。
「お……お姉さまっ!? ど、どうしてここに……!」
「つぐみさんを助けるために飛んできたのです」
文字通り飛んできました。
「な、ななな、一体何がどうなってるんですかぁ!?」
つぐみさんはちょっとしたパニックに陥っているようです。
無理もありません。美術室で恐ろしい思いをした上、目が覚めたらぶよぶよとした褐色のゲル――花園の乙女にはちょっと刺激が強すぎる状況ですから。
わたしはつぐみさんの唇を人差し指でそっと押さえます。
その指が触手のままだったのであわてて元の手に戻しました。
幸いつぐみさんは暗くて気づかなかったようです。
「ちょっと怖い思いをするかもしれませんが、わたしは必ずつぐみさんを助けますからね」
「は、ははは、はい……っ!」
つぐみさんは目を白黒させながらそう答えたかと思うと、どうした弾みでか、わたしの指をぺろりと舐めました。
「ひゃっ!」
「ご、ごめんなさい……! つい……!」
「いえ……それで落ち着くなら、咥えていてもいいですよ?」
「え、ええっ!? い、いいい、いいです!」
つぐみさんが顔を真っ赤にしておっしゃいます。
ともあれ、パニックからは立ち直ってくださったようですね。
その時のことです。
ボコボコボコボコッ!!
と異様な音がしたかと思うと、
『危ない!』
ホンダさんが叫び、わたしの身体が吹き飛びます。
ホンダさんがとっさに触手を噴き出させ、わたしを逃がしてくださったのです。
宙で一回転して床に足から着地しつつ、元いた場所を確認します。
わたしが衝突した衝撃でひしゃげていたコンテナが――なにか、ぶよぶよとした褐色のゲルのようなものに押し潰されていました。
いえ――
「取り込んでいる、のですか!?」
『そのようだ。ゲルだけでは強度が足りないからな。建材を取り込んで補強しようというのだろう。あるいは武器として使ってくるか』
見れば、水槽に満たされていたはずのゲルがなくなっています。今コンテナを解体して取り込んでいるこのゲルこそ、水槽の中にいたゲルなのでしょう。小学校の運動会でよく見る大玉転がしの玉をひとまわり大きくした程度のサイズだったゲルは、建材を取り込むことでぶよぶよと大きくなっていきます。
わたしは、つぐみさんを抱え直しながら、ゲルの様子を油断なく窺います。
しかし、この場にいる敵はそれだけではなかったのです!
「お、お姉さまっ!」
つぐみさんの声に振り返ると、トラックのそばに立っていた二人の作業服の男が、両腕をだらりとぶらさげたまま、血走った目でこちらを睨んできています。
そして――
「グルルォォォォッ……ギシャアアアッ!」
とても人の発するものとは思えない声を上げながらのけぞったかと思うと、勢いよくゲル状の何かを吐き出してきました!
わたしはそれを触手ではたき落とそうとしたのですが――
『ダメだ、志摩! 避けるんだ!』
ホンダさんのアドバイスはわずかに間に合わず、わたしは触手でゲルを叩いてしまいます。
「――っ!?」
とてつもなく重い感触がしました。
触手を引き戻してみて、その理由がわかりました。ゲルが、触手にまとわりついているのです!
『ぶよぶよとした褐色のゲルは、宇宙最強の弾力を持ったゲルだ! 単純な打撃では衝撃を吸収されてしまう!』
「そ、そういうことは先に言っておいてください!」
わたしはつぐみさんを抱えたままその場を飛び退き、触手にまとわりついたゲルを床にめちゃくちゃに打ちつけて剥がします。ゲルはそれで剥がすことができましたが、ゲルの張りついていた箇所の感覚が、ほとんどなくなってしまっています!
「これは――!」
『ぶよぶよとした褐色のゲルの用いる神経毒だ! 私の触手ならばしばらく麻痺する程度で済むが、君やその少女が直接食らえば命はないぞ!』
「だからそういうことは先に――」
「お姉さま、あっちからも来ます!」
つぐみさんが指したのは、先ほどつぐみさんを水槽に放り込もうとしていた女生徒たちです。
「ケエェェェ……ッ、グヴォァァァァッ!」
これまた人とは思えない声を発したかと思うと――
ゲルルルルルッ!!
「きゃあああっ!」
つぐみさんが悲鳴を上げたのも無理はありません。
女生徒二人のスカートの中から、気色の悪い音を立てて大量のゲルが噴き出したのです!
よくも花園の乙女にこんなことを――と憤る暇もなく、スカートから噴き出したゲルは床に広がっていきます。
ゲルはそれぞれの女生徒を取り巻くように広がると、今度は蟻塚のようなゲルの柱を無数に作り出していきます。
そのゲルの柱があやしく脈打ったかと思うと――唐突に、凄まじい勢いで発射されました!
わたしはあわてて横へと跳び、ミサイルのように襲ってくるゲルの柱を躱していきます。
ホンダさんの忠告通りに今回は触手での迎撃は控えました。
ゲルのミサイルはわたしが飛び退いた場所を次々と直撃し、倉庫の床に大穴を穿っていきます。
「ホンダさん! あれは何です!?」
『ゲルを硬化させ、射出したのだろう。ダイヤモンドより硬いが、弾性は失っている。打ち落としても構わないぞ』
「だから先に言ってください!」
わたしは倉庫内を駆け巡りながら、敵の様子を観察します。
まず、大きなゲルがひとつ。今やコンテナのみならず周囲の建材や作業機械を取り込み、先ほどよりひとまわり以上大きくなっています。
次に作業服の男たち。彼らは強力な神経毒を持つ弾力の高いゲルを間断なく撃ち出してきています。
最後に、花園の女子生徒が二人。乙女らしからぬやり方で噴き出し続けるゲルは、ごく短時間で蟻塚のような柱を作り、硬度を限界まで高めたミサイルと化します。迎撃は可能ですが、ある程度の追尾能力を持っているらしく、避け続けるのは至難の業でしょう。
これらの難敵を相手に、つぐみさんをかばいながら戦わなくてはならないのです!
「ホンダさん!」
『何だ?』
「外へ誘い出した方がいいのではないでしょうか!?」
『外に出れば大型の作業機械や車両がある。先ほどのカップルや作業員もまだ埠頭内に留まっている可能性が高い』
外に出ればゲルは周囲のものを取り込んでさらに手がつけられなくなるかもしれず、また埠頭内にいる人々を戦いに巻き込んでしまうかもしれない、ということですね。
ならば、このゲルたちはなんとしてもこの倉庫内で仕留めなければなりません!
「弱点はないのですか!?」
あんな大きなゲルを触手で地道に潰していくなんてとても現実的ではありません。
『ああ。分離体として統合的な活動を行うための核があるはずだ』
「どこに!?」
『見分けはつかない』
「ち、ちょっと――!」
『慌てるな。今、あの巨大なゲル――マザーゲルの動きを大急ぎで解析している。奴の動きのパターンから核の存在する箇所を絞り込んでいるのだ。しばらくはそのまま耐えてくれ』
「か、簡単に言ってくれますね――!」
ホンダさんからの応答はありません。本当に急いで解析作業にいそしんでいらっしゃるのでしょう。ならばわたしも期待に応えないわけにはいきません!
「つぐみさん、しばらく怖いでしょうが、我慢してくださいね」
「は、はい……でも、お姉さまのそのお姿――!」
わたしの今の姿は――お世辞にも青薔薇の君にふさわしいものとはいえません。
両腕こそつぐみさんを抱えているので元のままですが、その代わりに肘の先から触手を伸ばしていますし、高速移動を可能にするためにふとももから下には三つ叉に分かれた触手脚が伸び、その先には床や壁をつかむためのスパイクも生えています。腰の後ろからは小回りが利くよう縮めた触手翼が生え、その下からはミサイルを迎撃するための大型の触手腕がのぞきます。
今改めて気づいたのですが――わたし、人間やめてますね。
「大丈夫です。ちゃんと元に戻りますから」
「そ、そういう問題ですかっ!?」
「そういう問題なのです」
答えながらわたしは、触手腕をふるって女生徒の放つ硬化ゲルミサイルを逸らし、作業服の男たちの吐き出す神経毒ゲルを躱し、マザーゲルの投げつけてきたコンクリートの塊を砕きます。
一カ所に留まることは危険です。わたしはスパイクのついた触手脚を蜘蛛のように操って床を駆け、壁を走ります。
「それとも……こんなお姉さまは嫌いですか?」
「そ、そんなことはありません! 何をしていようとも、どんな姿であろうとも、お姉さまはお姉さまです! わたしのお姉さまなんです!」
「ふふ……かわいい子」
わたしは向かってきた硬化ゲルミサイルを触手腕で絡めとると、空中でぐるりと旋回――たっぷりと遠心力を乗せてマザーゲルへと投げつけます。
どがぁっ! とものすごい音がしました。マザーゲルの蓄えた資材が砕けた音です。
しかし――
「……効いていませんね」
投げ返した硬化ゲルミサイルはマザーゲルの身体の一部をちぎり取ってはいましたが、ちぎれた部分は周囲のがらくたを集めながらすぐに本体に合流してしまいました。
『あと百秒ほど持ちこたえろ』
「――っ」
百秒。短いようで長い時間です。コンマ二桁秒以下の目まぐるしい攻防が続く中では永遠のようにも思われます。
その上厄介なのは――
「きゃあっ!」
わたしとつぐみさんのそばを神経毒ゲルが通り過ぎます。
この神経毒は、地球人類が食らえば一撃で昏倒、死に至るという恐ろしいものです。幸い、ゲルの弾性が邪魔をするのか弾速はさして速くはないのですが、かすりでもしたら死ぬというのは相当なプレッシャーです。
しかも、わたしは神経毒ゲルを吐き出し続ける作業服の男たちや硬化ゲルミサイルを撃ち出す花園の女生徒を倒してしまうわけにはいかないのです。
エリス様の例でもわかるように、彼らにはまだ助けられる可能性があるのですから。
しかしそのくせ、彼らの攻撃は破れかぶれといいますか、自分自身の身の安全を顧みないがむしゃらなものです。
既に何度か、神経毒ゲルが女生徒に当たりそうになったり、硬化ゲルミサイルが作業服の男に直撃しかけたりもしています。まったくの同士討ちです!
もちろん彼らとて同士討ちでいたずらに戦力を減らしたくはないはずですが、いざとなればあのゲルは、人間のひとりやふたりは使い捨てにしてくるかもしれないのです!
ですから――
「――くぅっ!」
わたしは女生徒の片割れを直撃しそうになった神経毒ゲルを触手腕で撃墜します。
いえ、撃墜できるわけではないのです。神経毒ゲルはわたしの触手腕にまとわりつき、触手腕の感覚を奪ってしまいます。
動きの鈍ったわたしに、ここぞとばかりに硬化ゲルミサイルが飛んできます。
射手はもちろん、かばってさしあげたばかりの女生徒です。恩知らずもいいところですが、不満を述べたところで手加減などしてくれる相手ではありません!
わたしはとっさに近場にあった硬化途中のゲルミサイルをつかんで向かってくるミサイルにぶつけます。
ところが――
「なっ……!」
そこで、驚くべきことが起こりました!
衝突したふたつの硬化ゲルミサイルがその場で硬化を解き、融合を遂げると、大きく広がりながらわたしへ向かって覆い被さってきたのです!
わたしは慌てて触手腕をふりまわし、ふりかかるゲルを散らします。
が、それは大きな隙でした。
マザーゲルがコンテナのパーツやありあわせの建材・コンクリート塊などで作り上げた巨大な尖塔が、動けないわたし目がけて倒れかかってきます!
「く……っ、ああああああっ!」
わたしはありあわせの触手のすべてを力の限りに放出しました。
目の奥がちかちかと瞬いて倒れそうになります。
でも、ここで倒れるわけにはいきません!
もしわたしが倒れたら、つぐみさんは一体どうなるのですか!
「゛あ゛あ゛あ゛あ……っ! ええぇぇぇぇいっ!」
気合い一閃! 気力を振り絞った甲斐あって、わたしはがらくたの尖塔を押し返すことができました!
尖塔は進路を一転し、制作者であるマザーゲルへと向かって倒れていきます。
轟音に続いて、凄まじい砂煙がマザーゲルの姿を覆い隠しました。
「はぁ……、はぁ……っ」
今のはかなりきつかったですね。
「ホンダさん! あと何秒ですか!?」
『七〇秒だ』
「な……っ」
思った以上に時間が稼げていません!
「お、お姉さま……!」
腕の中のつぐみさんが不安そうな顔をしています。
生身の人間には相当に過酷な経験をさせてしまったはずですが、それでもつぐみさんは泣き言ひとつおっしゃいません。
わたしは決めました。
つぐみさんにこれ以上負担をおかけするわけにはいかないのです!
「ホンダさん、核というのはどのくらいの大きさですか?」
『直径〇・五から三メートル程度。歪んだ球形をしているはずだ』
「あのゲルにできてホンダさんにできないことはありますか?」
『ない』
「ない?」
『あれはぶよぶよとした褐色のゲルの分離体の分離体――二次分離体だ。ひょっとしたら三次以下かもしれない。ぐねぐねとしたアザミ色の触手の一次分離体である私の敵ではない――本来ならば、だが』
わたしとの融合がホンダさんの能力に制限をかけているのでしょう。
『それでも、奴にできることで私にできないことはない。エネルギーというよりは、演算能力の問題だからな。ただし、エネルギーの消耗は激しいぞ』
「……わかりました。ならば、倒します」
『お、おい、何をする気だ!?』
ホンダさんの問いには答えず、わたしはマザーゲルに向かって叫びます。
「来なさい! 臆したのですか!」
その言葉が通じたのかどうかはわかりませんが、マザーゲルは取り込んだ鉄骨をわたし目がけて振り下ろしてきます。
わたしはそれを難なく躱すと、地面にめりこんだ鉄骨の上を走り、マザーゲルへと迫ります!
マザーゲルは不気味に蠢動すると、取り込んだがらくたを手当たり次第に投げつけてきます。
わたしはそれらのすべてを見切って跳躍、マザーゲルの真上に達したところで、地中に潜んでいた触手を硬化させ、マザーゲルを貫きます!
『これは……!』
そう――この倉庫に辿り着くまでに使っていた音響探査用の触手です。
つぐみさんが危なかったので地中から回収できないまま突入してしまったのですが、結果としてはそれが幸いしました。
元々探査用の触手ですから、攻撃能力はないに等しいのですが、あちら側の硬化ゲルミサイルを参考に可能な限り「硬く」してみたのです。
『だが、核を潰さなければすぐに再生するぞ!』
「もちろん、わかっています」
わたしは空中で触手を伸ばし、天井から吊り下げられた作業用クレーンにぶらさがります。
「でしたら――こうすればいいのです!」
わたしが意識を集中すると、地中から第二、第三の触手が飛び出してきます。物質の限界まで硬化させたその触手は、さながらアザミ色の槍といった有様です。
「直径は最小でも〇・五メートルでしたか。なら――それより細かく、刺して刺して刺しまくればよろしいのでしょう――ッ!?」
ずぞっ、ずぞっと音を立てながら、床からアザミ色の鋭い槍が立て続けに現れ、マザーゲルを貫いていきます。
もちろん、倉庫の地下にあっただけの探査用触手では足りません。埠頭倉庫全域に根のように張り巡らせた触手を回収しつつ、順次ダイヤモンドよりも硬く硬化させ、マザーゲルへと突き立てているのです。
「ふふっ……なんだかコツをつかんだ気がします」
わたしはゲルの周りに五〇センチ間隔のグリッドラインを想像し、縦線と横線の交点目がけてしらみつぶしに槍を突き立てていきます。
マザーゲルは鳴きもせず、ただ身体を明滅させ、びくびくと震えるだけです。
「……まったく、可愛げのない生き物ですね。いくら責めても啼きもしません」
作業服の男たちと女生徒からの攻撃は止んでいます。おそらく、マザーゲルが彼らのコントロールも行っていたのでしょう。今はそんな余裕もないというわけです。
「これで……終わりです!」
わたしがぎゅっと拳を握り込むと、床下から特大の触手が飛び出してきました。
リボン結びになったその触手は、マザーゲルの身体のど真ん中を貫きます!
マザーゲルがひときわ激しく震えました。
そして、その触手の先には――
『志摩! それがマザーゲルの核だ!』
もう言われなくてもわかります。
リボン結びになった極太の触手の先端に、直径一メートルほどのぶよぶよとした褐色のゲルが突き刺さっています。
たしかに、他の部分と見分けがつきません。ホンダさんのおっしゃっていた通りですね。
ゲルは触手に身体を貫かれながらも激しく震え、最後の抵抗を試みていました。
それは哀れを誘われる姿ではありましたが――このゲルはつぐみさんに危害を加えようとしたのです!
「散りなさい!」
わたしは握っていた拳をバッ! と開きます。
じゅぱっ……と、いささかあっけない音を立てて、マザーゲルの核が四散しました。
あとに残されたのは、ダイヤモンドより硬い針をいがぐりのように生やしたリボン結びの触手です。
わたしはぶらさがっていたクレーンから触手を解き、倉庫の床へと着地します。
「……終わりましたね」
『私の出る幕はなかったがな』
ホンダさんがすこし拗ねたような口調でおっしゃいました。
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