或る文化祭のエピローグ

不明夜

或る文化祭のエピローグ

 斯くして、文化祭は終了した。

 文化祭などと言う名称の割に全くもって文化的な趣きを感じない、一年に一度の騒がしい祭り。

 例年なら、俺はずっと部室に引き篭もっていた所だ。

 実際、今年も部室からほぼほぼ出ていない事に違いはないのだが。

 

 今までと違う点があるとすれば––––––––虚無感でも、罪悪感でもなく、純粋な達成感で心が満たされている点だ。

 その理由は間違いなく、机の上に並べられた大量のの存在によるものだった。

 大々的に第一号と書かれた部誌は、いかに我々がこれまで活動していなかったのかを物語っている。

 

 雨氷高等学校文芸部。

 それこそが、去年までは一人を除いて全員がだった、元帰宅部予備軍達の溜まり場の名称である。

 そんな、あってない様なものだった部活が今や、真っ当に文化祭で部誌を出すに至ったのだから驚きだ。

 ……まあ、活動に積極的なのは俺を含めても五、六人だけで、他の部員達は相変わらず部室に顔すら出していないが。


「先輩、大体片付きましたよ。にしても、二人とも遅いですね。飲み物買って来るのにこんな何十分もかかります?」

「どうせ、部長サマは関係ないとこで怠けてんだろ。それか、変なこだわりを発揮して付近のスーパーを回って一円でも安いのを探してるかもな。どっちにしろ、付き合わされてるゆいの奴が不憫でならん」

「……先輩に片付けを全て押し付けられた僕だって、可哀想だと思いませんか?」

「ははは、副部長としての特権だよ」

「信頼も実績もない人間に特権がある訳ないでしょう?ほら、ペットボトルくらいは捨ててきてください」


 可愛げのない後輩、高弘たかひろから連続して投げ渡された複数のペットボトルを受け取り、渋々立ち上がって部室から出る。

 廊下に施された数々の装飾はまだ撤去されておらず、静かな校内に取り残される事でより一層祭りの後の寂しさを際立たせていた。


 たまに誰かの楽しげな話し声が聞こえる廊下を歩きながら、これが俺にとって高校最後の文化祭なのだと、改めて認識する。

 ……最後の文化祭に、文芸部として正しく活動できて、本当に良かった。

 

 自分が文を書くことしか考えておらず、部の活動については一切気にしていなかった部長が。

 そもそも、詩や小説に興味を持ってすらいなかった高弘が。

 部誌を作る為、一丸となって執筆に取り組む姿が見れるなんて、一年前は考えもしなかった。


 こんな奇跡が起こったのは、ひとえに––––––––


「あ、先輩!どうしたんです?両手両脇にペットボトルを抱えている人間の表情じゃないですけど、お腹でも壊しました?」


 ひとえに、彼女のおかげだ。


「両手両脇に空のペットボトルを抱えないといけないこの現実に苦悩してるんだよ、気にすんな……いや、気にしていいから何本か引き取ってくれ」

「私だって両手にレジ袋抱えてますけど!?」 

「……残念だ。で、部長はどうした?てっきり一緒にいるもんだと思ってたが」

「え?あ、ホントだ。さっきまで一緒だったんだけど……ま、よくある事だしほっといていいでしょ。それじゃ、先に部室で休んでるね!」


 複数の2Lペットボトルと牛乳パックの入った、見るからに重そうな袋を軽々と持って彼女は廊下を走っていく。


 彼女––––––––朽名結くつなゆいがこの文芸部に与えた影響は、正直なところ大きすぎて測りきれない。

 彼女が新入部員として文芸部に入り、まず初めに変化があったのは高弘だ。

 今まで、文芸部を程のいいサボり場所としてしか使っていなかった彼が、急に本を読み、小説を書き、短歌を読む様になったのを見た時には、衝撃のあまり震えたのを未だにしっかり覚えている。


 純粋に文芸部としての活動を楽しむ結と、邪な考えでもって活動に勤しむ高弘。

 二人の姿を見てやる気になった部員も、ほんの少しだが現れたのだ。

 ……彼女が文化祭の一週間前に”そういえば、部誌って作らないんですか?”などと、部員総出で忘却していた存在の名前を口にしてから、一週間で本当に作れるくらいにはやる気のある部員が、何人か。


 ペットボトルを捨て、身軽になった体で部室のドアを開ける。


「……うわ、もう帰ってたんですか、

「何、その反応。傷つくんだけど?」

「その程度で傷つく精神構造してないだろ、お前は。それより、聡と康二郎の二人は不参加らしいし……これで全員だよな?」

「うん、多分ね!あ、飲み物は適当に袋から取っといて」

「じゃ、僕がコーラ貰っちゃいますねー。……前々から思ってたんですけど、なんで部長はパックに入っている牛乳を一息で飲み干せるんです?」

「……俺も知りたい」

「ふーん。あ、先輩は水でも飲んでいてください」


 何故、高弘の奴は俺にだけ辛辣なんだ。

 確かに恨みを買うような事は何度かしたような気がしなくもないが、一応先輩にして副部長だぞ?

 別に、慕われたいという願望は無いので、どうでもいい話ではあるのだが。


「ペットボトルでやる意味があるのかは分からんし、約一名既に飲み終わってる奴もいるが……こういうのはノリの問題だしな。一応、乾杯はしとくか?」

「なら、私の合図でやりましょ。私、部長だし」

「普段何もしてないのに、こんな時だけ部長面すんのか……ま、好きにしてくれ」

「貴方にだけは言われたくない。それじゃあ、部誌の完成と、文化祭が無事終了した事を祝いまして––––––––乾杯」


 ペットボトルとペットボトルのぶつかる間抜けな音が、普段よりほんの少しだけ物の多い部室に響く。


 斯くして、俺にとって最後の文化祭は終了した。

 後に残るは、祭りの余韻に浸りながらの打ち上げのみ。

 

 しかし、時間というのは楽しい時ほど早く過ぎるもの。

 門限を気にした結が帰り、気付いた時には忽然と部長の姿も消えていた為、部室でひっそりと行われていたパーティーは仕方なくお開きとなった。


「結局、僕たちが片付けですか……ま、いいですけど。先輩、流石に今回は手伝ってくださいね?」

「はいはい、この水飲み終わったらな。……それにしても、お前って変わったよな」

「何がです?その言葉、なんの前振りもなく言われると困るんですけど」

「いや、不良一歩手前みたいな感じだったお前がこんなに丸くなるなんて、やっぱり人はしたら変わるんだな、と」

「……な、なんの、ことです?」

「ははは、いや、流石に分かりやすすぎて誰でも気付くからな?」


 うん。やはり、高弘は良い反応をする。

 ……多分、こんな事をしているせいで微妙に嫌われるんだろうな。


 などと、何となくチャイムの音に耳を傾けながら呑気に考えていたのが、本日最大の失敗だろう。


「……分かりやすいとか、先輩にだけは言われたく無いんですが」

「どういう事だ?すまん、マジで思い当たる節がない」

「やっぱ無自覚だったんですね。なら、遠慮なく指摘しますよ。先輩って……」

「お、何を言ってくれるんだ?」


 ここで普通に水を飲もうとしたのも、後から思えば失敗だった。


「部長の事、好きですよね」


 水を飲むのに失敗し、盛大にむせる。

 人の恋路に舞台の外から野次を飛ばしていたつもりが、馬に蹴られて自分まで舞台の上に転がり落ちた様な気分だ。


「ほら、分かりやすい。第一、今までずっと何の活動もしてなかった癖に、部長も部誌制作に関わるって聞いた瞬間、目の色を変えて執筆に取り組んだ時点で……好きってのがどういうタイプかは知りませんけど、何にせよ怖いですよ?」

「––––––––はは、は」


 結局のところ、俺が文化祭で得たものは。

 一冊の部誌と、安易に人を揶揄うものではないという、分かりやすい教訓だった。

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或る文化祭のエピローグ 不明夜 @fumeiyo

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