ep.46 その学院生は、息も絶え絶えに叫んだ。

デスピナがとんでもない魔力量を抱えているのはわかっていた。これと真正面から戦えば負けることも理解していた。

だから、最初から戦って勝つ路線は捨てた。


最初から白旗を振り、その上で勝つことを模索した。


わたしがすべきは、時間稼ぎだった。ただ延々と時間を無駄にすることだけを考えた。


デスピナの魔力源である喝采、それを根こそぎに枯らせる、その方法を求めた。


デスピナの切り札が、この広範囲の夜会の操作だったように、わたしの切り札は――カリスとアマニアの二人だ。


わたしの勝機は、当て勘のような推理と、二人の調査がすべてだった。そこに何もかもを賭けた。

そして――


『ああ、もうなによ、この酷い有様!?』


カリスの悲鳴と共に現れた映像により、その結果を知る。


この夜会は、喝采を得ることで力となる。

喝采を得るその方法は、必ずしもショーだけじゃない。


『こちらアマニア・アンドレウ、新聞部部長です』


マイクを手に取り、画面内のアマニアが喋る。

硬質の目を変えないまま、興奮を押し殺した声で。


『ぼくは今、アトゥール学園の下水地にいます』

「っ!」


気付いたデスピナが、モニターに駆け寄ろうとする。

その先へと回り込み、阻止する。


トンカチとレイピアを噛み合わせ、鍔迫り合いの形でその場に釘付けにした。

これ以上無く焦るデスピナの顔が間近にある。


「おい、せっかくの生中継だ。邪魔すんな」

「否、こんなことが許されると……ッ」

「お前の許可なんて必要か?」


力付くで争うわたしたちの背後では、巨大モニターの映像が続く。

上下にフラフラと安定しないのは、カリスが撮っているからだ。


『見てください、戦場の宿場のような、あるいは墓場のような場所で、何人もの学院生が倒れています。この惨状が見えるでしょうか』


おそらくは下水そのものを作成の際、資材搬入のために使われた場所だ。

平にならされたそこに、何人もの学院生が倒れ伏していた。


生きていることは呼吸する様子からわかるが、誰も目を覚まさない。


「この――」

「させねえよッ!」


デスピナが夜会そのものを操る様子を見て取り、トンカチを押し込む。

油断すればそのまま地面へと叩きつけてやるという勢いで、強く。


余計なことは決してさせない。

特にこのモニターを破壊させるようなマネはさせない。


『これだけの数が行方意不明になったという話は、今の今まで聞いたことがありません。しかし、ここにいるのは明らかに学院生です』


カメラがその惨状を舐めるように映す。

そのたびに、背後の学院生の悲鳴は大きくなる。

きっと見知った顔がそこにいた。


『さる情報筋かのタレコミにより、この場を探し当てました、しかし、まさかここまでとは――』

『ねえ、その人、起きそうよ?』


カリスがカメラ越しに呼びかける。


倒れている中でも、ひときわ衰弱した学院生がうめき声を上げていた。

アマニアは慌てて駆け寄り、その口に水筒をゆっくりと傾ける。


よほど喉が乾いていたのか、その生徒は抱えられながら必死に飲んでいた。


「うそ……」


聞こえた声は背後から。

マリナ・メルクーリのものだ。


『大丈夫ですか? 喋れますか?』

『――に……』

『今なんと?』


マリナの友人らしきその学院生は、息も絶え絶えに叫んだ。


『デスピナに、あ、あいつに、攫われた……!』



 + + +



しん、とした静けさは、それこそ深夜のようだ。

誰もが口を開き、その言葉の意味を理解しようと努めていた。


モニターからは嗚咽が続き、カメラは更に奥方向を映し、そこに転がる学院生を知らせる。

予想よりも、数が多い。


学院内を暴れまわる奴――

それは非日常ではあるが、まだどこかお祭り騒ぎのような雰囲気が残っていた。学院生として、魔術を使うものとして、どうにか自分の力で解決してやろうとする気概が残っていた。けど、これは違う。


画面に映し出されているのは、「つい先日まで隣にいた級友の姿」だ。

明らかに憔悴し、横たわり、苦しげに呻いている。


他人事であるべきなのに、知った顔がそこにある。

その格差に誰もが混乱していた。


そして、その知っているものが、犯人はデスピナであると、悲痛に叫んだ――


「お前は学院生を浚い、ニセモノを送り込んだ。それは、より効率的に喝采を得るためだ」


ただの人々からの喝采よりも、人形を経由しての喝采の方が効率がいい。

その効率を求めて、学院生の入れ替わりを行った。同時にそれは、人々を扇動するための行動でもある。


また、今見えている中にも何人かの「人形」がいるはずだ。

彼らはひっそりと、周りの人々が応援するように、熱狂するように仕向けた。


「そこまでして、わたしを叩き潰したかったのか?」


それは、確実な勝利のためだ。

可能な限り、無理があるほどのパワーアップをして、真正面からわたしに勝つことを望んだ。


「――ッ!」


デスピナは答えず、ただ呪い殺しそうな視線ばかりを向けてくる。

けれど、そこにはもう力が無い。


沸き立ちそうな熱狂は冷め、今や疑念と不審ばかりが注がれている。

それらを鬱陶しいというように振り払いながら、デスピナは聞く。


「……なぜ、分かった? どのようにして位置を割り出した!」

「確信なんてなかったよ」


わたしは気軽に肩をすくめた。


「あの場所にいるかどうかは、賭けだった」


実際、そうだ。

わたしが調べた下水の地図。

もともとはダンジョンだったというだけあり、やけに複雑で入り組んでいた。


地図の大半は埋めていたけれど、不自然に開いている空間があった。何か隠されているんじゃないかとは疑ってたけれど、わざわざ調べる必要もないかと放置した。


カリスとアマニアの二人には、そこを調べてもらった。完全に隠されたその地点は、さらった人々を一時的に置いておく場所として最適だ。


なによりそこは、デスピナがわたしたちを招待した夜会、あの庭園の真下に位置していた。

たしかに賭けではあったけど、そこまで分が悪いものでもなかった。コイツは、この学院最強は、あまりに怪しすぎた。


わたしは大きく息を吸う。


「ここに至り未だこの者を擁護するのであれば、同罪と見なす! この者は罪人だ。誘拐犯だ! これ以上、犯罪の片棒を担ぐか、答えよマリナ・メルクーリ!」


必死に違うと首を振る様子がある。

その目は、未だに信じられないというように、モニター内の友人の様子を見ている。


ダメ押しとばかりに、わたしは仮面を外す。

のっぺりとしたその下には顔がある。わたしの素顔じゃない、化粧した顔――人形化にて作成したものを貼り付けた。


カリスいわく「悔しいが美人」だというそれを、学院生たちは驚きを以て見つめる。

ようやく、素性の知れない仮面の奴から一般令嬢くらいにはなった。デスピナとわたしの、怪しさの度合いが逆転する。


「協力者の手により、被害者を救い出すことには成功した。罪の証拠は出揃った。デスピナ・コンスタントプロス、これがお前の罪であることを認めるか!」


先程までの神々しさはカケラもない。

そこにいるのは、神聖を残らず剥がされた残骸だ。


レイピアを構えるその姿は、いまや犯罪者だ。

羽を生やそうが、天使の輪をつけようが、もう塗り替えることはできない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 13:10 予定は変更される可能性があります

夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜 そろまうれ @soromaure

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画