ep.45 「悪よ、滅せ!」
学院七伝説、というものがある。
誰もが知っているし噂になっているけれど、その実態は誰一人として知らないものだ。
有名だけれど、有名なだけ。
知名度だけがやけにある。
喝采が力になる夜会の、嘘っぱちで演じる対象として、とても便利だ。
「そなた、何を言って……」
デスピナは、戸惑い、続く言葉を言えずにいる。
英雄然とした格好を取り繕えていない。
先程まで応援していた学院生たちもあっけに取られている。
そこには混乱が含まれていた。
狂人がいきなり喚き出たような扱いだ。
わけわかんねえことを言う迷惑なやつ、そう見られている。
けど、それで十分だ。
十分すぎる。
向こうに喝采が送り込まれていないだけでいい。
「この学院にはルールが敷かれている。それは目に見えず、書き記されていないが、確かに存在する。デスピナ・コンスタントプロスは、これに反した」
混乱している隙に、叩き込む。
「通常では現れず、姿を見せることがない裏執行委員がここにいることがその証。なにより、この学院をすべて覆う巨大な夜会の展開こそが、裏生徒会の処罰が行われている証明である!」
言うことは、ぶっちゃけ何でもいい。
それなりの説得力さえあればいい。
「違う、これは吾の――!」
「英雄とは、陽光の下に現れる! 万人にその有り様を、その勇士を知らしめるために! 翻り、夜の月の下は、罪人を断ずるべき時である!」
ここで正しさなんて必要ない。
ジャッジするのは、観衆だ。
彼らが「あれ、こっちのほうが正しそうじゃね?」と思えば、力になる。
真実である必要なんてない。
これがショーだ、っていうのは、そういうことだ。
観衆に受ける演技をした方が勝利する。
わたしの方に、じわり、と力が流れる。
デスピナ一辺倒だったものが変わる。
「執行部はこの状況を憂い。状況を整えた、決してデスピナを逃さぬよう――」
「嘘っ!」
否定するように、拒否するかのように、叫ぶ声がする。
学院からだ。
先ほど流れを決定的に変えた人物、マリナ・メルクーリだ。
「だって、だって、友達が――」
「その友達とやらは、なにか喋ったか?」
「え」
わたしの質問に、マリナは呆然とする。
「本日、今日、その友人と話をしたか? その友人は何か言葉を口にしたか?」
「え、でも……」
半ば当てずっぽうだったが、当たっていたようだ。
デスピナの副官だとかいう人形は喋ったが、それ以外は唸り声しか上げてなかった。
学院に入り込んだニセモノには、ある程度の格差があるようだ。
外見を取り繕えても、本人そっくりに話すことはかなり難易度が上がる。
下手な演技をするくらいなら、黙っていた方がきっと無難だ。
「口を閉ざし続けた友人のことを、お前はおかしいとは思わなかったのか? アイトゥール学院生は、友人が別物に変わっていたというのに、何の疑問も覚えぬ粗忽者の集いか?」
返答は沈黙だ。
だがこの場合、「反論を行わない」ことこそが何よりも雄弁に語る。
「裏生徒会の協力者が何人かいる。彼らと共にニセの学院生を打ち砕いた。我々は誰一人として殺してなどいない。血の一滴でも床にあるか? あるいは今現在、死体がどこかに転がっているか? 確かめてみるがいい、どちらもありはしない。今日、ここで行われたことは、ニセモノを暴く断罪だ」
裏生徒会という権威でショックを与え、その隙に冷静に疑問点を突きつける。
熱狂とは、「何も考えず、感情的に暴れる」ことを、自らに許す状況を言う。
なら、考えさせて、理性的にさせれば、熱狂は収まる。
「翻り、この者は?」
切っ先を突きつけるように、トンカチの先を突きつける。
「執行委員を悪と断じたこの者は、いかなる理由を以て戦っている? そもそも、誰が学院生をニセモノに変えた? これを暴こうとしたものを口封じするかのように襲い来た理由は? おまえの行動のすべては裏生徒会の活動の邪魔となった、このような妨害行為をした根拠を、答えて貰うぞデスピナ・コンスタントプロス!」
+ + +
デスピナが正義である根拠は、実を言えばそんなに無い。
わたしが突発的に行ったことに乗る形で、わたしが悪であると断じた。
その根幹部分をひっくり返せば、もう「戦うべき理由」が存在しない。
レイピアを振り回している、ただの危ない奴でしかない。
デスピナは、何度か呼吸していたが、
「……ここは、夜だ」
「そうだな」
ようやくのように言葉を絞り出した。
膨大に得ていた魔力は細くなっているはずだ。その寒さを体感しながらも余裕を崩さず、英雄を模した演技を続ける。
「そなたこそ、なぜ夜にこれを行う? やましいことがある証だ」
「表ではないからだ」
胸に手を当て、堂々と。
「裏生徒会が、万人の前に顔を出せるはずもない。この仮面もまたその現れだ。さて、言い訳にもならない言い訳はそこまでか?」
「これは、悪だ。この者は天に選ばれてはいない、ニセモノだ。吾が、吾こそがこの世界に認められた正義だ!」
あ、なんか勢いだけでひっくり返そうとしてる?
「裏生徒会がこのような有り様にしたのか? 否、この夜は天意だ。人知を越えたものがこの夜の訪れである! これは、言葉巧みに皆を騙す悪魔だ! 天が吾を、吾こそが真実であると認めている!」
デスピナがレイピアを掲げ、そこを光が照らした。
月明かりだ。
拡散して一帯を柔らかく照らす月光が収束し、ただの一人を際立たせるためのスポットライトとして差した。
あまりの光量に思わず腕でガードした。眩しすぎる。
「見よ! 天の光に怯んだ! すべてを謀るこの者こそが邪悪である!」
この夜会の主催がお前だからだろうがよ。
お前が操作してやった演出じゃねえか。
クソ、現実そっくりに光景を作れるんだから、この程度のことはできると予想するべきだった。さすがに甘く見すぎた。
「顔を隠し、名を隠し、あるかどうかもわからぬ権威を振りかざす! 学友よ、このような卑怯者ではなく、共に切磋琢磨した吾こそを信じよ!」
一番厄介なカードを切りやがった。そうだよ、どこまで行ってもわたしはポッと出の不審者だ。仮にも「クラスメイト」として知られているデスピナとでは、もともとの信用度が違う。
流れ込み、順調に回復していた魔力の流れがふたたび細くなる。
代わりに、光柱の中に立つデスピナへと魔力は盛大に流れ込む。
視界の端で「やっぱりデスピナ様が正しかったんだ!」と飛び上がって歓喜しているマリナ・メルクーリの姿もある。
そのデスピナはうつ向きに顔を隠しながらも小さくガッツポーズを取り、「これだよ、これぇ!」という歪んだ含み笑いをしている。
顔を上げたときには、そうした素振りを完全に覆い隠し。
「悪よ、滅せ!」
レイピアを縦に振る。
降り注ぐ光柱がそのまま追随し、わたしのいた一帯を消し飛ばした。
地面が蒸発した音を直ぐ側で聞く。
「クソッ!」
地面を滑るように移動し、回避できたのはギリギリだ。
衣服の端が焦げる、残存魔力が盛大に目減りする。
「天の光より逃れるは、やはり悪!」
「光線魔術の直撃を受けてから言えバーカッ!」
思わず素で返した。
「ハハハ、どうした裏生徒会執行部とやら、そのような話し方でなれるものなのか!」
「知るか!」
それでも、ある程度は拮抗している。
見た目としてのインパクトで向こうに力が向かっているが、疑念は晴れていない。
何人かの学院生が教室の様子を確かめ、血もなければ死体もないことを確認していた。
ただし、彼らの冷静さや思慮深さは、喝采には繋がらない。
理性的な活動は熱狂を覚ますもので、魔力供給源には至らない。
わたしへの喝采はなく、デスピナへの喝采は復活している。
天秤は傾く。
その身体に仄かな光を纏わせ、笑いながら剣を振る。
「さあ、次はどうしてくれよう、そなたの周囲を暗く禍々しいものとするか? それとも、吾に翼を生やし、さらなる天意を見せつけるか」
「お前、趣味が悪いって言われないか?」
「よく言われるが、それがどうした」
くそ、まだか。
そもそもわたしに不利すぎるんだよ、この夜会。
舞台上の演出権をすべて向こうが握っていて、わたしからはどうすることもできない。
演出権を持たない役者ができることなんて、限定されている。
デスピナが剣を掲げる。
険しくも凛々しく、だが、目元を狂喜に歪ませた姿は、決着をつけるための予備動作だ。
切っ先に、ひときわ強く光が集う。
その背後では、新聞部が設置したモニターが事態を映している。
「今度こそ、葬り尽くしてくれる――」
「やれるものならやってみろ」
「その減らず口も、ここで終いだ!」
デスピナが踏み込んだその瞬間、そのモニターが切り替わり、別の映像となった。
やけに暗い景色が表示される。
わたしの様子に何か気付いたのか、デスピナが凄まじい勢いで振り返り、モニターを見る。
その直感は、正しい。
正しいけれど、最後まで攻撃してたら決着ついていたかもな。
「な」
「違うな、デスピナ、お前こそが終わりだ」
大抵の英雄は、謀殺されるかスキャンダルで転落する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます