ep.44 この状況で、わたしにふさわしい役柄は?


空中で姿勢を制御し、どうにか屋根の端に着地しながらも理解する。

沸騰しそうな怒りの中でも、理解に至る部分もある。


これは、戦闘であって戦闘じゃない。

そんな真面目なものじゃない。


これは、ショーだ。


あるいは、人気取りの選挙と言ってもいい。

戦術も技術も関係ない、人々からの称賛と喝采を得れば強者となる。


そのために掲げるものは、「わかりやすい正義」が一番だ。

正しいと思えるテーマを叫び、実行する奴こそが力を得る。


人々は、正しさの代行者に対して声援を送る。

理性ではなく感情に、もっと言えば熱狂にこそ人は集う。


うん、たとえば――「学院内をうろつき学院生を殺して回る不審者をやっつけろ」とか、すごくわかりやすいよな?


「ク……が……」


長柄のトンカチを支えにどうにか立ち上がるけれど、もうノックアウトに近い。

直撃ですらない一撃を受けただけなのに。


遠く離れた位置では、デスピナが剣を構える。

貴人の前で行う剣礼(サリュー)のようだけれど、違う。


その目の奥には、獲物をいたぶる狂喜がある。


「悪よ、滅せよ!」


踏み込み、レイピアで突いて来た。

魔術のように鋭く、強く、それでいて細く直進する穿光を、どうにか弾いた。

両手ごと持って行かれそうになる。


「この――」


続く連撃が、それこそ豪雨のように続く。

デスピナからわたしへと、横に降り注ぐ雨だ。

当たれば濡れる代わりに血濡(ちまみ)れだ。


「くそが!」


ほとんど倒れ込むようにしながら避けた。

三角屋根であることが幸いした。

ずり落ちながら雨の範囲から逃れる。


掃射するように追いかけてくる連撃から逃れるべく、わたしは階下の窓から教室に入り込んだ。

上級生の教室。

まだ授業中だ。


しかし、上級生にとって武装した令嬢の乱入は慣れっこなのか、虫でも飛んできたかのような無感動で出迎える。

外では必殺の閃光の群れがまだ続いている。


逆に怖い。

この上級生ども、なんでこんなに平静なの?


わたしはペコリと頭を下げて、教室を駆け抜けた。

授業中の先生には「減点一だ」とポツリと言われた。

それだけで済むのが、この学院の流儀らしい。

先生も上級生も、どうかしてる。


廊下を走り、半端に開いていた窓から再び屋根へと上がる。

階下の令嬢たちの悲鳴のような声を背景にしながら、デスピナの足首を狙ってトンカチを送り込んだ。


「無為」


当たり前のように防がれた。

黒と白が衝突し、夜に火花が盛大に散る。


曲りなりにもこっちの全力攻撃を、「ちょっと遮りますよ」みたいに置いたレイピアで防御しきるな。


「大衆の支持は、もはやそなたには無い!」

「知るか!」


教本通りの動き。

それは別の言い方をすれば、学院生の誰もが知っている「かっこいい動き」でもある。

覗き見ていただけのわたしでは真似しようもない。

そもそも下水だと使いにくいんだよ、その動き。


デスピナは、浅く、薄く、わたしを嬲るかのように攻撃を続ける。

いつでも手足を斬り落とせるだろうに、こっちの苦しみを確かめるかのように。

ドSか、コイツ。


わたしがいくら防御をしても関係ない。

細いレイピアは切り裂き、攻撃を届かせる。

薔薇で作成した防具ですらも簡単に破損する。


「くふふ……」


正義っぽい顔を変えないまま、たまらないというような含み笑いを漏らす。


「その苦痛、その痛みこそが、そなたが得るべきものだ。残さず余さず受け取るがいい」

「ちょうど同じものをプレゼントするつもりだった、是非とも受け取れ」

「拒否する」


遠慮すんなよ。

そう思い、敵の攻撃をどうにか受け流しながらも、考えを巡らせる。


このままでは負けは確定だ。

仕切り直しですら難しい。今はデスピナの夜会に覆われている状況だ。


階下からは応援の声が変わらず聞こえる。

まるで野外演劇の、スターへの応援だ。

いくらなんでも騒ぎすぎだろ、ちょっとは上級生の泰然自若を見習え。


けど、そう、ここで必要なものは、喝采だ。

この熱こそが、魔力へと変換されて戦力となる。

人々の応援こそが力となる。


正直、とんでもなく相性の悪いテーマだ。

他人がどう思おうが、どう感じようが知ったことじゃないというのが、わたしの基本的なスタンスだ。


応援も罵倒も勝手にしろよ。

わたしはわたしのやりたいようにやるから、そっちもやりたいようにやればいい。


そう、わたしは割りと昔から、そういう部分を諦めていた。

鏡を見るたびに思い知らされる。

わたしがわたしである限り、熱狂は遠い出来事だ。

なら、最初から縁のないもの、関係ないものとして扱えばいい。


だから、わたしは――ここでも……


いや、違う。


「ふッ!」


一度、強く息を吐きながら、レイピアを弾き返す。

うまく距離を取れた格好だ。


眼前のデスピナは、ここからどう効果的にフィニッシュするかを悩んでいる。


そう、これは、ショーだ。

役割を演じ、観客を湧かせることが目的だ。

本当のわたしとか関係ない。


どう演じるかだけを考えればいい。

なら、この場、この状況で、わたしにふさわしい役柄は?


「ッ!」


直感的に気づき、わたしは攻撃を繰り出した。

後先を考えない全力を振り絞る。この後で一歩も動けなくなってもいいと放ったそれは、デスピナの防御ごと吹き飛ばした。


「な……」


屋根上から吹き飛ばした先には、何も無い。

ただの中空にまで行かせた。

わずかに見開いた目は、わたしがここまで反抗したことの驚きだ。


しかし、デスピナの足が、何かを踏んだのを見た。

魔力的な足がかりを作成し、それ以上の落下を止める。


魔力的な風が、その身体を包む。

跳躍し、戻るつもりだ。


「やらせるかよッ!」


そこへと向けて跳んだ。

追撃というよりも、ほとんど激突だ。


トンカチとレイピアが、耳障りな音を出した。

こちらの残存魔力は少なく、叩くというよりも押し付けるような形。不格好極まりない。


「そなた、何を――」

「落ちろッ!」


纏う黒色の魔力でおぶさるかのように荷重をかけた。

わたしへと来る魔力が、まるで地面へと引きずり込む手の群れのよう殺到する。


二人、錐揉みするように落ちる。


落ち行く先は、学院の前庭だ。

引き剥がそうとする動きを、その胸ぐらを掴むことで阻止する。

奥歯が砕けそうになるが、離さない。

落下しながらも、デスピナの混乱した顔を間近に見る。


「無様な!」


叫びながらデスピナが魔力を放出した。

地面へと向けて風属性魔力を噴出し、軟着陸する形で着いた。


「離れよ!」


続く一撃を避けるべく、わたしは半ば転がるように距離を取った。余波の風刃だけで肩が裂ける。


その刃が行く先で、いまだに新聞部が設置した大スクリーンが上映していた。

デスピナの険しい表情がそこに写る。


わたしは立ち上がり、指をさす。

堂々と、できる限り偉そうに。


「ハハハハ、貴様、その程度か!」


疲労困憊、魔力枯渇、もう一歩も動けませんという状態を隠しながら傲然と言う。

こちらは仮面があるため表情は見えないはずだ。

超つらい。


カメラが動いたのか、わたしの様子がモニターに出る。


「そなたは、いまさら世迷言を――」

「わたしは!」


言わせねえよ。


「わたしは裏生徒会の執行委員だ! デスピナ・コンスタントプロス、お前を処罰しに来た! その罪業の全てを受け入れろ!」


もちろん、そんな事実はない。

ただの下級職員でしかない。


だけど、これがショーだというのなら、与えられた役ではなく、わたしが望む役を演じてやる。



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