ep.43 「正義が世を征すは、理だ」

誰からも認められて褒め称えられる存在。

それがどういうものかは知らない。


けれど、少なくともデスピナの中でそれは「悪を叩き潰す英雄」として定義されているみたいだ。

夜闇の底、レイピアを構える姿が魔力光により浮かび上がる。

月明かりを上回るそれが、わたしだけを睨んでいる。


「よっと」


窓から天井の縁にトンカチをひっかけ、そのまま屋根へと躍り出た。

下の方では、学院生が窓から身を乗り出し、わたしたちのことを指差し騒いでいる。


対峙している二人――


片方は、顔を隠す仮面をつけて、長柄のトンカチを肩に乗せた、学院生を殺して回っていると有名になりつつある奴。

もう片方は、顔を晒してレイピアを構える、この学院最強と言われるもの、その姿を直接知る人は少ないけど、その名前だけは誰もが知る有名人。


どっちが英雄で、どっちが悪役か、そんなの一目瞭然だ。


「――」


デスピナは無表情のまま、けれど目の縁だけを歓喜に歪め、魔力量を増大させる。

屋根上から星々まで届かせんとするかのように膨れ上がる。

圧して生じた風がこちらにまで来る。


「よぉ」


一方のわたしもそれなりの魔力量を得る。

黒々わだかまるそれは悪意や嫉妬の現れかもしれない。この学院の屋根すべてを覆うかのように広がり続ける。


「理解したよ」

「何についてだ」

「お前、この状況を作りたかったんだな?」


わたしを放置し、有名にさせることで、その出現を効果的に演出した。

ピンチにようやく現れた、学院を脅かすものを打ち倒す正義の味方、そんな構図を作り出した。


即興的に作り上げた、わかりやすい勧善懲悪。

敵で悪なんだから、いくらでも貶めていいし叩いてもいい。


「趣味悪いな、お前?」


屋上の隅の方では新聞部たちが陣取り、撮影機材を構えている。

アマニアの寄越した部員だ。

自分が撮影できない代わりに、その配下にやらせた。


ただ、みんなが見える位置に大スクリーンを設置しリアルタイムで放映しているのは、なんかもうやり過ぎじゃないか?


顔を隠しといて良かったぁ。


「そなたは吾が敵、否、この学院の敵だ」

「知るか」


本当に知ったことじゃない。

わたしがすることは、徹頭徹尾変わることがない。


「盗人から形見を取り返す、それ以外にやるべきことはねえ。問題を難しくしているのはデスピナ、お前だ。お前が喝采を得るため周囲を巻き込んで、物事を複雑にしている」


レイピアを構える令嬢、その胸元にはペンダントが揺れている。

知らない奴からすればちょっとしたおしゃれだろうが、わたしからすればこれ以上ないほどの挑発だ。


夜空の下で、デスピナは光る柱のように神々しく立つ。

対するわたしは黒い怨念のように低く構える。


映像こそ伝達されているが、きっと声は他に届いていない。

だからこそ、デスピナは大きく息を吸い込み、学院生に伝えるべく叫ぶ。


「悪よ、滅びろ!!」


こちらに切っ先を突きつけ見栄を切る。


「盗人は、くたばれ!!!!」


反射的に叫び返し、突進する。


階下の誰もが息を呑む音を、たしかに聞いた。



 + + +



通常、わたしは全力を出すことがない。

主に戦っていた場所は下水道で、下手に破壊規模を大きくすれば生き埋めになる。


けど、だからといってできないわけじゃない。

トンカチの先端、口と呼ばれる部分に魔力を集結させながら、身体の各所にバフを送り込む。


薔薇(ロドン)を通じて流す魔力が、効果を発揮する。


振り上げ、踏み込み、振り下ろす。

一連の流れは最速だ。きっと今なら、アマニアの夜会の雷と同速になれる。


「ふ……」


だが、向こうは「それ以上」を見せつけた。

直前まで動いていなかったはずなのに、気づけばわたしは吹き飛ばされ、デスピナはレイピアを振り切った姿を取る。


っぶねぇ。

反射的に防御姿勢を取らなければ、今の一撃で沈んでいた。


見れば屋根上に、わたしが踏ん張り耐えた跡がある。

焦げ跡のような二本の線からは、薄く煙が漂う。


「やはり、吾に悪の手は届かぬ」


半端はダメだな。

それを理解する。


わたしは、呼吸する。

力を取り込む。


ただの「わたしの全力」ではなく、注ぎ込まれた怨念や恨みや怒りや嫉妬の、黒くわだかまる魔力を活用する。


鬱々と沸騰するそれらの思念を支配し、わたし自身の魔力へと変える。

それは――雷速を越えた。


「ふっ!」

「ッ!?」


ふたたび踏み込み、一撃を振り抜いた。

黒い軌跡を残しながら行き、側頭部をかすめながらデスピナの魔力を削り取る。

防御しようとする剣よりも速く動いた。


「届いたぜ?」


仮面越しでも、揶揄の表情はきっと伝わる。


デスピナは顔を激怒に赤く染め、ツバを吐き出すように叫んだ。


「悪が反抗していいと思っているのか!」

「悪が反抗しなきゃ誰がやるんだ?」


奇声を上げながら振られたデスピナの一撃は、屋根を大きく引き裂いた。



 + + +



戦いは互角のままに続いた。

続いてしまっていた。


「よっ」

「避けることを許可しないっ!」

「それ、お前に喝采を送るような奴に言えよ。わたしに言ってどうすんだ?」


デスピナの魔力は隔絶している。

それこそ、この学院の誰よりも強い。


けれど、いまだ慣れていない。

きちんと運用できていない。


それでもデスピナが無敗でいられたのは、魔力余波で打倒できたからだ。

敵に剣を当てるのではなく、敵の近くで素振りをするだけで勝てた。


しかしそれは、同レベルにまでバフがかけられた人間に対しては、ダメージにならない。

微風が先程からビュンビュンと吹いている。


「デスピナ、何をどう言ったところで、今のお前が弱いことに変わりはない」


学院で習い覚えた教科書通りの動きは、先読みがしやすい。

殴る蹴るを織り交ぜた攻撃はもちろん、目潰しや頭突き、階下で応援している学院生を狙うフリをしたフェイントなどの、わたしの攻撃に対処ができない。


「英雄やるのも大変だな?」


皆に喝采を浴びる存在だからこそ、卑怯な戦いはできない。

誰もが望む形で勝利しなければ、いちゃもんをつける奴が出る。


多くの人からの注目、その期待に応えることで上がる力は、観衆の望むままの動きをしなければならない、ってことでもある。


「今からでも悪役を目指したほうがいいんじゃないか?」


その方がきっと自由にやれる。

わたしが頭突きを食らわせたとき、一瞬だけれど羨ましそうな顔をしたことを見逃してない。


割りと心からの忠告だったけれど、返事は盛大な歯ぎしりだった。ギィうぃィィ――と人間では不可能な音を軋ませる。

たぶん、階下の学院生からすれば、わたしが出した声って扱いだ。


「否」

「なにだがよ」

「英雄とは、不利を踏破した上で到達する者だ」

「そうか、がんばれ」


わたしが言えたことじゃないけどな。

見栄を切るように高くトンカチを構え――


「――」


声が聞こえた。

かすかな、わずかな呼びかけの声だ。


わたしとデスピナは、反射的に顔をそちらへと向いた。

戦いの最中に敵から視線を切るのは言語道断。


だけど、そんなことを言っていられない。

それほど嫌な予感が背筋を伝う。


反面、デスピナの顔は歓喜に彩られる。

待ち望んでいたものが、ようやく到来したことを歓迎する表情だ。


両手を拡声器代わりに、必死に呼びかけているのは、この学院でも割りと有名な人だ。

名前はたしかマリナ。

マリナ・メルクーリ。

朗らかで誰からも愛される、まるで物語のヒロインみたいな人だ。


その彼女が、必死に呼びかけていた、「デスピナ様、そんな奴に負けないで!」と。

続いて、「その人が友達を人形にして壊したッ」とも続けた。

誤解です。


心からの応援は、伝わる。

周囲にまで、その熱は伝播する。

どこかしらあった遠慮が、それで吹き飛ぶ。


呼応するように、周囲の応援に力が入る。

不可逆的に、うねるように放射状に声の強さが増す、それは――


「得たり」


デスピナの力となる。

吹き荒れる風をまとめるように拳を握る。


テメエその顔ぜったいに応援してる奴らに見せられねえだろというツラで笑い、デスピナは更に強く拳を握った。空間そのものが悲鳴を上げ、内在する力を知らせる。


「これを――この喝采こそを、吾は欲した」

「ピンチになったらパワーアップとかズルだろ!!」

「否」


全身から、先程までとは桁違いの圧力を放射しながら。


「正義が世を征すは、理だ」

「少しは矛盾を感じろよ、お前がやってることマッチポンプじゃねえか!」


盗んだのもコイツなら、学院生を人形にしたのもコイツだ。

この夜景ですらもやったのはデスピナだ。


けれど、ニセ英雄は手を広げて嘲笑う。


「大衆が、学院の誰もが、吾こそが正義であると認めている! 逆らうそなたこそが悪だ!」


傲然と言い、レイピアを横に振る。


それが当たることはなかったが、余波だけでわたしを吹き飛ばした。

踏ん張ることもできず錐揉みする。


学院生の誰もが喝采を上げた。


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