ep.40 けれど、今はそのヤバさが良くわかる。

敵であるデスピナがどう出るかわからない以上、こちらも迂闊な行動は取れない。

向こうには「学院最高の優等生」という評判がある。

その評判は、実は中身が先生かなんかじゃないかとすら噂されるレベルだ。


アドバンテージを崩すには、それなりにインパクトのあるスキャンダルがいる。


こういうときの常套手段。でっち上げによる評判落としも――


「新聞部の連中も一部は取り込まれてたよなぁ」


少しばかり難しい。


宣戦布告の夜会に、当たり前のような顔をして向こうにいた。

下手をすれば逆スキャンダルが発生する。

こっちは「わたしの正体」という特大の傷を抱えている。


わたしの評判がどうなろうと知ったことじゃないが、アマニアについて知られれば、校内新聞の情報価値が急落する。

ストーカーの書く特ダネを信じるやつはいない。


「向こうは色々やれるのに、こっちは選択肢がほとんどない」


敵は有利で味方は不利。

うん、結局はいつも通りで何も変わらない。


わたしは屋根裏を掃除しながら頷く。

屋根を支えるような木組みが縦横無尽に張り巡らされている。


密閉されてはいるものの、日中であれば薄暗い程度だ。

あまり音を出さないよう、わたしは雑巾片手に清掃していた。


ここにネズミの類は侵入していない。

見つけ次第、全力で狩っているから糞の類もありはしない。


もっと気合を入れて清掃すれば、こっちを住居にしてもいいくらいだ。

空気の通りは悪いけど、広々とした空間は魅力だ。屋根の低さも、わたしであれば苦にならない。


ちなみに、カリスとアマニアの二人は、今朝には出ていき、今は授業を受けている。

保存してあった食料を朝食代わりに食っていったことは許しがたいけど、仕方なくもある。腹が減っては戦ができない。


学院と下級職員用の寮は別棟ではあるものの、屋根裏は連結されているから、そのまますぐに教室に向かうことができた。


なんかカリスが「……ここでなら、限界まで寝ていられるわね」とか言っていたけど、その意味と意図は理解したくない。横で重々しく、決意を込めて頷いていたアマニアのことも。


汚部屋製造機とストーカーに挟まれた暮らしとか勘弁して欲しい。


「ふむん……」


清掃を一通り終えた屋根裏。

空間を埋めるかのように木組みが渡り、下からは授業の声がしている。


「いつも掃除しているから、この屋根裏を「わたしの支配下にある」と認識できたのかな」


そんなことも思う。「ここはわたしの場所だ」と確信していたからこそ、広大な夜会を開くことができた。


毎日繰り返してたこの清掃作業も、案外、無駄ではなかったのかもしれない。


「カリスの部屋を掃除すれば、そこもわたしのだって認識になるのか?」


独り言のように言うけど、すぐに無理だと気づく。

隅から隅まで清掃しても、翌月には元通りに戻っている。

その様子がありありと想像できた。


恐るべきはカリスの汚部屋力。

ちょっとやそっとじゃ攻略できないし、そもそも攻略したくない。


「ん?」


床にはいくつかのズレや穴がある。

授業内容が良く聞こえるから、別にいいかと放置しているものだけど、そこから覗き見えるものがある。


「……」


それは、以前のわたしであれば放置していたものだ。

あるいは、まったく気づかずにいたかもしれない。


「どうしよ……」


けれど、今はそのヤバさが良くわかる。



 + + +



学院には、当たり前だけど先生がいる。

階級としては下級職員より上、それどころか上級職員よりも上だ。


わたしたち全員に命令できる立場にある。


けど、滅多に関わることがない。

良くも悪くも彼らはプロフェッショナルで、余計な介入や指導をしない。


自分たちの領分を心得て、そこからはみ出すことがない。

だからこそ、学院生は好き勝手に夜会を開ける。


学院の一部が破損しても、補修を命じるだけで犯人探しをしないし、罪に問うこともない。


まじで助かる。

あと、補修してくれた下級職員たちに、後でお礼をしとかないと。


「失礼します」

「ふむ」


だからこそ、授業を終えたその先生に声をかけることに、ひどく緊張した。

周囲には、まだ授業を終えたばかりの学院生がいる。

談笑したり、パタパタと胸元に風を送り込んだり、そそくさとお花を数人で摘みにく。


次の授業の準備もあるだろうに、その先生――たしかエウフロシネという名前のその人は、メガネの奥の冷静を変えずに振り向いた。


「たしか、クレオ・ストラウス君だったかな、何か用かね」


……なんで下級職員の名前までフルネームで憶えてるんだ、この人。

完全に出鼻をくじかれた感がある。


「夜会(オルギア)について、質問があります」

「それは本来、学院生の手によってのみ運営が行われるものだが?」

「この学校の規則に反していないかについて、聞きたいのです」


エウフロシネさんはパチパチとまばたきしていたが。


「なるほど」


得心したように笑った。ニンマリと。


「推測だが、聞きたいことは夜会(オルギア)の範囲について、また、どの程度まで我々教職員が介入するかについてかね?」

「その通りです」


わたしは頷き、真剣に問う。


「夜会というものは、学院生たちが夜に行うものではないのですか?」

「違う。夜会とは夜会だ。夜と名前がついているものの、それは魔術的な儀式であり、狂乱的騒ぎを指す名称だ」

「そして、先生方や学院は、その夜会に介入しない、そういうことですか?」

「その通り」


良い質問をした生徒を褒めるかのように、嬉しそうに手を広げる。


「たとえ死亡しようとも行方不明になろうとも、あるいは、どこかで倒れ伏して授業に参加できなくなったとしても、それが夜会に由来するものであれば、我々がとやかく言うことはない。まあ――」


下級職員であるわたしに、ささやきかけるように顔を近づけ。


「この問題を解決してくれるのであれば、助かることも事実だがね」

「丸投げしすぎでは」

「この学院のスタンスだ、一教員にはいかんともしがたい」


だからって、わたしの行動を見過ごすのもどうなんだ、という気もするが。


「……わかりました」

「よろしく頼むよ」

「ご教授、ありがとうございます」

「構わんとも」


上機嫌で離れてゆくその背中を見送り、わたしは教室に入る。


教室は、左右に机が並び、中央の開いた空間を先生が歩いて授業を行う形式だ。

座って眺められるファッションショーみたいだとか誰かが言っていたけど、意味はよくわからない。


教室と廊下の間には扉もないため、わたしは気軽に侵入できた。


「貴女……」


何人かと談笑していたカリスが目を見開いた。

他の学院生も、突然の闖入者に「なんだコイツ」という目を向ける。


普段、ここに下級職員が入ることはない。

まして、目つきの悪いそばかすだらけの奴だ。場違いにもほどがある。多くの恒星が輝く中にネズミが紛れ込んだようなものだ。


アマニアが熱心に髪を梳いてくれても、その格差は変わりない。


けど、気にせずズカズカと大股で歩き、手元に魔術で長柄のトンカチを作成する。

ある程度は魔力が回復した、人形(コーキィア)状態じゃなくても作れる。


凶器の出現に、ざわりと周囲がざわめく。

指をさして、わたしの行動に疑義を投げかける。


アマニアが急ブレーキをかけながら教室入口に到着する。

どうやって気づいた。

足を伸ばして減速をしつつ、手にはカメラを構えていた。わたしのことを撮っている。


「あの、失礼?」

「フンっ!」


どこか不安そうに胸に手を当て言う、見知らぬ貴族令嬢。

その頭を、わたしが振り抜いたトンカチは見事に粉砕した。


ぱぁん、といい音を立てて跡形もなく砕け散る。右頭頂骨から前頭骨にかけて消し飛ばした。


「なにしているのよっ!?」


カリスは机を飛び越えながら叫び、アマニアは無言で撮り続け、周囲から狂乱にも似た絶叫が聞こえた。

わたしはトンカチを振り切った姿勢のまま、倒れ伏したそれを指差す。


「落ち着け、ちゃんと見ろ」


カリスに首根っこを掴まれ、ガクガクと揺らされながらも言う。


「はあ!? 貴女ねえ、こんなマネをして――」

「人形(コーキィア)だ」

「は……?」


わたしが壊したばかりのそれは、一滴の血も出ていない。

断面には陶器のような質感だけがある。真っ白なそれは、ちょうど同質量の中身の詰まったものを壊したような状態だ。


「え、嘘……」

「現実をちゃんと見ろよ」

「なんで!?」

「決まってんだろ」


わたしの行動に恐れおののいて逃げ出す多数の貴族令嬢。

けれど、表情を完全に消してこちらを見つめるのもいる。わたしの行動をスイッチに、本来の様子を取り戻したかのように。


「わたしたちは、まだデスピナの夜会(オルギア)の中にいるんだよ」



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