ep.39 「今ひとつインパクトに欠けます」
「貴女ねぇ」
夜会から戻ってもそのまま寮にゆかず、なんとなくのようにまたわたしの部屋へと集まった。ひょっとしたら、怖かったのかもしれない。目の前で確認したデスピナは、たしかに学院最強と言われるだけのことはある。ちょっと真正面からじゃ戦いようがない。
「他の人に喧嘩を売らなきゃいけないような生物なの?」
「誤解だ、そんな戦闘狂じゃない」
ただ話の流れで自然とそうなっただけだ。
「あと、支配って何?」
「そのままの意味だ」
「なに、そういう目で見てたわけ?」
カリスはどこか不愉快そうだ。
「どういう目だよ」
「貴女が支配する対象としてこっちのことを見てたのか って話よ」
「なんで?」
かなり不思議なことを言われた。
「へ?」
「わたしは、支配したいものを支配する」
「だからそれって……」
「カリス、わたしは割りとお前のこと好きだぞ」
「なによいきなり」
「だから、お前を損なうようなことはしない」
他の夜は知らない。
だけど、わたしの夜はそうだ。
「わたしはわたしを支配する」
薔薇による偽装を解き、一本の薔薇へと戻す。
「この面倒で使いづらいことこの上ないわたしを、どうにか支配する。あのときに思い浮かんだのは、そういう宣言だ」
ぶさいく顔に戻りながら、カリスに向けてまっすぐ言う。
「カリス、お前は金銭で支配を広げる奴だ」
「な、なによ、悪いのかしら」
「その支配のあり方を、わたしは認める。それの邪魔はしない。お前が好きっていうのは、そういうことだ」
カリスは腕を組み、難しい顔をしていた。
「認められた、ってことでいいのかしら? なんだか上から目線で嫌なのだけれど」
「悪いな、支配者目線で」
「いつか貴女を買い取ってやるわ」
「やってみろ」
隙あればそうできる関係性の方が、わたしは好ましい。
「アマニア」
「はい」
「お前は、どっちだ?」
問題はこちらだ。
場合によってはデスピナよりも厄介だ。
「お前、わたしのことを支配したがってないか?」
わたしのことを観察し、本にする。
そこまではいい。
だが、そこから更に踏み込んで、思う通りの「クレオ・ストラウス」にしようとしている節がある。
アマニアが望む通りの主人公、誰かの理想通り、そんなのはお断りだ。窮屈なことこの上ない。
「いいえ。ですが、結果的にはその通りです」
「どういうことだよ……」
「それは、ぼくのことを支配するほどに、ぼくを良いように使うほどに深まる類のものです」
腕組みするわたしに対し、アマニアは、硬質の瞳を変えず、淡々と続ける。
「ぼくはあなたの言うことを全て聞く。それが君の活躍に取って必要ならば、骨を惜しまず協力します」
従者のような態度だけど、奥には欲望が滲んでいた。
「ぼくのことを便利に使えば使うほど、ぼくのことが手放せなくなる。それは、ぼくの影響力が強くなることと同義です」
瞳の硬さを変えず、口の端だけを持ち上げる笑顔をつくり。
「問いかけたいのは、むしろぼくだ。クレオ、あなたはぼくの支配に抗えますか?」
「呪いの魔剣かなにかかお前は」
カリスとは異なる支配のあり方だ。
物理的な金銭ではなく、精神的な依存を目指している。
「クソ厄介だな、お前ら」
「今更です」
「それはむしろ褒め言葉ね」
わたしの周囲にいるのは、こういう奴らだ。
改めて認識すると、最初から出会ったときとあまり変わらないままかもしれない。
思ったよりも、悪くない。
つい緩んでしまう口元を引き締め、わたしは指をふる。
「あとは、あれだな」
「どれよ」
「デスピナのことですか?」
「ああ」
改めて思い返すと。
「ああいう奴だとは思わなかった」
「そうね」
「ぼくも意外です」
アマニアは肩をすくめた。
「そして、これを新聞記事にできそうにはありません」
「どうしてだ?」
「これまでのアマニア評と、あまりにズレているからです。人は読みたいものを読みたがります。書いたところで、むしろぼくらが盛大に叩かれることになるでしょう」
デスピナと戦い、敗北した者も多い。
彼らはデスピナが「完璧な学院生」だったからこそ受け入れた。
実は褒められたいだけの、それだけを求める奴だったと言われても信じることはない。
「それに、スキャンダルとしても、今ひとつインパクトに欠けます」
実はデスピナが連続殺人鬼だった、ならインパクトがあるが。
実はデスピナはみんなから褒められたい子だった、と言われても微妙な顔になる人が大半だ。
関わった人からは叩かれて、関わっていない人には「へー」とだけ言われる、そういう情報だ。
「それを承知の上で、開示したんだろうな」
「戦うこと自体は書く予定です」
「宣戦布告について?」
「はい」
そっちは「みんなが知りたがる情報」であるらしい。
「……どちらが勝つか、賭場を開いてもいいかもしれないわね」
「やってもいいけど、お前自身はわたしが負ける方に賭けるなよ?」
「どうしてよ」
「思いっきり妨害できる立場だろうが」
「……!」
「その手があったか!? みたいな顔すんなよ! マジで賭けるなよ!?」
「じょ、冗談よ、冗談」
八割以上本気にしか見えなかった。付き合いを少し考えたほうがいいのかもしれない。
「まあ、だけど、向こうのやろうとしてることが、少しはわかったな」
「そう?」
「ええ、わずかですが」
カリスはむっとした顔をした。
「なによ、また仲間ハズレ?」
「わたしだって完全にわかってるわけじゃないよ、けど、宣言してたよな」
わたしの記憶を肯定するように、アマニアが頷いた。
「ええ、デスピナは言っていました、喝采こそが力であると」
「それがどうしたの?」
わたしは支配する。なによりもわたし自身を。
他を脅かさず、そのままの形で。
ちょうど、屋根裏で他とつながる夜会を開いたように。
同じように、デスピナは喝采を望む。
褒めて湛えられ、良きものだと認識されるほどに力が増す。
学院生離れどころか人間離れした魔力量の源は、きっとそこだ。
彼女は、夜会でその能力を上げている。
「人々からの喝采、それがデスピナの実力を底上げしている」
喝采を、魔力に変える。
それは恐ろしいほど膨大で、ちょっと敵いそうにない。
必然的に、いかにしてデスピナから喝采を奪い取るかという戦いになるはずだ。
幸いなことに、情報系の夜会の主催者はこちらにいる。
そこまで無謀な争いでもない。
「……ねえ、評判を魔力化するようなことって、本当に可能なの?」
「さあな」
「貴女ねえ」
「実際にそうとしか言えない」
仮に違っていたとしたら――
素であれだけの魔力量を保持していたとしたら、勝ちようがない。
その時は素直に白旗を上げるだけだ。
下級職員なんだから、いくらでも頭なんて下げられる。
カリスは腕組して難しい顔を続けた。
「けど、本当に……」
「なんだよ」
「こちらの勝ち目、とても薄くないかしら?」
「今更の話だな」
カリスとの戦いの時点で割りと無謀だ。
いまさら大した違いはない。
「どうしてこうなったのかしら」
「お前が、強引にネックレスを奪ったからだな」
「そういえば、そうだったわね、今更だけれど強引すぎたわ、ごめんなさい」
そういえば、ちゃんと謝罪されたことって、なかったのかもしれない。
カリスがって話じゃなくて、下級職員であるわたしに、令嬢からちゃんと頭を下げて謝罪された経験がない。
「まあ、いいよ」
だから、面映ゆい気分でそう返すのやっとだ。
「あ、照れてるわね」
「言うな」
「ぼくはカリスに感謝しています」
「なんでだよ」
「どうして?」
「再会の機会をくれました」
わたしをまっすぐ見つめながらの言葉だ。
その目の奥には「もう二度と逃さない」と書いてある。
「……カリス、恨むぞ」
「そうね、改めて謝罪するわ」
「なぜ?」
その日は就寝時間をいつの間にか過ぎたために、結局は三人で固まって眠ることにした。
この時間に寮を歩けば、鬼よりも怖いと言われる寮母に折檻されるからだ。
「狭いわよ」
「もともと一人用だ」
「見た目は悪いのに、どうしてこんなにふかふかなのよ」
「リリさんが用意したものだからな」
「……あの人、何者なの?」
「わたしも知らね」
「すぅ……すぅぅぅ……」
「そこのアマニアはなに人の髪の毛の臭いをかぎまくってんだ?」
「執筆に必要な情報です」
「え、本にニオイって必要なものなの? 使っている香水の種類とかじゃなくて?」
「ええ」
「迷いなく頷かれちまうと、なんか本当にそうじゃないかって思えるのな」
「貴女も存外、流されやすいタイプよね」
まあ、そんな会話をした。
気づけばベッドの幅が広がり、途中からはよく眠ることができた。
それでもひっつきたがるアマニアのことは蹴っておいた。
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