ep.38 「そなたは、なにを求める」
挑戦に対して挑戦を返したわたしに向け、デスピナは目を細めた。
笑いではない、肉食獣めいた獲物を狙う動作だ。
「愚か者め」
「どこがだ?」
心当たりが多すぎる。
「そなたは、なにを求める」
「は?」
「クレオ・ストラウスの望みは、一体どこにある?」
なにを言ってんだと迷う合間にも、デスピナはわたしにつきつけた指を横にズラし。
「カリス・ペルサキスは金銭を求めた」
突然言い出した。
横のカリスは「ひへ?」とまばたきしている。
「それは、大望だ。世界を変えることを望んでいる」
「そうだな」
その点だけは偽り無く尊敬している。
現実の戦争を経済戦争へと変える努力だ。
「アマニア・アンドレウは理想を希求する」
わたしを見る目は鋭さを増していた。
黒い眼球がわたしを見据える。
わたしの隣にいたアマニアは、一瞬だけデスピナを見た。珍しい。
「本の世界こそを理想と見る、すべてを注ぎ込む。理解できない、だが、その熱意ばかりは認めざるを得ない」
時間を越えようとする努力だ。
永続するものを見ようとしている、対象なのがわたしなのは本当にいいのかな、とは思うけど。
「翻(ひるがえ)り、そなたは、どうだ」
視線の奥底には侮蔑にも似たものがある。
唾棄すべきものだと見ている。
「何も無い。大望もなければ熱意もない、吾のような欲望すら皆無」
「欲望?」
「諾」
彼女は胸に手を当て、朗読するかのように見上げる。
「より広く、より多く、より高く、喝采を。それこそが吾が夢、吾がすべて! 同輩では不足だ、先達でも足りない、領主からの、王族からの、神々から褒め湛えられる、世界すべてから称賛される! それこそが吾が望み!」
その姿勢に嘘はない。
心からそう望んでいるとわかる。
「隠れ潜む権力者、誰からも嫌われる独裁者、嫉妬の視線に塗れる富豪、それらは真に輝くものか? 否、確実に否と言える。それは力を持つただの個人だ」
瞳孔が開いている。
その先になにかを見ている。
「誰も知らぬ、だが、誰もが思い描く理想がある。一点の曇りもなく、全てから褒め称えられる、未だ現れぬそれに、吾は至る、そう決めた、そう決意したのだ」
胸に当てた手を支点とするように身体を折り曲げ、わたしを見下ろす。
そこに無限の悪意を滲ませながら。
「翻り、そなたは? 吾の道行きを邪魔する道理がどこにあるというのか。無いのだ、ありはしない、あるわけがない。中身など無い者が、この戦いに割り入ることができると、本当に思っているのか? それは不遜すぎると、そなた自身思わぬか?」
「……」
「わかるか? そなたはそもそも戦う場にいないのだ。立ち入れる想いがない。熱に欠けている。世を変える意思を持たず、己自身にしか興味がない。閉じたものは閉じたまま、内向きに果てるがいい」
「なあ」
「なんだ」
「ビビってんならそう言えよ」
「……なに?」
くだらねえことをグダグダと言うな。
大望?
熱意?
欲望?
知るか。
「わたしに介入して欲しくないんだろ? 姑息な手ぇ使いやがって」
言っちゃ悪いが、もしカリスがわたしと同じ位置にいたとしたら、コイツはきっと無視する。
確実に勝てるし、負ける要素は無いと判断する。
わたし相手だから、こんな演説をぶちまけた。
「真正面からぶつかったら負けるかも知れない。だから、言葉で騙して負けを認めさせる。テメエがやってるのはそういう卑怯で姑息なやり口だ。反吐が出る」
人形(コーキィア)の外装でいることを少し後悔する。
上手く侮蔑を表現できない。
「なによりもだ、勝手に決めるな」
「……なにをだ」
「親の形見を奪ったテメエに対する怒りを、勝手に低く見てんじゃねえぞ」
理想を言えば盗難も無断使用も見下した態度も許される?
大望と熱意が素晴らしすぎて、勝手にこっちが平服する?
そんなわけがねえだろうが。
「テメエは盗人だ。盗むことを正当化する屑だ」
国王だろうが大司教だろうが神様だろうが、罪を犯せば犯罪者だ。
「理屈と言葉で人を欺くことしかできねえ、その薄っぺらいメッキを剥がしてやるよ」
「……空っぽの人形が、なにをほざく」
「支配する」
その言葉は勝手に口から出た。
あるいは、もっとふさわしい言葉があるのかもしれないと思いながらも、宣言する。
「わたしという夜において、支配こそが力だ」
夜会を開くかのように口にする。
世をあまねく支配するものがあると信じる。
デスピナは、その言葉を咀嚼するように沈黙し、やがては強く頷いた。
「理解した」
ふたたび胸に手を置き、わたしを見つめ、
「吾という夜において、喝采こそが力となる」
それを宣言した。
広がり影響を与えるものがある。
意思が、敷くべきルールが、そこにある。
そして、この二つの夜は決して並び立つことがない。
睨み合う数秒間。
二つの、人形の形をした夜が向き合う。
「……ここは、宣戦布告のために開いた夜会だ」
「ああ、そうだったな」
戦いを開始する場ではない。
互いにそれを認めた。
ただ、決して相容れない敵であることだけを認識した。
「またな」
「ああ」
意外なくらい平和に、夜会を後にした。
視線は合うことはないが、その存在を意識する。
次に目が合うときは勝敗を決めるときだと、互いに確信しながら。
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