ep.37 「吾には欲するものがある」
夜会(オルギア)とはなにか、人形(コーキィア)とはなにか、そうしたことについて、詳しくはまだ知らない。
ただ、それらはどちらも「花を元に作られた」ものだ。
だったら、与えられた薔薇(ロドン)を元に人形だって作れるんじゃないか。
そう考え、薔薇を元に夜会を作り出すように、薔薇を元に人形を作り出した。
それを現実のわたしに被せるように構築した。
背丈そのものはちびなまんまだ。外面だけが異なる姿をしている。
まあ、ちょっとした化粧みたいなものだ。
色を塗る代わりに魔力を纏うことで望む外見を作り出した。
割と魔力を消費するから普段使いは難しそうだけど、手間暇や時間を考えるとすごく便利だ。
「……歓迎する」
デスピナは短く言う。声はとても平坦で、「向かい入れる」って気持ちは微塵も感じられない。
「お招きに預かり光栄だ」
わざわざフードをかぶって来たのは、向こうの出方を伺うためだ。
どうやら、こちらについていくらか知っている様子だ、その上で、どう出るかを見たかった。
これでわかったことは多い。
――デスピナは、わたしが薔薇を得たことを知らなかった。
全部を知ってますよみたいな雰囲気を醸し出してたけど、そうじゃない。
向こうが得ている情報は最新じゃない。半日から一日くらいの情報のラグがある。
――だから、カリスとアマニアが内通してたって可能性は、割と潰れる。
伝えられるの時間はあったはずだし、なんだったらこの場で身振りで示唆することだってできたはずだ。
けど、そういう様子はなかった、情報源は二人からじゃない。
――そして、デスピナは、わたしを貶めたがっている。
上手く表情を隠したつもりだろうけど、伝わるものは伝わる。
わたしの素顔を知ったその上で、衆目に晒してやろうとする下衆が滲んでいた。
「カリス、アマニア」
「なによ」
「はい」
盤面は、単純だ。
ここは敵地で。
「二人がいて助かる」
味方は二人だけだ。
+ + +
夜会は滞りなく進む。
立食形式ということもあり、さほど肩ひじ張らないでいい。
テーブルにあるのは果実をシロップで煮たグリコクタリウーや、コーンスターチを冷やし固めたルクミ。
あとは、ナッツ類をパイ生地で挟んだパクラヴァまである、これはこの世でもっとも甘いと評判だ。
薔薇を元にした人形作成は、夜会のそれと違い魔力を消費する。
是非とも回復が必要だ。
遠慮なしにそれらをつまむ。どれもこれも「甘さ控えめ」って概念はなく、舌が溶けそうなほど甘い。
カリスからは、ちゃんと口元を隠して食べるよう指導された。
はぁい。面倒だなぁ。
多少のトラブルはありつつも、平和に進む。
けれど、だからこそ不審なこともある。
「結局、なんでわたしたちって呼ばれたんだ?」
「知らないわよ、どっちにしても貴女目当てなんでしょうよ」
カリスは、わたしに世話を焼きながらもぶんむくれていた。
たしかにデスピナは、彼女を一瞥することすらなかった。その視線は常にわたしだけを見ていた。
「やはり、過去になにかしたんじゃないですか?」
「アマニア、自分が経験したことは他のやつも経験してるはずだって思いすぎだ」
「だって、クレオなんですよ?」
だからなんだよ。
カリスも「わからんでもない」みたいな顔すんな。
「わたしのフードを取りたかっただけなのか?」
指でちょんちょんと指す。
「ずっとその姿でいてください」
「やだよ、疲れる」
「でも、便利よね」
お前が正装するのにかかる時間とか苦労とか知らんし。
わたしは粘着質なカリスの視線を剥がすように、周囲を見渡した。
それぞれの令嬢が、思い思いの姿で談笑していた。
わたし一人だったら、ものすごく気まずかったんだろうなと思う。
「そういえば、夜会の開催の宣言とかってしないのか?」
アマニアのときはわからないが、カリスのときは明確に宣言していたはずだ。
「魔力交換を行う際には必要だけれど、ただ夜会を開くだけならいらないわ。貴女が夜会を開いたときも、ただ念じるだけだったでしょう?」
「そういやそうか」
バトルや争いのない夜会は初めてだ。
夜会とは、最低でも三人くらいはぶっ飛ばして壁の花にしないと終わらないものではなかったらしい。
「――」
わたしは周囲の様子をさらに詳しく観察する。
そんなわたしをアマニアが間近から見ている。邪魔なので押しのける。
「……ああ、なるほど」
「何に気づいたんです?」
わたしの手で顔を歪ませられながらも、アマニアは気にした様子もなく聞いて来る。
「わたしのこれ、完全にバレてんな」
「どういう意味よ?」
「何人か、いる」
ちょっと見たくらいじゃわからなかったけれど、よくよく観察すれば気づく。
「わたしがやってる薔薇を使った人形(コーキィア)の偽装を、同じくやってる奴らがいる」
「それって……」
「ああ、これを使って「入れ替わり」をやったんだろうな」
ひょっとしたら違うんじゃないか、別の奴が犯人じゃないかという疑念が、これで完全に払拭された。
こんな手段を取る奴を、他の夜会では見たことがない。
二人のだけじゃない、わたしが覗き見た別の夜会でも、この「化粧」をやっていた奴はいない。
「面白いな」
思わず笑う。
わたしが必死になってようやく考えついたことを、コイツらは当たり前のような顔で実行した。
「気に入ったか?」
声がかけられた。
デスピナだ。
気配を消して接近されたため、まるで気づかずにいた。
それはわたしだけじゃなかったのか、カリスは「何いってんだか」という表情のままギギギと顔を向け、アマニアはわたしから目を離さない。
「ああ、思わぬ発見があった」
「それは僥倖」
通常、夜会を主催者は配下を引き連れるものだ。
視覚的にも物理的にも、人数は圧力になる。
けれどデスピナは、ただ一人だけで「威圧」を生じた。
カリスあたりが百人を引き連れても拮抗しない。
「わたしがこの夜会に呼ばれた理由を訊いていいか?」
「無論」
頷き、わたしをわずかに見下ろす。
背丈としては向こうの方が高い。
「挑戦だ」
「……は?」
何いってんだこいつ?
「デスピナ・コンスタントプロスは、クレオ・ストラウスに挑戦する。その宣告がために、この夜会を開催した」
いつの間にか、談笑の声が止まる。
当たり前の、気楽な夜会がその色を変える。
漆黒の髪の、黒々とした瞳、その背後の無言のままわたしたちを見る令嬢たち。
カリスはもちろん、アマニアですらも警戒の体勢を取る。
「理由は? わたしがお前に戦いを挑むのなら、わかる。お前がその理由を作った」
「諾」
「その逆となると、意味がわからない。どうしてわたしを格上扱いしてんだ?」
「褒められたいからだ」
「そうか、なるほど――――は?」
一瞬納得しそうになったけど、納得できないどころの騒ぎじゃない。
「いや、褒められるってなんだよ。というか、お前はなにもかも手にしているはずだ、わたしなんざ敵ですらない」
「吾(われ)よりも、目立った」
「は?」
「近頃、話題として登るのはそなただ。吾ではない」
やばい、根本的に理解できない。
なんだ、目立つやつは敵みたいな理屈か?
「吾には欲するものがある」
「な、なんだよ」
「喝采だ」
冗談を言っている風じゃない。
本気だ。
本気でデスピナは「みんなから褒められたいし、喝采を浴びたい」と希求している。
両手を広げた様子に偽りは微塵もない。
「吾はそれを求めた、求め続けた」
「そ、そうか」
「以前は身近な者たちの喝采だけで満たされた。もっとも幸福な時代であったと思う。しかし、より広くより高い喝采を――学院生からの喝采を欲した。これは、いくかは得られた」
だったらわたしのもやるよ。
「そして、それですら今や不足となった」
「……誰の喝采が、欲しいんだ?」
「上級職員及び上位階層者」
教職員の中でも上位者と、爵位持ちの貴族か?
「そなたは、彼らの話題に上がっている」
「そこまでのことはしてないはずだ」
「否」
硬いものが擦れる音がした。
少し遅れて、それがデスピナの歯ぎしりだと気づく。
「そなたの正体からすれば、十分すぎるほどの価値がある」
んん……?
別に、わたしよりも優秀なやつはいくらでもいるはずだ。
それなのに――いや、正体からすれば、って言ったか?
あー、つまり、あれか。
学院生の大半は国のえらいさんの子女だ。
交流相手ではあっても、取り込むべき相手じゃない。
一方わたしはどの国にも紐づけされてない。
学院生を圧倒したような戦力がふらふらと自由に、誰のものにもならずにいる。
一応は隠したつもりだけど、バレてるところにはバレている。
なら、他領地が確保するより先に、手に入れた方がいいんじゃないか?
そういう話が上がっているのか。
「吾よりも高い価値があると見做されている。上位者の喝采を吾から奪いっている、その事実が許しがたい」
「いや、知らんて」
「そなたの見識の狭さなど、無関係だ」
ちらりと見れば、カリスもアマニアも難しい顔をしていた。
そこそこ心当たりはありそうだけど、そこまで具体的に話が進んでいたことを驚いた様子がある。
「そもそもデスピナ、お前はどうやってそんなことを知った?」
「その回答は拒否する」
まあ、そうだろうな、と想う。
情報源をそうたやすく吐くわけがない。
けど、目の前の変な口調で喋る奴が、新聞部や港領地の子女よりも詳しいってことは知れた。
「つまり、お前のやりたいことは、あれか?」
「クレオ・ストラウス、そなたを潰す。そなたの価値を無に帰す。手に入れるべきものではないと万人に知らしめる」
「なるほど」
いろいろと言っていたが、つまるところ、「わたしの価値を落とすこと」に全力をかけるらしい。
「わかりやすくなってきた」
わたしは笑い、デスピナは睨む。
そこに込められた濃縮された嫉妬を笑い飛ばして確信する。
こいつは、敵だ。
カリスのように侮らず、アマニアのように求めず、ただ真正面から来る敵対者だ。
それでいて、「評判」という基準も不確かなものを傷つけようとしている。
面倒になった、という思いがある。
同時に、何があってもペンダントという「わたしが優秀になれるアイテム」は手放さないことも理解する。
わたしが話題になり、注目されるようなことは断固として阻止される。
ようやく、デスピナについてのズレが補正された。
目の前の令嬢の姿に、やっとピントが合ったような心持ちだ。
デスピナ・コンスタントプロスは孤高からは程遠い。
自らの評判に命をかけている。
同時にこいつは、自分の評判に傷さえつかなければ、何をしていいと考えてる。
ただ「最高の令嬢」という像に奉仕し、これを脅かそうとするものを全力で排除する。
「デスピナ」
「なんだ」
「お前が無価値だってことを、わたしが証明してやる」
だったら、全力でそれをぶっ潰してやる。
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