ep.36 「たしかに顔を隠したままでは、礼儀に欠くかもな」
デスピナが夜会を開催する場所は、中庭につくられた庭園だ。
緑鮮やかな植物を整え作られたそれは迷宮庭園で、姿をすっぽりと覆い尽くす高さの緑壁が行く手を遮る。
どういう方法か、毎日のように迷路を組み替えているため、正解を知らなきゃ到着もできない。
時間をかけて無理やり突破しようとしても無理だ。
だって、進む途中で迷路が変わる。
どうやってもたどり着けないようにされている。
破壊しながら突き進めばいいんだろうけど、それをすれば令嬢ではなくなる。
だから、手紙に記された「正解」の通りに向かわなきゃいけない。
「……」
「大丈夫かしら?」
わたしはコクンと頷く。
今現在、わたしはフードを目深というかすっぽり被り、カリスに手を引かれている。
アマニアがやると両手で握ってその場から動かなくなるから、先導役は彼女しかできない。
そのアマニアは、器用に後ろ向きに歩いている。
その手にはランプがあり、わたしたちの足元を照らし続ける。
こけないか少し心配だ。
中庭の庭園は、屋根裏はもちろん下水の類も通っていない。
いつもの手が使えない以上、直接赴くより他にない。
超面倒だ。
「デスピナの夜会ね、ここに来ることになるなんて思いもしなかったわ……」
「お前は来たことがないのか?」
フード奥から問いかけた。
「無いわね。相手にもされなかったわ」
「ぼくはあります」
「良かったわね?」
カリスの笑顔の裏に怒りが滲んでいた。
「ふふん」
「なによ、所詮は学院生同士じゃない。そんな人に認められたところで大したことないわ」
「あ、そういえば以前にもわたしのところに来てたな、あの手紙」
「は?」
「まったく知らないものだったから、無視して捨てた憶えがある」
「聴いてないわよ!?」
「ああ、やっぱりそういうことがありましたか……」
「いや、さすがにクソ怪しい手紙とか、普通に忘れるだろ。ちゃんと蜜蝋の紋章の形を憶えてたことを褒めてほしいくらいだ」
誰かのイタズラか、下手すれば呪いの類だと判断した。
「え、ということはデスピナに招待されていなかったのは……」
「この中ではカリス・ペルサキスしかいないですね」
「嘘ぉ!?」
「いや、ほら、カリスのところには入れ替えのニセモノが送られてたから。それで」
「納得行くわけ無いでしょう!?」
招待状の代わりに変装した人を送り込まれても、まあ、同価値だなんて思えない。
「何にでも初めてはあるもんだ、気にすんな」
「……貴女のついでのように招待されている事実が、プライドに障るわ」
「カリス、ひょっとしたらお前がメインかもしれないだろ?」
「そうだったとしたら貴女のところに手紙が送られることはないのよ……っ!」
なにを言っても逆効果になりそうだ。
どこかの強欲なタンタロス王みたいな目でわたしを見ている。
欲しいものをわたしが持っていて、自分はそれを手にしていないことを、死ぬほど気にしている顔だ。
「……デスピナの夜会に招待される人は珍しいです」
「だから何よ」
「ああ、なるほどな」
「なに二人で納得してるのよ」
「どういう夜会だったか、実際に招待された際に何に気をつければいいか、知ってるやつは少ない」
「まあ、そうね」
「そういう情報って高値で売れないのか?」
「夜会に遅刻は厳禁よ、行きましょう」
強欲な目が前方を向いた。
わたしは肩をすくめ、アマニアはそんなカリスのことを一瞥もせずわたしだけを見ていた。
+ + +
ぐるぐると巡り、遠回りし、ようやくのようにたどりついたのは、立食形式のパーティ会場だ。
野外であるため、あまり豪勢な様子はない。
それでも明かりは多く灯している。
背の高いテーブル中央はもちろん、空中にもふわふわと浮かび、境となる木々にも色とりどりに飾り、互いの顔を見れるほど空間を明るく照らす。
ここに来るまでの暗い道のりとは正反対だ。
なんらかの軽い結界のようなものが張られているのかもしれない。
遠く外から見れば、ここが光の半球のように見えたはずだ。
「良く来た、歓迎する」
場の中心に、デスピナはいた。
否、彼女のいる場所こそがこの夜会の中心だというように、濃い存在を湛えてそこにいる。
長くストレートの黒髪。産まれてから一度も笑ったことがないように硬い表情。けれど、その一動作でさえも力を示す。
その輪郭が、明るさを増した会場を押しのけるように浮かび上がる。
「夜会は未だ開かず。だが、礼儀は要る。違うか?」
妙な口調、けれど、彼女に似合っているとも思えた。
その視線はフードを被ったままの人物を――わたしを睨みつける。
招待された場に、顔を隠したままでいることを咎めている。
横から「やっぱり貴女目当てじゃない」とかカリスが言っているがそんなの知らん。
「――」
見れば、他の参加者もこちらに注目していた。
いつの間にやら目立っている。中には映写機の類を持つ人すらいる。
「アマニア?」
「……ぼくのところの人ですね、どうやって取り込んだのか」
苦々しい顔は、本当に心当たりがなさそうだ。
「こんなことなら遠慮せず、ぼく主導で撮影班を向かわせるべきでした」
「気にするのそっちかよ……」
ここで素顔を晒せば、翌日には学院中の噂になる。
色々とやらかしていた正体は使用人で、しかもブス。なんてことだ、こんなことでいいのか、ぶっ殺さないとプライドが保てない――きっと、そんな風潮が湧き上がる。
まあ、それはどうでもいい。
返り討ちにすればいいだけだ。
それよりも、アマニアとカリスに嫌な評判がつくことの方が看過できない。
わたしの味方をしてくれた人を、わたしが原因で貶められることは許せない。
それとも、これってただの言い訳か?
わたしが、わたしのぶさいくをバレたくないだけか?
そういう、せこい気持ちがどこかにあるのか?
知るか。
敵の言いなりになる理由なんざカケラも無い。
盗人に頭を下げて唯々諾々となる義理があるか。
「そうだな」
だからわたしは頷き。
「たしかに顔を隠したままでは、礼儀に欠くかもな」
フードを取ってみせた。
ざわりとした様子、興味が針のように突き刺さる。
窮屈だった髪の毛を解くように首をふるタイミングで、写真のフラッシュがたかれた。
「これでいいか?」
撮られたのは、ニキビだらけで死んだ目つきの奴――ではない。
つるりとした肌、強気な顔、化粧もなく赤い唇の、わたしとは思えない顔。
人形(コーキィア)だ。
デスピナの目が、わずかに見開かれた。
「わたしはちょっとした寒がりでな、防寒着が必要だったんだ」
なに驚いてんだよ。
敵地に生身のまんま行くわけないだろうが。
わたしは今朝の段階で、すでに「薔薇(ロドン)をもらって」いた。
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