ep.35 「これ、宣戦布告だ」


三人でわたしの私室に集まる。

他の場所はないかと思うけど、わたしという存在がバレてはいけないとなると他に心当たりもない。


集合場所を自分のところにしてもらいたそうなカリスのことは見て見ぬふりする。

これ以上の掃除はもうゴメンだ。


「いろいろ確認したい」

「なんです」


わたしの一挙手一投足から目を離さない雰囲気のアマニアに問いかける。


「デスピナ・コンスタントプロスが、ペンダントを取った主犯っていうのは間違いないんだよな?」

「はい、入れ替わりを主導し、運ばせた先は間違いなく彼女ですね」

「それ、今も持ってるとは限らないんじゃないか?」


いろいろ考えるべきことはあるが、重要なのは「現時点でのペンダントの場所」についてだ。

わたしの目的は、あくまでもペンダントの奪還だ。今デスピアの手元にないなら、争い合ってもまったく無駄だ。


「そもそも、デスピナ氏はめったに表には顔を出さないことで有名です」

「そうだな」


わたしは日中にその姿を見たことすらない。


「けれど、不定期に夜会は執り行っています」

「そうなのか?」

「それは知ってるわね、招待された人が喜んで行くから、こっちのオークションが盛り上がらなくなるのよ」


誰もが気もそぞろになり、話題はそちらの方がもちきりになる。


「昨日に行われたデスピナ氏の夜会で、そのペンダントをつけている姿が目撃されました」

「隠す気もねえのか」

「ええ、ですが挑発という気もないはずです」

「どうしてだ」

「欲しければ、取れ」

「え?」

「そう言ったそうです、身分も学年も立場も関係ない、ただこのペンダントが欲しいのであれば、取りに来てみろと。そう彼女は述べました」

「それって挑発そのものじゃないか?」

「ぼくは、そうじゃないと思います」

「んん?」


これが挑発じゃないとすれば。どういうことだ?


いや、違うか、「身分も」関係ないから奪いに来いと言っている。こっちのことを把握した上での言葉だとすれば。


「わたしに向けての言葉か」

「はい」

「どういうことよ?」

「不特定多数に向けて言ったわけじゃないんだ。元の持ち主であるわたし個人に向けて言っている」

「え」


なんだよ、ビビってんのか? 身分差を言い訳にするつもりか? いいから来いよと言われた。


だから、挑発というレベルを越えて――


「これ、宣戦布告だ」


学院最強に、真正面から喧嘩を売られた。



 + + +



考えすぎだとは思えない。

あまりにタイミングが良すぎた。


疑問があるとすれば――


「わたしになんて勝ってもどうすんだ?」

「貴女、本気で言ってるの? ああ、本気だったわね……」

「いや、冷静になって考えろよ、わたしだぞ?」


勝ってもなんの自慢にもならない。


「貴女、今となってはオークションを荒らして、図書館を破壊して、ついでに学院の一部も破壊した有名人よ」

「一部、アマニアがやったことも混じってないか?」

「ぼくの活躍はクレオの活躍も同然です」

「良いこと言ってる風だけど罪状をわたしになすりつけてるだけだよな?」


道理でアマニアがいまだに大手を振って歩けるわけだ。


「それでも、人形を生身で撃退したことは事実です」

「考えてみればすごいことしてるわね、貴女」


いや、普通にアマニアの夜会を利用しただけで、実力で勝ったわけでもない。

評判が独りでスキップしていた。


「よくわからんが、最近目立つようになった奴がいたから潰しておく、そういう挑戦状ってことでいいのか」

「ええ、珍しいですけどね」

「珍しい?」


小首をかしげる。


「デスピナ・コンスタントプロスは受け身型の人です。自ら積極的に動くことは珍しい。いままで特定の令嬢について語ることすらしていませんでした」

「わたしも直接言われたわけじゃないけどな」

「夜会というものは、主催者の意思や意図を伝えます」

「そうなのか?」

「あくまでも多少よ。場の空気みたいなものがあるでしょう? 夜会における主催者のそれは他の人よりも伝達しやすいというだけだわ」


カリスのオークションでの賛同者の続出や、アマニアの夜会で唯々諾々とダメージ分散を受け入れた様子を思い出す。

そういう「そうしなきゃ駄目だよね」という空気を作り出す効果はあるらしい。


「けれど、デスピナ氏の夜会ともなれば、より明瞭なものとなります」


取りに来いと、そう言ったとき、誰もが思い浮かべたのだそうだ。

最近、噂になっている令嬢の姿を。

長柄のトンカチを構えて不敵に笑う様子を。


「まじか……」

「貴女、なにかした?」

「本気で憶えがないんだが」

「――」


長身の令嬢が、どこか恨みがましいような視線を向けた。

うん、確かにお前のことはずっと放置してたな。


「アマニア、確かにお前のことを忘れていたのは悪かったけど、さすがに今回は本当だって。わたしが公式に表に出た回数は数えられるくらいだ。接点がそもそも無いんだよ」

「わかりました」


確実に納得していない。

アマニアは唇を噛んで下を向き、なにかに耐えていた。


「なんでわたし、やってもいない浮気を疑われてるような状況になってんだ……」

「貴女によく似た人を知ってるわ、そういう人を懲らしめる物品がオークションでは高値になるのよ」

「人を勝手に浮気魔扱いすんな」


わたしは立った状態で、アマニアは椅子に座り、カリスがベッドに腰掛けている。

その二人に「まあ、そういうやつだし」みたいな目で見られているのはどうしてなのか。


「デスピナがわたしを知っているかどうかは一旦は置いておく。それより、戦力としてはどうなんだ?」


重要なのはこっちだ。


「戦力?」

「わたしは喧嘩を売られたわけだけど、真正面から挑んで勝機はあるのか?」


前までなら完全になしだと断言できた。

魔力枯渇状態で戦えると思うほど自惚れてはいない。


けれど、今ならばある程度はやれるんじゃないか?


「無理ね」

「かなり厳しいです」


事情通の二人に即座に断じられた。


「どうしてだ?」

「貴女の実力を完全にわかっているわけじゃないわ。けれど、それでも勝てる様子が思い浮かばないのよ」

「ひとつは経験です。夜会戦を数多く行った人と、ほとんど素人同然では、格差があります。また、向こうは他夜会に助力を頼めます、なによりも――」


アマニアは、言いづらそうにしながらも続けた。


「ぼくが見たところ、デスピナの方が魔力量は多い」



 + + +



その言葉が脳みそに染み込むまで、かなりの時間を必要とした。

魔力回復量こそ微々たるものだけど、魔力総量は自慢ができた。

数すくないわたしの良点だ。


もちろん、学院の先生やリリさんやらには敵わないことは承知の上だ。

あの辺になると魔力量だけでは太刀打ちできない。

踊り一つで空間爆炎魔法を「宥めて落ち着かせる」とかいう意味不明なことをする。


それでも学院生レベルならトップだと自負していた。

さすがに負けることはないだろうと。


「まじか」

「ええ、残念ながらそうです」


アマニアは過去にデスピナについて調べたことがあるため断言ができた。


「彼女の過去は不明です、転入生ではないかと言われていますが、その詳細すらわかりません」

「そんなんでいいのか?」

「問題を起こさず、魔力量がそれなり以上にあれば受け入れるらしいです、この学院は」


相当おおらかというかどんぶり勘定らしい。


「薔薇(ロドン)を得ていること、極論を言えば、学院生の保証はそれだけです」

「へぇ、そんなもんか」


だとしたら、わたしも学院生ってことになるのか?

夢経由とはいえ薔薇を得た。


「……クレオ?」

「後で説明する」


アマニアはわたしの変化に敏感だ。

隠し事とかできない。


アマニアは不審そうにしながらも、指を立てて説明を続ける。


「デスピナ氏の魔力総量は、歴代で最大です。歴史上、彼女以上はいませんでした」

「それ、先生とかも含めてか?」

「はい」


それは、ヤバい。

ようやく二人の恐れというか忌避感の一端を知る。


「真正面から戦ってはいけない相手、ってことか……」


同系統の上位互換。

そんなやつは初めてだ。


「礼儀の面でもあちらが上ね」

「うるせえ」

「少しくらいはマナーを学ぶべきよ?」

「わたしなんかに必要か?」

「当然。礼儀を知らない人間は無駄に敵を作るわ」

「そっか」

「ぼくが思うに――」

「しっ」


アマニアの唇に人差し指を当てる。

耳を指して、よく聞くように示す。


カリスも両手を広げた状態のまま固まる。

両目だけがきょろきょろと動き「なにごと?」と訊いている。


「誰か来る」


接近する足音が聞こえた。

リリさん、ではない。


ただ、戦闘系の人でもない。

立てる足音が大きすぎる上に一定リズムじゃない。


ちょっと過敏すぎる気もするが、「デスピナ・コンスタントプロスに喧嘩を売られた」と気付いたばかりだ。慎重になって損はない。


「クレオー?」


聞き覚えのある声がした。

下級使用人の仕事仲間だ。

どっと気が抜けた。


大丈夫だとジェスチャーで二人にしめしながら大声を出す。


「おお、なんだ?」

「開けてくんない?」


わたしの住居のある位置は、下級使用人が住む場所の屋上だ。

はしごで登って来る必要がある。


両手を使わなければ上手く開くことができない。


「悪い、ちょっといま手が離せない。どうせ連絡紙とかだろ? そこら辺に置いといてくれ」


学院という場所柄、使い終わった問題用紙などの「後は捨てるしかない紙」が多い。

わたしたちは、それらの裏面をメモ代わりに使っていた。


表面の問題も、解いてみると案外楽しい。


「えー、ここでちょっとサボろうかなって思ったのにー」

「お前もネズミ肉を干すのを手伝ってくれるのか?」

「置いとくよー!」


ばさりと置かれて、離れる。

はしごを降りる音が遠ざかる。


カリスは肩の力を抜き、アマニアはわたしの手を両手でつかんでいる。いや離せよ。

わたしもやれやれと中腰姿勢を戻そうとして。


「あ、そうだー!」


遠くから大きく呼びかけられた。

三人ともがギクリと固まる。


「連絡だけじゃなくて、なんか手紙もあったよー!」

「へ?」

「じゃねー!」

「あ、うん、またな?」


今度こそというように離れて行く。

遠くで扉が閉まる音がする。


「手紙って、心当たりはあるのかしら?」


カリスが小声で聞いた。


「ない」


わたしになんて、誰が出すんだ?

リリさんくらいしか心当たりがない。


「とりあえず、見るか……」


恐る恐る下扉を開けて見れば、乱雑な連絡用紙の上に乗るように、手紙が乗っていた。封蝋までしている正式なものだ。

どこかで見たような気もするが、すぐには思い出せない。


「それ……」


自室にまで持ち帰り、どうしたものかと悩むわたしに、アマニアが難しそうな顔をした。


「デスピナ・コンスタントプロスのです」

「は?」


疑問に思いながらも、頭の片隅で思う。


デスピナに会うのは、簡単だ。

新聞の紙面に、あるいは手紙で「挑戦状を叩きつければ」いい。


きっとデスピナという人は、誰かと会うのにそれ以外の方法を知らない――


「……」


三人で覗き込みながらレターナイフで開いてみれば、精緻な文面で書かれた文字がある。


招待状だ。

デスピナ・コンスタントプロスが開催する夜会の。


「三枚あるな?」

「つまり、ぼくたちの分ということですか」

「どういうこと?」


簡単だ。

わたしたちの協力が、もうすでに向こうにバレている。

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