ep.34 「この先、お前の部屋にはぜったい行かない」
魔力が回復しようが、薔薇がわたしの下に届こうが、やるべきとこには変わりはない。
わたしは下級使用人で、清掃するのがお仕事だ。
下水でのネズミ殺傷を清掃に含めていいのかは疑問だけれど、放置してたら酷いことになることに変わりはない。
「リリさんにも頼まれたし……」
ちなみに今朝は出会わなかった。避けられてるのかもしれない。
酒でやらかした後で気まずくなって、しばらく顔を見せないようにされた憶えが何度かある。
だいたい、二三日くらいしたら、ちらちらと顔を覗かせてくるので気にしない素振りで出迎えたら、「よし! 上手いこと憶えてなかった!」って感じにトコトコと近寄る。
たまにリリさん、わたしより年下なんじゃないかと錯覚する。
普段はかなりきっちりしてる人なんだけど、酒関連でだいたいやらかす。
「とはいえ……」
下水は雷で一掃された。
やらないようにとか言われたけど、これを繰り返せば下水作業は終わるんじゃないかな。
まあ、生態系とかに影響はあるのかもしれないけど。
「静かなもんだ」
言いながらも肩から下げたカバンを意識する。
オークションで手に入れたもので、軽い容量増加機能がついている。
そこに薔薇(ロドン)を入れた。
さすがにそのままの状態だとまずそうだから、鉢植えに入れて水もやってからだけど、これでいいのかな。魔法植物の育て方とか知らないんだけど。
自室に放置するわけにもいかない。
鍵もろくにないから誰でも入れる。
自覚ないけど、わたしは有名になりつつあるらしいから、用心するに越したことはない。
「アマニアとかに預けるのも手かな」
少なくとも粗末にすることはないはずだ。
これがカリスだと売り払う。買い取り先はきっとアマニアだろうから、余計な回り道になる。
暗く湿る中を、色々と考えながら歩く。
呑気にしていらるのは、それだけ異常がないからだ。
本当に全滅したんじゃないかと思える。
「いや……」
ちなみにわたしは全身を魔術的な防護で覆いながら、口元に布製のマスクをしている。
酸素を取り込む関係上、細かい粒子を防ぐ措置は必要だ。
「いるな」
生き残っている。
まだここにいる。
生存の仕方を心得ているからこそ、退治しきれずにいる。
しぶとく生き足掻き、復讐の機会を狙い続ける。
ふん、と鼻を鳴らす。
小癪だけど、やるなという気持ちもある。
地下でも地上でも、わたしの敵は厄介だ。
+ + +
結局のところはネズミの一匹も発見できずに終えた。
フンの痕跡はところどころに見つけたから、生き残りがいるのは間違いないのに、その姿は発見できず仕舞だ。
「まったくなー」
いつも通りに風呂に入って身綺麗にし、わしゃわしゃと髪の毛を拭きながら戻る。
心なしか水の弾きがいい、髪から余計な水気がすぐ抜ける。
タオルで拭き取る心地よさの感触が、風呂上がりの心地良さを更に上げた。
このお風呂のためにわたしは頑張っているんじゃないかと思う。
火山活動があるためか天然の温泉が常に湧き、誰でも1日中入り放題だ。
「ふんがっがー♪」
どこかでしたように鼻歌を歌う。
「あなたねえ」
「よお」
そうして、同じように声をかけられる。
前とまったく同じようだけど、少し違う。
カリスはモップを片手に、びしりとわたしを指さした。
「そんな無意味に魔力を充填させながら歩くのは止めなさい。こちらのメリットは情報を制限できていることよ?」
そんなつもりはなかったけど、たしかに髪の毛を引っ張って目の前にやると、うっすらと魔力光が見えた。
使用人用の通路はだいたい薄暗いから、ちょっとした幽霊みたいな様子になっていたかもしれない。
「悪い。抑えてはいるけど、制御しきれない」
なので仕方ない。
「フードをかぶるとかできないの?」
「おお」
言われてみれば。
ある程度は魔力を防ぐ布地はある。
すっぽりと身体を覆えば、他からは見えなくなる。是非やるべきだ。
ただし、下級使用人に「予備の布」って概念があんまりないことを無視すればだけど。
夜会潜入に使ってたのは、今は洗濯中だ。
「……貴女、持っていなさそうね、あとで届けに行くわ」
「助かる」
「それだけ能力も魔力量もあるのに、本当にどうして……」
カリスは頭痛をこらえるようにこめかみを抑えていた。
「そういえば、なんで清掃してるんだ?」
令嬢が掃除などをすることはあるけど、それは授業の一環としてだ。
普通は下働きのする仕事で、掃除用具を手にする機会は少ない。
「……」
こめかみを抑える姿勢のままカリスは固まる。
「どうした?」
「ねえクレオ、世の中というものは、とても理不尽なものなのよ」
「そうか、具体的には?」
「ちょっと授業をサボタージュして、先生の個人部屋に侵入してテストの解答用紙を覗き見しようとしたくらいで清掃奉仕活動を強制させられるくらい理不尽なのよ、まったく、酷いと思わないかしら」
「それ普通のペナルティな?」
小テストの解答、どうやって手に入れたんだろうとは思ってたけど自力だったらしい。というかこの程度で済まされるのはかなりの恩情だ。
「どうしてやってはいけないことになっているのかしら?」
「当たり前だろ」
「でも、お金が手に入るのよ?」
「お前のやってるオークション、お前の盗みのマネーロンダリングじゃね?」
「心外よ、みんなが欲しいものを手に入れているだけだわ」
「その言葉に裏がなさそうなのが逆に怖い」
所有欲はないし気前もいいけど金銭欲はあふれるほどある泥棒とか厄介すぎる。
「? よくわからないけど、掃除を手伝ってくれない?」
「それ、お前の罰則じゃないのか」
「他の学院生に頼むのはだめでしょうね、貴女なら問題ないわ、ね、親友?」
「それ、親友と書いて労働力って読むやつな」
「苦楽を分け合うだけよ」
苦だけじゃなくて楽も分け合うつもりはあるだろうけど、そこに金銭は絶対に含まないんだろうな。
「まあいいや、せっかくの縁だ」
「範囲はこの廊下すべて、明日は角を曲がった向こうの廊下になるわ」
「おい、さすがに今日だけだぞ」
「こちらの予定を伝えただけよ、他意はないわ?」
「言い方に含みがあるんだよ、含みが」
わたしは清掃用のモップを取り出しながら、「いー」という顔をする。
下の歯の並びを見せつけるようにするのがポイントだ。
「はしたないわね」
「おまえが定期的にしている顔だぞ」
そんな馬鹿な!? と目を丸くされた。
「いいから、掃除を続けるぞ」
「うん……」
「なにショック受けてんだよ」
「お父様がよくやっている顔なのよ、それ」
無意識に移っていたことが、ショックだったらしい。
「そうか」
次からはわたしもしないようにしよう。
さすがに友達の親の癖のマネはしたくない。
カリスは怨念を込めるかのようにモップの水を絞る。
「本当に嫌そうだな」
「掃除とか好きな人類はいないわ」
中にはいるんじゃないか、知らんけど。
「水拭きしてから乾拭きなんて非効率的なことをしないで、床の表面を削るのでは駄目なのかしら」
そういうのなら得意よ、となぜか自慢げに言う。
「ここ木製の床だから、ニスが剥がれるだろうな」
「ニス……?」
「なんで知らないんだよ」
「し、知ってるわよ、ニスよねニス、うん、あの美味しいやつよね」
確実に知らない。
「とりあえず、口じゃなくて手を動かそうぜ、その方が早く終る」
「知らないのかしら。人間って理想通りには行かないものよ」
「わたし、手伝いだよな? どうして他人事みたいに言っててんだ?」
「深い意味はないわ。ただ、自室の掃除もしていないのに、公共の廊下を掃除していることを疑問に思っているだけよ」
どうやら掃除という行為そのものに拒否感があるらしい。
「学友にお金を支払って清掃してもらったこともあるのだけれど、なぜか二度目は来なくなるのよね」
コイツのことだからきっと金払いはいい。
それでも嫌になるレベルであるらしい。
「この先、お前の部屋にはぜったい行かない」
「! そうね、とてもいい考えだわ! この後、部屋に来ない?」
「お前、させる気だな? わたしにこのモップ持ったまま来させる気だな?」
「だめかしら」
「親友やめるぞ」
「それは嫌ね、撤回するわ」
押しは強いが引き際はいい。
それが美点なのかどうかは知らんけど。
「そういえば、薔薇(ロドン)が咲き誇る場所について、なんか知らないか?」
モップ掛けしながら聞いてみる。
あれは、夜会だ。
それも通常ではありえない夜会だ。
事情通なら知っていてもおかしくない。
「なによ、学院七伝説のこと?」
「伝説扱いかよ」
「一時期はみんな信じるのよね、その手の話。誰も知らない人形とか、学院を操る裏生徒会とか、いつまでも年を取らない使用人とか……」
最後は本当じゃね、とは言わないでおく。
「クレオ、あんな嘘を信じてはいけないわ」
「あ、うん」
誰もがあの薔薇園へと一度は赴く。
無意識化で存在を知っているからこそ、「あからさまに怪しい噂話」という形で肯定した。そういうことなのかもしれない。
いや、けど、だとしたら……
「その学院七伝説、全部が本当、って可能性ないか?」
「そんなわけないでしょ」
「まあ、そうだよな、裏生徒会とかなんだって話だ」
「ぼくが調べた限りでは、情報操作の痕跡はありましたね。興味がないので深くは調査しませんでしたが」
「……アマニア、なんでいる」
しれっと清掃するわたしたちの傍にいた。
廊下の壁に体重を預けて、立ったまま本を読んでいる。
人形姿の印象が強すぎて、その長身で佇む様子はまだ見慣れない。
彼女はわたしたちの方を向いて、何度かまばたきした。
「だって、ぼくですよ?」
「それで説明しきった雰囲気を出すのをやめろ」
少し納得しちゃうだろ。
「クレオ、ぼくはあなたを本にすることを決めました。当然、授業時間以外のすべての時間を当てます」
「なあカリス、わたし今、超ストーカーするって言われた気がすんだけど」
「その通りだと思うわ」
「おいカリス、しれっと離れんな! わたしから距離を置こうとすんな!」
「――」
「そしてアマニアは黙って近寄ろうとすんなよ!」
「なにがありました?」
「え」
けど、アマニアは科学者のような真剣さで、わたしの髪の毛を確かめる。
「毛表皮にツヤと滑らかさが戻っていますね、魔力防護が常態化して髪の毛の主成分であるコルテックスが改善しています」
なにそれ。
「クレオ……」
「なんだ」
「魔力を吸いましたね」
え、いや、うん。
たしかに血を経由して補充はされたけど。
「誰と浮気したんです?」
「なんの話だよ!?」
「吸うならぼくからですよ、ぼくの魔力で動くクレオを、ぼくは見たかったんです」
「知るか!」
「今すぐその汚いのをすべて排出してください」
「おい、やめ!?」
壁際に追い込まれた。
「さ、お掃除お掃除」
「カリス! 完全他人事で掃除を再開してないで助けてくれ!」
あとアマニア、なんだその小型ナイフ。
血から魔力を出す気か!?
据わった目からすると致死量とか考えてない雰囲気なんだが!
「けど、友達の色恋沙汰に踏み込むのって、駄目だと思うわ?」
「ナイフ片手の色恋沙汰とかどこにもないんだよ!」
「? よくあることじゃない」
あかん、オークション主催者の恋愛観が歪んでる。
「大丈夫、ぼくは君を本として書き記したいだけです」
「それ言えば何でも許されると思ってんじゃねえぞ」
「だから、そう、これは君が活躍するためにも必要なことなんです……!」
「カリス! まじで助けて!」
「えー……?」
その表情を見て、助けが来ないことを認識する。
そこには「お金にならないのどうしてそんなことを?」という拒否感が張り付いていた。
「ふんっ!」
だから、長身に押し込まれてる状況から力付くで脱出した。
魔力の回復にはじめて感謝する。
「アマニア、それ以上やろうとするなら、こっちにだって考えがあるぞ」
「どんなですか?」
「「いー」って顔をする」
小首をかしげる彼女に、わたしはカリスを示した。
ちょうど「いー」って顔を無意識にしていた。
「やめる」
「……ねえ、そんなに駄目だったの? そんな決意の籠もった目で頷くほど駄目な顔を今していたの!?」
その後はこっそりと三人で掃除をした。
本当は学院生は協力しちゃ駄目なんだろうけど、見つからなければ問題ない。
掃除というものは、みんなで協力すればすぐ終わる。
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