ep.33 「リリさん、敵?」

なんもわかんねえ、というのが本音だ。

これは現実――というわけでもないのか?


これは、リリさんの夜会(オルギア)だ。

一夜だけ発生する、薔薇(ロドン)を核に形作られる結界だ。


本体ではないわたしが、ここにいる。

現実そのものじゃない、だけど、限りなく現実に近い魔術的な空間に座している。


「いろいろと言いたいんだが」

「なんでしょう」

「リリさん、敵?」


ふ、と優しい微笑が浮かぶ。よく見る表情だ。

他の下働き仲間はあの鉄面皮とか言っていたけど、なんかの勘違いだと思う。わたしは二日一回は見る。


「敵です」

「そっか」

「クレオ、あなたにとって良くないことをしています。あなたの得とならないことを、ただの欲を根拠に押し進めています。こんなやつは決して許してはいけません」

「なるほど、味方だな、わかった」

「……話を聞いてください」


リリさん、唇を尖らせないでください、とは言わないでおく。

というか、そんな顔で言われても、素直に受け取れるわけがない。


ただ、わたしにとってデメリットとなることを行ってはいるらしい。


「ちゃんと聞くよ、なに?」

「とても大切なことです」

「リリさんが敵ってことが?」

「それもありますが……」


あるのかよ。

居住まいを正し、わたしへと向き直る。

光る薔薇の園の中、静かに問いかける。


「頼んだことは覚えていますか」


リリさんから頼まれたことと言えば。


「天井裏と下水の清掃のこと?」

「はい」


違うかと思えば肯定された。


「それがどうかしたか」

「がんばってください」

「え、うん」

「はい」

「……」

「――」


風もないのにさらさらと薔薇の群れは揺らめく。

リリさんはなんか満足したようにうんうんと頷く。

なんか大きな仕事を終えたみたいな様子だけど。


「それだけ!?」

「大切ですよ?」

「そうだけど、そうだけども!」


もっと他にあるはずだ。

この夜会なんなのとか、いきなり呼びつけた理由とか。


「え、まさか業務連絡だけ?! この夜会、そのためか!?」

「はい」

「嘘だろ!?」


こんな大仰なことをしておいて、なんかポエミーなこと言っておいて?!


「お掃除は大切ですよ? あ、つい先ほど行ったような大規模魔法で一掃するのは取りこぼしが多くなるのでだめです。ちゃんと手作業でしてください」

「いや、あの、こんな量の薔薇があるのはどうしてなんだとか、リリさんの立場ってどうなってんだとか、そもそもこの夜会って現実ではどこで開催されてんだとか、疑問が山盛りなんだけど!」

「そんなこと、どうでもよくないですか?」

「どうでもよくなくないっ!」


なんで「清掃がんばってね!」って方を重要視してるんだよ。


「んー、ここが薔薇(ロドン)の原産地だからです。立場はもう気づいているでしょう? 場所は秘密です。あなたはここで産まれました」

「とんでもない秘密をさらっと足すなよ!」


え、なに、どういうこと?


「そろそろ時間ですね」

「リリさん、お願いだからちゃんとした説明をしてくれ……」

「やだ」

「リリさん、なんか幼児退行してない?」


いや、というよりも。


「リリさん、寝酒とか飲んでなかったよね?」

「ふふふ?」


あ、あかん。


「けど、ご褒美、うん、ご褒美はいりますよね、いままですごく頑張ったんですから、褒めなければいけません」

「なんか今のリリさん相手だとすごくいやな予感しかしないんだけど」

「クレオが一番欲しいものですよ?」

「ペンダント?」

「それは自分でがんばって」


妙なところで厳しい。


「魔力の回復です」


言って、とん、とわたしの胸に触れた。

心臓の真上、そこを指で押しただけなのに、爆ぜた。


痛みはない、けれど、生々しく壊れた様子はただ恐怖しかない。


恐る恐る見れば、傷跡の奥底には花が咲いている。


「薔薇による魔力提供は、いくつかの方法があります」

「ちょ、ちょっと待って、これ大丈夫なの!?」


人形とはいえわたしの身体だ。

その中心がばっくりと割れている状況なんて、とても落ち着いていられない。


というか酔っ払いの手でこの状況にされてるのが死ぬほど怖い。

ここで下手に動いたらどうなるかわからない、というか、リリさんが花を手にしているから身動きが取れない。


流れる血の代わりというように、花は紅く輝く。


「この花は、クレオ、あなたそのものです」


言ってリリさんは花弁に触れ、そのまま茎のトゲへと滑らせる。

ぷつりと肌が裂けて赤い液体があふれる、そこから目が離せない。


ふるふると血の水滴が体積を増やし、やがてはぽたん、と落下した。

落ちた先は、わたしそのものだという、花だ。


花冠で受け止め、がくで堰き止められて、そこから花首(ステム)に絡みつくように流れる。

染め上げるように血は染み込み――


「うあっ!?」


魔力が、流れ込む。

年単位で枯渇状態だった花に、存分に水が与えられた。

そんな気分だ。


はしたないほどゴクゴクと、存分に吸い上げる。

心なしか、花弁の色艶すら増す。


人形(コーキィア)の髪の毛の先端が動いたのがわかる。

そこまで魔力が行き渡る。


見れば右手は物を掴むような格好でブルブルと震え、血行の良い肌色を示す。


「ふふ」


どれぐらいぶりかわからないくらいの、満たされた感覚に呆然とする中、リリさんは微笑む。


「もっと?」


イタズラめいた言葉にどう返答したのか曖昧なまま、わたしの意識は遠くなる。



 + + +



朝日が照らす、わたしはベッドの上で呆然と目を覚ます。

チュンチュンと小鳥がさえずり、爽やかな風が吹く。


「夢……?」


慣れた天井裏は現実そのもので、いつもとまるで変わらない。

三角の形で覆い、わたしが勝手に取り付けた天窓からは朝日が差し込んでいる。


「……」


ゆったりと身体を起こす。

やけに調子がいいのはなぜなのか。

今すぐ走って学園一周できそうなほど活力にあふれている。


手をグーパーに開閉させた後、胸元に手を当てる。

心臓が鳴っている音がした。

昨晩、ここに穴を開けられた。


わたしそのものだという花、そこを伝い流れる血の感触すら思い出せる。

まるで心臓をちょくせつ撫で触れられたような、あの感触――


「いや、夢だろ夢」


あれがリアルだとしたら色々と気まずい。

これからリリさんにどんな顔して会えばいいんだ。


というか、本当だとしたら疑問が山積みすぎてヤバい。


薔薇の原産地ってなんだよ。

そこを夜会の場としてるリリさん何者だ。

わたしがそこで産まれたって、どういうこと?


「あれか、実はわたしは薔薇人間とかそういうのか?」


さすがに違うとは思う。


親の顔はきちんと憶えている。

過ごした日々も、その最期のときも。

あれが嘘だとは思えない。


なにより、わたしが植物の一種だったとしたら、いくらなんでも血生臭すぎた。

だいたい二日に一回はネズミを狩っている。

あと水よりも搾り立てのオレンジジュースの方が好きだ。


「ないない、だから、うん、ない……」


益体もないことを考えながら、ベッドから立ち上がる。

少しだけ違和感。たぶん気のせい。


そのまま姿見の前に行く。

いつも通りのルーティンだ。

朝といえば、このがっかり確認作業をしなきゃ始まらない。

ファイトを掻き立てるためにも必要な作業だ。


「ん?」


鏡向こうの姿が、なんか、少し違っている気がした。

少しだけ、ニキビが薄い。

ほんの少しだけ、髪の毛にツヤがある。

わずかに目に生気が戻り、寸胴なのは変わらない。


「――」


手を確認する。

その肌艶も少し良くなっていた。

なにより――


「うん、なんでわたし、こんなに魔力が回復してるんだ?」


実を言えば起きた瞬間には気づいてた。

なにかの勘違いだと信じたくて無視していた。

だいたい七割くらいまで回復してる。


「あと……」


振り返り、ベッドの上を確かめる。

そこには昨夜のことが夢ではないと完全に証明するかのように、薔薇が横たわり、佇んでいる。

朝日を照らし返し、咲き誇る。

一度も土に埋まったことがないように根は白い。


「薔薇(ロドン)……」


夜会の開催を行えるものが、わたしの下にも届いていた。



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