ep.32 そうして、夢を見る

デスピナ・コンスタントプロスという令嬢がいる。

わたしでも知っている有名人で、謎の多い人だ。


出身地不明、所属クラス不明、会話した人すら数えられるほど。

すべてが謎のベールで包まれているけれど、ひとつだけ確かなことがある。


優秀なのだ。

とてつもなく。


学期末に行われる試験では常にトップ。

戦闘模擬試験でも他を寄せ付けず、その立ち居振る舞いもケチのつけようがない。


彼女が現れるだけで、場がぴしりと引き締まる。

長い黒髪、伏し目がちの目、おとなしい令嬢そのものの姿なのに、誰もが一歩引き下がる。


ひょっとしたらどこかの王族に連なる者なんじゃないかという噂が出たほどだ。

強すぎる威圧感の前では、戦争するか降伏するかの二択しかない。


特に圧巻なのが夜会戦に関してだ。

学院生が争う際、あるいはマウントを取ろうとする際に、夜会と夜会で対決する。これが夜会戦だ。


わたしがやったみたいに夜会同士をぶつけるわけじゃなく、攻撃側と防衛側に別れて行う。


攻撃側は、アマニアがやったように人形(コーキィア)を夜会の外へと出して攻め入る。

防衛側は夜会(オルギア)という「魔力となにかを交換するシステム」の内部に籠もり、撃退する。


当たり前だけれど、防衛側がすごく有利だ。

オークション形式も問答形式も、慣れないと使いにくい。

夜会そのものが破壊されることも、その中心となる薔薇(ロドン)が破壊されることも滅多にない。


だからこそ、学院生活が続くほどに、この夜会戦は起きなくなる。

攻撃する側が不利だってことを、嫌って言うほどに理解するからだ。


逆を言えば、夜会が始まった当初なら、新入生は平気でやる。

自由に大規模結界術を行使できるのだから、その横暴を振るいたくなる。


その中でデスピナ・コンスタントプロスは無敗を続けた。

他が人数を揃えて有利を作り出そうとする中で、彼女はたった一人で攻め込み、圧倒した。

その進みを止められず、すべてをなぎ倒した。


ちょっと思い知らせてやろうとちょっかいを掛ける上級生ですら返り討ちにしたくらいだ。

格上で夜会を良く知っている敵を相手にも勝利を続けた。


ただ強い。

ただ優秀。


中には彼女は「学院生のモデル」としての存在であり、中身は先生が幻影系で化けているだけなんじゃないかという話すら出た。

それくらい隙がないし、人物像もわからない。

学院内最強にして、もっとも謎な人物。


そんなデスピナが、犯人だと言われた。


カリスが奪い取った形見をさらに奪った奴、その主犯がデスピナ・コンスタントプロスであり、今ペンダントは彼女の手元にあると告げられた。

新聞部の主催が取り返すのに苦労するというのは、嘘でもなければ誇張でもなかった。普通に不可能な難易度レベルだ。


「楽しみです」


アマニアにはそう言われたけど、うん、聞かなかったことにして今すぐふて寝したい。



 + + +



「なんでペンダントなんて盗んだんだ?」


わたしはごろんとベッド寝転びながら言葉をこぼす。

どうも、デスピナと犯人が結びつかない。


すでにアマニアとカリスは寮へと戻り、わたし一人が夜に寝そべる。

取材と称して同衾しようとしたアマニアを連れ帰ってくれたカリスには感謝しかない。


デスピナは、孤高という印象だ。

他を寄せ付けない厳しさと圧倒がある。


けれど、いままで調べた限り、ペンダントを盗んだやつは小狡い上に逆ギレするような奴だ。


なるべく人物像を知られないようにしているって点では共通してるけど、それ以外はまったくの正反対だ。

下水と洪水くらいの違いがある、水が流れるってこと以外はだいたい違う。


なんかの間違いなんじゃないか?


いや、それでも――アマニアが取材した結果ではある。

全部が全部嘘だとは思えない。


「……まさかアマニア、わたしとデスピナが戦う姿を見たいから偽情報を流した、ってことはないよな?」


少し可能性があるのが嫌だ。


盛り上げるべく学院最強とわたしを激突させる。

圧倒的な不利を覆す、あるいは無様に叩き潰され敗北する、どちらでも面白くなるのだからやらない手はない。


それは、とても新聞部らしいやり口でもある。

流す情報によって事態を動かす方法だ。


いや――けど、それもないか。


だって、アマニアの目的は私を本として記すことだ。

多少は盛った描写はしそうだけど、最初から嘘ありきが前提の執筆をするとは思えない。


それは彼女の「本当」を汚すことだ。

本の世界の住人だからこそ、本に関して嘘をつかない。


「どっちにしても……」


今のわたしでは逆立ちしても勝てない。

経験としても力量としても負けている。


戦って手に入れるって選択は、現実的じゃない。

こんな魔力枯渇状態で勝てると思うほど自惚れてはいない。

無理不可能の難題すぎて最初から白旗だ。


ちなみに、デスピナに会うこと自体は簡単だ。

挑戦状を叩きつければいい。

新聞の紙面経由でも、あるいは郵送の形で送るのでも、とにかく「おう、かかってこいや」と挑発すればその日の内にでも襲撃に来る。


そうして、たった一人で圧倒的な力ですべてを薙ぎ払う。


その盛大な破壊跡くらいはわかるものの、実際にどう戦ったかまではわからない。

ただ最低でも教室一個がまるまる消えて無くなる程度の威力は出ている。


そして、負けた方はなぜか口をつぐんで詳しいことを言いたがらない――


「まいったなぁ……」


アマニアは「ぼくらも調べていますが、彼女についてはわかっていないことの方があまりに多いのです」と言われた。

この学園一番の情報通ですらも、断片的なことしか把握していない。


「よし、寝よう!」


なので、わたしは魔力の回復に務めるくらいしかやることがない。

自然な回復が一番だ。


「ふぃぃ……」


顔中の力を抜き、こわばる身体がゆるゆると弛緩させる。


明日からどうすればいいかは、まるでわからない。

ようやくつかんだ手がかりは、相手取るにはあまりに強敵で、一朝一夕では敵わない。


そうして――


夢を見る。




正確には、それが夢かどうかわからない。

わたしの勝手な願望なのかも。


アマニアは、本の世界こそが本当だと信じていた。

それが嘘か本当かはわからない。

けれど、昔から夢想家たちは、夢こそが本当の世界だと信じていた。


わたしは、薔薇の園にいた。


場所は――わからない。

地下室にも思えたし、深い深い夜の底にいるとも思えた。

空には星のひとつも無く、地上は薔薇のほのかな明かりが照らした。


ここでは大地こそが星々の代わりとなるのだとでもいうように、無数に、無限に、果てなく輝いている。


「やっとですか」


誰かに、言われた

聞き覚えのある、親しみのある声。


「長く長く、お待ちしておりましたよ」


わたしは振り向くことができない。

いや、そもそも、今のわたしには顔がない。

身体ですら存在しない。


「夜の底の底でしか咲かない花があります、真の暗闇を慰めるために灯る魔法があります、この地に住むあなたもまた、その一本にすぎないのです」


背後から近づく。

その一歩一歩は薔薇を踏まず、ただ土だけを踏みしめる。


――誰もがこの夢を見たことがある。


そんな直感がわたしを襲う。

すべての学院生は、一度はここを訪れた。

起きてしまえば朝日に紛れ、たやすくも儚く消え去ってしまうものだけれど。


ああ、そうか、と思う。

周囲に咲く花々は、学院生たちのそれだ。


誰もが心に花を咲かせ、夜会に赴く。

その大本となるもの、株分けされる前の、授けられた薔薇。


風もないのに揺らめき、さざめく。

まるで秘密のお喋りをするかのように、輝く花々が波を打つ。


「さあ、これは――」


摘み取ろうとする。

だが、その前に。


「これ、夢じゃねえな」


それに気づけた。


身体を構築する。

魔術的な機構を理解する。

己であることを刻み込むように、毎朝の鏡に向けてそうしているように姿を幻出させる。


「夢じゃなくて、待機状態の人形(コーキィア)だ」


脳からの伝達をぶっちぎって繋げられた。

いつの間にか、「これ」がわたしだと錯覚させた。

薔薇の一本としてわたしはここにいる。


「なんか知らんが、わたしは夜会(オルギア)に強制参加させられている、そういうことだよな、これ?」


だから、花を核に人の形を作り上げることだってできた。

ここ最近、繰り返しやっていた作業だから、さすがに慣れた。


振り返り見たその先には、当たり前のように上級使用人であり、わたしの親代わりでもあるリリさんが立っていた。


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