ep.31 「アマニア、権利をひとつやるよ」
いろいろと話が逸れたが、わたしの目的は変わらない。
奪われたものを取り返す、それだけだ。
他は枝葉に過ぎない。
だからあからさまに「ここでは邪魔が入ったから自室に持ち帰ってしまおうか」って素振りを見せているアマニアは少し待て。
長身をそういう形で活用しようとしてんじゃねえよ。
「……その情報価値は、安くはないですよ」
「だろうな」
「君にその対価が支払えるとすれば――」
おい、なんでわたしを見ながらツバを飲み込んだ?
いい加減、しつこい。
「方法だ」
「え」
「わたしが支払えるのは、取材の方法だ」
「……」
「わたしは天井裏すべてにまで広げた夜会を構築できる。他の夜会を覗き見放題にできるんだ。最新の情報をリアルタイムで得られる。この使用権は、対価としてふさわしくないか?」
新聞部の人数は多い。
それこそ学院の角々に人を配置し、わたしの行方を追えるくらいには。
彼らを活用すれば、たった一晩だけでも、相当の情報量を得られるはずだ。
「もちろん、大したことはわからないかもしれない。だけどな、わたしの協力がなければ、この取材方法は行えない」
対価として提示したのは、価値のある情報というより「新しい取材のやり方」そのものだ。
時と場合によっては何よりも価値が出る。
「なるほど」
「一考の余地はあるだろ?」
アマニアは、ようやく「新聞部」としての顔になる。
そう、「ペンダントの現時点での所在」という情報は、時間が経つほど価値が失われる。
多くの人に知られるかもしれないし、別の人の手に渡るかもしれない。
その一方で、わたしの提示した方法は、時間が経っても価値が失われることがない。
わたしの協力があり、バレなければという前提つきだが、繰り返し行うことができる。
「はい」
「なんだよカリス、手ぇ上げやがって」
「ひとつ、提案があるわ」
「お前、さっきわたしのこと売ろうとしてなかったか? タダで乗るつもりか?」
「貴女にも関係のある話よ」
「なんのことだよ」
「ニセモノの人形による入れ替わりが定期的に行われていたと、貴女は予想してたわよね?」
「ああ」
どこの誰かは知らないが、「カリスの夜会には定期的に別人のなりすましがいた」と推理した。
それを指示した奴こそが、ペンダントを奪った犯人だと。
「だったら、そこのアマニア嬢と取引しなくても、「同じ顔をした参加者」を丹念に探せば済む話じゃない?」
「あー……」
このなりすましの方法、カリスの夜会に対してだけじゃなく、別のところにもやっていてもおかしくない。
形だけは公平にしていたオークションにすらキレて潰そうとする奴だ。
あちこちで逆ギレをしていると考えるのが道理だ。
時間はかかるかもしれないが、わたしたちだけで探しても、尻尾をつかめるんじゃないか?
カリスはそう訊いていた。
その場合、アマニアと取引する意味がなくなる。
「ええ、その通りです」
けど、当の本人は余裕をまるで崩さない。
「ぼくがペンダントの行方を辿れた理由はそれです。たしかに不可能ではないですね」
済まし顔で椅子に座り続ける。
ここまで鷹揚に構えていられるのは。
「わたしとカリスだけじゃ追跡しきれない、そういうことか?」
「ええ」
可能か不可能かで言えば可能なんだろう。
けど、広がる夜会に無数の参加者のうちの「同じ二人」を探し当てるのは、相当むずかしい。
カリスも夜会を主催しているが、自主的な参加者であり配下じゃない。
取材のために結束する新聞部とは、その点が異なる。
「調べる対象が多くなれば、それだけ調査の人数が必要です、また、同一人物を確定するテクニックも要る」
わたしはこの夜会の大半を調べる術がある。
けれど、術だけでマンパワーが足りない。
「ぼくらは以前から、「夜会参加者の成り代わり」が行われていることに気づいていました。多くの時間と人手をかけた取材で、誰が行っているかもつかみました。わかりますか、クレオ? あなたの方法は便利ですが、決して必須というわけじゃないんですよ」
わたしの提案は、「調査方法の一つ」に過ぎないと、そう言いたいらしい。
「なら、この取引はナシか?」
「そうですね――」
アマニアは揺れていた。
彼女自身にすら何をやりたいか、何を欲しているかを掴みきれていない。そんな躊躇と葛藤がある。
これで現実のわたしが美人のままなら、なんとしてでも、どんな方法を使ってでも獲得しようとした。
自分で言うのもなんだけど、それだけ過去やら人形やらのわたしは魅力的らしい。
ぶさいくだからこそブレーキが働いて、理性による損得が顔を覗かせる。
妙な話だけど、母様が言った通り「この姿はわたしを守って」いた。
「ああ、なるほど」
「なんです」
いろいろとグダグタと考えたものの、うん、簡単な話だ。
メリットとデメリットの釣り合いがとれているなら、望む方に報奨を乗せればいい。
彼女が協力するよう仕向ければいいだけだ。
「アマニア、権利をひとつやるよ」
「権利……?」
「わたしのことを、文章として書き残していい、そんな権利をくれてやる」
+ + +
アマニア・アンドレウは本の世界の住人だ。
きっとそれは、どこまで行っても変わらない。
その世界の見方は間違っているという否定は、彼女そのものの否定だ。
その世界観で、彼女は自身の心を守り続けた。
単純に「間違っているように見えるから」潰そうとするのは、ちょっと悪趣味すぎる。
彼女がわたしに興味を持ったのは、子供の頃のわたしが「まるで本の世界の住人のような姿」だったからで、きっとそれ以上の意味や価値はない。
でも――
「今のわたしには興味がないだろ? でも、人形(コーキィア)としてのわたしがどう活躍するか、それについては興味があるはずだ」
夜会こそが「本当」に近いと述べた。
正直、わたしはあんまり理解できていない。だが、それでも、部分的には把握できる。
「わたしは形見のペンダントを取り返す、それはかなり大変なことになるはずだ」
そうしたことを言っていたはずだ。
ペンダントの奪還は、新聞部としてすべての情報を扱うと豪語する彼女であっても一筋縄ではいかないと。
「アマニア、その姿を、そこでの「わたし」の活躍を書くんだ。お前にとっての本当を作成しろ」
彼女にとって本当に大切なのは、本だ。
わたしじゃない。
だが、だからこそ、この「本当」はアマニアにとって価値を持つ。
硬質な目がまんまるになる。
心底からの驚きは、それを考えたこともなかったことを示している。
「――」
ぽっかりと空いた口は呼吸しているかどうかも怪しい。
そこ、空気出入りしてるか?
数秒の時間を開けて、椅子がガタガタガタっ! と揺れた。
アマニアの震えが座る椅子にも伝達された。
その目が、わたしを見る。
初めて目があった、そう思えた。
意思が、決意が、わたしを捉えた。
「……ぼくが、書き手?」
「そうだ」
「それは、そうか――」
傍にいるカリスは引いている。
理解出来ない原理で動くものを見ている顔だ。
「クレオ、君を本来の、本の世界に返すことができる、そういうことですか? それを、ぼくの手で……?」
「ねえ、貴女たち、なにを言ってるの?」
「ぼくは、ぼくは……」
アマニアはわなわなと両手を震わせている。
「ついでにお前自身もそうだよな」
「え」
「わたしについて書くってことは、お前視点での情報を残すってことだ。間接的に、アマニア・アンドレウも本の世界の住人になる」
「書きます」
寸毫の躊躇もない返答だ。
横のクレオの「どうしてそんな何の得にもならない取引が成立しているの!?」という顔とは対象的だ。
そのまま神々に誓うように目を閉じる。
「ぼくはクレオ・ストラウス」
ゆっくりと開いた瞳ははっきりとわたしを――いや、その向こうの「わたし」を捉える。
「今このときから、君を記すために全てを捧げる」
わたしは、強力な仲間を得た、たぶん。
新聞部の全面的なバックアップを得られた。
まあ、うん、その代わり、これからはアマニアの前で下手に鼻もほじれなくなったけど。
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