ep.30 手ぇ入れんな!

「あー、椅子それしかないんだ、座ってくれ。わたしは、ちょっと体調が戻らないし身動きが取れない、こんな体勢で失礼する」


考えてもどうしようもないし、逃げようもない。

結局は招き入れることにした。


逃走不可能な敵に背中を見せても敵を利するだけだ。

生き残るには、真正面から対峙するしかない。


というか、そもそも今のわたしはベッドから抜け出すことすら難しい。


「失礼します」


言って入室したアマニアは、かなりの長身だ。

人形(コーキィア)の姿と似通ってはいけるけど、大人と子供ほどにも違う。


「――」


楚々とした様子で椅子へと座り、わたしのことをじっと見た。見続けた。

変わらぬ硬質な視線には、どこか粘つくものがある。


めっちゃ怖い。


「昨夜にも伝えたが、この通りの姿だ。がっかりさせたな」

「ええ」


アマニアは一般的な学生服を着ている。

それ以外の装備はない。


下手をすれば包丁でも隠し持って来るんじゃないかと警戒したけど、その心配はなさそうだ。


……浮気防止リングとかも持って来てないよな?


「それこそ傅かなきゃだめなんだろうけど、割りと本気でダウンしてる、悪いな」

「本当に?」

「え」


アマニアは、む、という感じで口をつぐんだ。

どうやら思わず出てしまった言葉らしい。


「いや、嘘は言わないって」

「――」


ベッドで寝転びながら手をパタパタと振る。アマニアは先ほどからあまり喋らない。


というか大したもんじゃないぞ、なにじぃっと見てるんだ。


「ぼくは――」

「うん」

「ぼくは、君のことを探していた、ずっと」

「そうみたいだな」


また黙る。

またわたしを見つめる。


いくら見られても、人形(コーキィア)じゃないんだから、いきなり姿が変わることはない。

それは毎朝わたしが鏡の前でしているから保証済みだ。


「あー、よくここわかったな?」

「……ぼくは、新聞部でもあるから……」

「そっか」

「うん……」


そしてまた黙る。


なんか、あれだ。

酒の席で羽目を外したリリさんの、次の日の姿を思わせる。

申し訳無さの権化みたいに身体を縮こまらて黙り続ける様子にそっくりだ。


リリさん、酒飲みの場では、わたしのことを抱きしめてハイテンションで「やだー!」とか叫んでいたかと思うと涙ぐみ、またにへらぁ、と笑い出しては抱きしめ、「明日こそはー!」とか叫ぶ。

わたしとしては、こういう姿もあるんだなぁ、くらいに思っていたけど、翌日には「お願いだから忘れてください」と頭を下げて頼まれた。


騒いだ後で冷静になると、やらかしたことが尾を引いて、大人しくなるものなかもしれない。


「他のひとのこと考えました?」

「え」


いつの間にか視線が上がり、硬質な、揺るぎのない瞳と目が合う。


「ぼく以外の、誰のことを、いま想ったんです?」

「親代わりの人で、リリさん――」


手が伸びた。

背丈が大きいだけに、その距離の詰め方は素早い。


思わずビクッとするけど、気にした様子もなく、わたしの頬を撫でる。

ゆっくりと、その形を確かめるように。


「いるんだ」

「そ、そりゃな?」


今、こっちの返答を遮られた?

そう思いながらも、腰を浮かしてわたしを撫で続けるアマニアから視線を外せない。


「本当に、ここにいる……」


あ、いるんだ、ってそっちの意味か。

わたしの実在を確かめていたのか。


「いや、けど、わたしだぞ? アマニア、お前ちゃんと目ついてるか?」

「大丈夫です」

「なにがだよ」


ふ、と表情が緩む。

硬い氷の下に、芽吹いたものを連想させる表情で。


「表紙がどうであろうと、本の中身の価値は変わらない。クレオ、君はなにも変わらない」

「よし、待て、目を覚ませ」

「なにがです?」

「お前が衝撃を受けたのは、子供だった頃の、可愛かった過去のわたしだ。あるいは人形(コーキィア)としてのわたしのはずだ」

「そうですね」

「本体、これ、な?」

「それは姿のひとつに過ぎない」

「現実を認めろ!」

「気づいたんですよ」

「何をだ」


あとどうして人の手首をつかんでいるんだ?

逃がさないためか?

捕まえるためなのか?


「本こそが本当だ。なら、あの夜会の世界こそが、人形(コーキィア)こそが本当に近い。現実なんて、ただの仮初にすぎないものです」

「なんかお前の信念、変な方向に悪化してねえか!?」

「けど、現実にも、いいところはある」

「な、なんだよ」

「ぼくは令嬢で、学院生で、それなりの権力がある」

「お、おう」

「一方で君は下働きで、学院生でもなく、なんの権力もない」

「よし、話はわかった、待て、離れろ、それ以上は近づくな」

「断ります」

「う……」


いつの間にやら、のしかかられるような体勢だ。

両手は動かない、頬がひくつく。


「だめですよ、クレオ」

「なにがだよ」

「この学院において、身分差は絶対です。君には覆せない」

「うひぃ!?」


なんか嗅がれた。


「もう、ぼくに逆らったらだめです」

「し、下級職員の全員はこの学院に雇われている形だ、学院生が独自に所有することは認められていない!」

「仲良くなった人を連れて帰った事例があります、その際にあなたの許可は必要とはしない、上級職員の許可と、相応の支払いがあれば認められます」


知られていた!?

くそ、腐っても図書委員か、この辺の事情には詳しいのか。


いや、だがしかし。


「わたしはまだ未成年だ、まだ正式には雇わている形ではなく、雇用関係は曖昧で」

「へぇ……?」

「ちげえよ! もっと遠慮なく好きにできるって意味じゃねえよ!」


手ぇ入れんな!


「大丈夫ですよ」

「なにがだよ?!」

「おしゃべりを、そう、おしゃべりをするだけです」

「人のパジャマを脱がしながらするおしゃべりは存在しねえ!!!」

「ですから、大丈夫なんですよ」

「本気で何がだよ!」


アマニアは、やけに真面目な顔で。


「この世は所詮、本の写しにすぎません。これはただの予行演習です。本番は夜会で行ないます。今から行われることはただの幻です」

「悪かった、わたしがなんか酷い衝撃をお前に与えたことは謝る! お願いだから目ぇ覚ましてくれ!」

「――」


なんだよその「さっきからこの人は、どうして事前に想定していたセリフを言ってくれないんだろう?」みたいなツラは!


「ぼくは――」

「何してるのあなた達」


カリスがひょっこりと顔を覗かせそう言ったのは、わたしの人生の中でもトップレベルのナイスタイミングだ。



 + + +



邪魔者が現れたことでアマニアが引き下がる、ということはなく、そのままことを進めようとした。


「た、たすけ――っ」

「はぁ……」


カリスは淑女らしい方法で止めた。

袋に満載したコインを持ち上げ、勢いをつけて振り抜いた。


下手をすれば頭蓋骨陥没になりかねない一撃を嫌い、即座にアマニアは回避した。

新聞部にして図書委員にしては素早い動きだ。


「なにをするんです?」

「それ、こっちのセリフだわ。なに? まだあなた襲い足りないの?」


カリスは昨夜の出来事を知らない。

人形(コーキィア)として追いかけ回された記憶の方が強く焼き付いていた。


「カリス、まじで本当に、心からありがとう……」

「どういたしまして」

「むむ」


妙な緊張感が場に充満する。


わたしは魔力枯渇状態で身動きが取れない。

アマニアはそんなわたしを力付くで得ようとしている。

カリスはそんなアマニアを止められる立場にある。


なんだこれ、わたしの立場って最弱か?

茹ですぎたパスタみたいな扱いか?


いや、不人気ナンバーワンの食い物である茹ですぎパスタは他に押しやられるもので、だいたいわたしの腹に入るものだけど、そういうことじゃない。

一方的に食われる立場にあるのが問題だ。


「……」


だが、そう、この緊張状態は、むしろ望むべきものでもあるんじゃないか?

カリスという見張りがいるんだから、アマニアはこれ以上の横暴を行えない。

多少の気まずさ程度は受け入れるべきだ。よし、うん、このギスギスこそがベスト。


「……カリス・ペルサキス」

「なによ」

「校内新聞掲載差し止めチケット十枚でどうです?」

「買収すんなよ!?」


というか安いな、わたし!


「ちょっと、そう、少しの間だけ、ぼくたちを二人きりにしてくれるだけでいい。それだけで、報酬が手に入るんです」

「カリス、頼む、なんかマジで危機なんだ。いろいろとやべえんだ。ここで見捨てたらすげえ恨むぞ!」

「……貴女から提示できる利益は?」

「ダチから金取んのかよ!?」

「別にお金じゃなくてもいいわよ。考えて見れば、貴女を絶対に助けなきゃいけないわけじゃないと、そう気づいただけよ」


守銭奴の悪いところが出た。


「わ、わたしの戦闘力や魔力量は知ってるな? しばらくの間であればタダで用心棒をしてやる!」

「タダ……いい響きね……」

「それをすれば新聞部は敵に回る。カリス、君についてこれまで得た情報のすべてが一斉に紙面を飾る」

「それは困るわね」

「困るなよ、悩むなよ?!」

「確定情報じゃないけど、ぼくが知る先物取引についての情報も足せる」

「内容は?」

「綿花の価格変動について」

「それについてはすでに得ているわ。貴女の図書館に届くより、取引現場である港の方が耳は早いのよ」

「それなら――」

「待て!」


強引に遮る。

力強く挙手する。

わたしがどれくらいで売られるか、このまま黙って見守るわけにはいかない。

荷馬車に乗せられた子牛気分とかこれ以上は味わいたくはない。


「アマニア、取引だ」

「そうですね、君自身の価値は、君が決めるべきだ」

「わたしの身売り値段決めについての話じゃねえよ」


ではいったい他になにを? みたいな素の疑問の表情になるんじゃねえ……


「ペンダントの行方についての情報を、売って欲しい」


もともとは、そのために図書館を訪れた。



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