ep.29 「ぼくです」

雷撃による、地下下水への全体攻撃。

そこに生息するものに対する雷撃――


その成功を認めて、宙で落下しながらもガッツポーズを取る。


よし、これで二日分サボっていたネズミ退治はリカバーできた。

すげえ助かる。


少しズルいかなと思いつつも安堵する。

ネズミどもは、こっちが少しでもサボればあっという間に増殖する。

場合によっては致命的な数になる。


これで食料枯渇や病気の蔓延を防ぐことができた。


ただ、その代わりというように、落下速度がさらに遅くなる。

夜会の気密が破られ、崩れようとしていた。


ゆるやかな浮遊魔術でもかけられているみたいだ。


物理法則が不安定になり、図書館内のすべてもまた不安定に揺らめき出した。

グラグラと景色が歪む。

シャボン玉のように引き伸ばされ、繭状の結界が霧散しようとする。


開いた下水までの直通路、わたしはそこへ緩やかに落ちながら――


「ほらよ!」


アマニアにカードを放りつけた。

書いた出題文は、簡単だ。


 問 クレオ・ストラウスの普段の生活は?


わたしがどんな奴で、どういう生活をしているかを伝えるものだ。


喜べばいいのか悲しめばいいのか怒ればいいのかわからない、そんな複雑な表情をするアマニアは、それを見た途端に目を見開いた。


欲しがっていた「わたしについての情報」だ。

今となってはもう隠すようなものじゃない、もう半ばバレている。


だからこそ、遠慮なく問題として出すことができた。

これは、間違いなくこの夜会にとどめを刺す「薔薇への無茶な要求」となる。


アマニアは、早口で、


「わからない、答えられない」


そう返答していた。

応えて薔薇は紅く灯る。


きっと――そうきっと、わたしは、アマニアに余計な夢を見せた。

その目を覚ましてやる必要がある。

余計なお世話かも知れないが――わたしばかりがアマニアのことを知るのは不公平だ。


薔薇は、夜会の天井から落下しながらも薄い雷が放つ。

最後の雫のようなそこにあるのは、わたしの普段の姿だ。


顔はニキビだらけ、目つきは悪くて、髪の毛はボサボサで、おまけにチビで寸胴、そんな、夢も希望もない散文的な現実が伝達された。


「え」


空白、そう表現していい声が聞こえ。

次に絶叫がこだました。


呼応するかのように夜会が完全に砕ける。

豪奢な魔術空間は夜へと戻る。

わたしの落下速度もまた戻る。


「悪いな!」


わたしは人形から、そのみにくい姿へと帰還する。

人形は崩れて花となり、真下の本体の胸へと落ちる。


まぶたを開けた場所は下水だ。

わたしの身体はそこで横たわる。


ただ、さっき放った雷撃はちゃんと現実の身体にもダメージを刻んだ。

そういうことは、まったく考えていなかった。


上で続く絶叫を聞きながら、わたしもまた苦悶を押し殺した嗚咽を出して、身体を引きずり、下水を行く。

結果は痛み分け、いや――


「結局、わたしは情報を得られてなくね?」


くたびれ儲け過ぎた。



 + + +



最近、自室が病院代わりになっている気がするのは気の所為なんだろうかと、ベッドに横たわりながら思う。


先程までリリさんが看病してた。

どういう手段かは知らないけれど、全身に刻まれた雷状の火傷をあっという間に癒やしてくれた。


ある程度は魔術に詳しくなったと自負しているけれど、本当にどうやったのかまるでわからない。

まるで汚れでも拭き取るような動作で、わたしの肌に刻まれた雷跡を消して行く。リリさんは「雷撃直後でなければ無理でしたよ、無茶をしないでください」と言っていたけれど、直後だろうがなんだろうがそういう形の治癒は不可能だと思う。


「本当に、何者なんだろう、リリさん……」


割りと近い関係のはずだけど、未だに謎が多すぎる。


「カリスの奴にも、ちゃんとお礼を言っておかないとな」


昨夜はわたしが戦っている間、通路のそこかしこを行き来して、囮役を買って出てくれた。

それは、新聞部員に追跡させるためで、もっと言えば図書館へと彼らを合流をさせないためだ。


わたしがカチコミに行けたのは、新聞部員が減り、雷の分散量が減っていたからでもある。

敵の人数を、どうにか減らさなきゃいけなかった。人数差はやっぱり不利だ。


つまり、カリスは、今回の勝負の立役者でもある。

なんらかの形で報いなきゃいけない。


「うあー……」


けど、うん、今はこの体たらくだ。

身体は瀕死で、魔力はどん底、おまけに成果は何もなし。


蟻地獄の巣にでも入ってるのか、わたし。

事態を改善しようと暴れるほど事態が酷くなる、ウケる。


「それでも――」


旧友と再開できたことは、きっとラッキーだ。

この事態がなければ気づかず日々を過ごした。


というか、昔と今とで印象が違いすぎてわからるはずがない。あのときの、貴族の子女令嬢然とした雰囲気はどこ消えた。

今はなんか、小型の猛禽類みたいな凶暴さがある。


昔は、互いに自己紹介とかもしなかったから、わたしは彼女の名前すら知らずにいた。

なんとなく気が合うな、話が弾むな、という良い思い出しか残されていない。


うん、アマニアの視点からどう見えていたかは理解している。

それでも、あそこまでの執着される覚えは無い。


だってあのときは、普通の会話しかしていなかった。ドレスって窮屈だよなとか、狩装束はやっぱり認められないのかなとか、その程度だ。


周囲と馴染めないやつ同士が仲良くおしゃべりをした、それだけの関係だ。


まあ、結局、わたしからその関係をブチ切ったわけだけど。

今のわたしの姿をバラして夢から覚まさせた。


ある意味、これ以上ないほどの裏切りではある。

アマニアの理想が、ただの錯覚でしかないと証明した。


それでも、変な形でバレるよりはいい。


だってすでに「学院内の令嬢の中にはいない」ことは把握された。

たった一晩の調査で判明した。


その調査範囲が広がるのは時間の問題だ。

上級使用人や下級使用人、専門職にまで調査の手を伸ばし、そうして、この場所にまで来て、今のわたしとご対面となったら――うん、刃傷沙汰にまで発展する。


今のわたしは「アマニアの理想像」とあまりに違いすぎる。

そう考えればベストではないものの、最悪を回避できたと言えるわけで――


 コンコン


「え」


ノックの音がした。

リリさんじゃない、ついさっき出ていったし、彼女は勝手に開けて来る。

カリスでもない、ノックの音が違う、こんな遠慮がちかつ正確な音を出さない。


なぜだろう、ついさっき連想した人が思い浮かんだ。


「だ、誰……?」

「ぼくです」


なるほど、どうやって逃げよう?


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