ep.28 「悪かった。ごめん」

正解なら魔力が回復する。

不正解ならダメージに「正解の情報」が来る。


けれどアマニアは「正解でも情報を渡す」ということをした。

わたしはそれを認めてしまっていた、損じゃないから構わないと判断した。


とんでもない。

そんなわけがない。


今、わたしは、「アマニアがわたしのことをどれだけ執着しているか」を余さずに伝えられようとしている。

アマニアの、その一冊の人生すべてを無理やり読まされようとしてる。


「……ッ!」


答えられない。

正解でも不正解でも、なにも変わらない。


なら、黙っているのか?

無回答のままでいるのか?


そうすれば、威力を増した攻撃が来る。

そこには、アマニアの情報は含まれない。


だが――


「耐えられますか?」


静かに目の前の令嬢はささやく。


「ぼくのすべてを乗せた質問です、それを薔薇(ロドン)へと託した。さきほどまで回復した魔力量なんて、確実に消し飛びます」


アマニアの幼少期、わたしと出会ったときのこと、それらによる回復を「確実に消し飛ぶ」と表現した。それらに大した情報価値なんてないと。


「ぼくは苦しんだんだ、ぼくは苦しみ続けた、欲しくて欲しくてたまらないのに、決して手に入らない、その日々が耐え難いほどに続いた、延々と、延々と、どんな刑罰よりも苦しかった!」


胸に手を当て、叫ぶ。

その情動を表す動きに合わせて、天井の薔薇は明滅する。

紅く、強く、さらに輝く。


「クレオ、ぼくを受け入れてくれ、そうじゃないと、ぼくは君を壊してしまう」


それを見て――その必死を目の前にして、「ああ、負けだな」と自然と思う。


アマニアの知り得ない手段を使って情報戦を上回る、その手段を越えられた。

その必死と決死を前にしては、小狡い手段は意味をなさない。


それだけの熱、それだけの狂気がある。


「知るか」


それでも、わたしはつかまれた手を振りほどきながら大きく呼吸し、長柄のトンカチを作り出す。

一瞬の瞑目は、覚悟を決めるための時間だ。


「君は――」

「わたしにも責任はあるんだろうな。けどな、だからってお前の想いを丸々受け取れっていうのは無茶だぜ?」


というか、そもそも。


「そんなことしなくても、普通にまたおしゃべりすればいいだけだ、友達相手に拗らせすぎじゃね?」


なぜかものすごく苦い顔をされた。

意味がわからない。


ロドンは光る。

力を紅く蓄える。


頭上のそれに、わたしはただトンカチを構える。


そう、答えても答えなくても破滅。

なら、「無回答」という選択しか残されていない。


薔薇(ロドン)の放つペナルティを、真正面からいなす。それしかない――


「弾くつもりなら、無駄です」


色々を押し殺したような声音で、アマニアは続ける。


「威力は保証します。また、たとえ弾き返したとしても、この夜会にいる限り、そのペナルティは君を追い続ける。下手な反撃は魔力量を削ぐことにしかならない」

「あっそ」


だからどうした。


「アマニア」

「なんです」

「お前を無視するようなことをして、悪かった。ごめん」


伝達される情報は、本人から記憶を薄れさせる。

この「正解」を受け入れれば、きっとアマニアの焦燥とか執着は弱くなる。


けどそれは、アマニアという人間を薄くすることだ。

彼女自身の人格を削る作業だ。

そんなもん、認められるわけがない。


たった一夜限り、はるか昔の出来事だったとしても、友達だ。

わたしが友達を損なうような選択をすることは、決して無い。


アマニアの硬質な目が、わずかに見開かれ。


「覇ッ!」


わたしはトンカチを最小半径で振り上げ、落ちた雷に激突させた。



 + + +



もしこれが本当の雷であれば、この瞬間にわたしは死んでいた。

全身を焦がすダメージを食らっていた。


けれど、これは魔法的な攻撃だ。

自然現象そのものじゃなくて、模したものに過ぎない。


純粋魔力を充填させたトンカチの一撃は、薔薇から降る一撃と拮抗した。


「ぐっ……!」


それでも、重い。

ひたすらに、重い。


全身がきしみを上げる。

踏み込んだ床が窪み、彩るドレスに紫電が走る。


無回答の不遜者を罰するべく、薔薇はさらに威力を上げる。

雷の幅がさらに太くなり、大蛇のように暴れ出す。


それは――わたしだけじゃなく、他の図書委員やアマニアにまで被害をもたらす。


「ざッけんなッ!」


仮にも夜会の本当の主催で核だろうが、なに関係ない奴に怪我負わせてんだよ。

ちょっと反抗したくらいでその体たらくかよ、薔薇(ロドン)だ? 偉そうにしてるんじゃねえ笑わせんな。


「人のダチに手ぇ出してんじゃねえぞボケが!」


瞬間的な激発が力となり、人形(コーキィア)を燃やし、各所の魔力が稼働する。

足の力から腰へ、肩へと連動し、振り抜いた。


雷が打ち返され、発信元である薔薇にまで直撃する。

暴れるヘビ、その頭部が自らの肉体にめり込むような形で収縮した。


きぃん、という硬い音。

それは――しかし、薔薇(ロドン)が反撃を弾いた衝撃だ。

光球と化した雷が、図書館内を反射する。だが――


「この夜会にいる限り、ずっとわたしを追いつづける、そういう話だったな」


本棚を模した壁に弾かれ、伸びる円柱に角度を変え、タイル張りに跳ね返されたと思えば本棚の一部に接触する。

目で追うのが精一杯のスピードだ。


雷獣が駆け巡っている――それも神話のレベルのそれが狭い空間内を縦横無尽に跳躍していた。


「だったら――」


長柄のトンカチを構える。

ただ予想する、ただその行先を思い描く。


思い出すのは下水でのネズミだ。

あの連中の、息を潜めた完全奇襲に比べれば、軌道を予想できる分だけ楽だ。


さきほど消費し、目減りした魔力。

その残存した力を凝らす。


横壁に反射し、滑るように光球が来る。

狙ったものかはわからないが、打ち上げるのが難しい角度とタイミングだ。

だが、そんなことは関係ない。


少しでも速度差を殺すべく、後ろへとジャンプした。

スカートを翻させながら、半円を描いてトンカチを振り下ろす。

狙ったタイミング、完璧に機を捉え――


「シィッ!!!」


迫る光球へと、直撃した。

長柄のトンカチを破壊せんばかりに雷は絡みつく。

伝い来ようとする威力に、両手へと集結させた魔力で抗い、ただ真下へとその威力を落とす。


そこは――わたしがさっきまで立っていた箇所で、この夜会へと来た地点だ。

下水にもっとも近いポイントでもある。


そう、学院でもここでも、床は破壊可能だ。


光球をトンカチで押しつぶすように、床へと叩きつけた。

当たり前のように地面は割れる、硬石が紙粘土のようにあっさり砕ける。

土煙が舞い上がり、雷の余波が伝い雷雲のように膨れ上がる。


「――!」


その反動で、わたしは真上に吹き飛ばされた。

ベクトルが噛み合い、妙な方向へとすっ飛んだ。とんでもないバネの反動を食らった勢いだ。


「ごばっ」


口から内部破損のカケラを撒き散らして宙を浮かびながら、見開いた目で図書館天井の絵画を見る。

描かれた知識を司る女神、メティスと目が合った。バカなことしてんね? と言われた気がした。知るか。ダチを助けるにはこれしかなかったんだよ。


一瞬の交差の後、落下する。

右手はバキバキに折れ曲がり、まるで動かない。


下を見る。

空間に充填する魔力量のせいか、それとも走馬灯じみた意識の加速のためか、やけに落下が遅く感じる。


夜会と現実とを隔てる境となる、繭の白さがある。

他に、破壊はない。

わたしは生きているし、情報も受け取っていない。


やってやったぜ。

完全に、やり過ごした。


アマニア、お前の思惑を越えた。

落下の最中に、信じられないというその顔を見る。


「ははっ!」


手にしたトンカチには、未だに雷撃が纏わりつく。

わたしは言うことを聞かない右手からもぎ取り、魔力を途切れさせぬまま振りかぶり、左手で真下へと投擲した。


そう、勝てないし、得られない。

けどこれ以上は、ここにもいられない。


投擲したそれは本物の稲妻のように行き、繭へと触れ、拮抗する。

わたしの力では不可能だが、アマニアが捧げた全情報は価値を持つ。

この夜会を破壊するほどの価値が。


雷撃が、繭を食い破る。

モワッとした独特の臭いが鼻を突く。

まだしもマシな方ではあるが、下水のそれだ。


落ちたトンカチは、そのまま揺れる水面に触れ――

盛大な破壊を撒き散らした。


膨大な雷撃量が下水すべてをくまなく伝い、アイトゥーレ学院の地下すべてが紫電に灯った。きっと島の外部から見れば、島そのものがライトアップされたように見えたはずだ。

雷は、地下に生息する生物を根こそぎに駆逐した。





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