ep.27 「それを決めるのは君じゃない」

わたしの後見人はリリさんで、教育係もそうで、昔から色々なことを教わり続けた。

それには、公的な催し物の場における淑女の振る舞いも含まれた。


どうしてそんなものが必要なのかと疑問だったけれど、主人の振る舞いについて知らなければ、上手く仕えることもできないのだと言われれば否定もできない。


そうしたわけで、子供だったわたしは妙に着飾り舞踏会に出席した。

馬子にも衣装だなと、鏡向こうを見て頷いた。本当に、まったくの場違いだ。


その感覚は実際に参加しても変わらない。

わけがわからなくて退屈で、何も楽しくない。

窮屈なドレスのせいで、ろくにメシも食えない。


恐れおののいて罵倒したり、理由のわからない悪口を投げつけて来る同年代の子供も、忌避感に拍車をかけた。


こいつら、なにがしたいんだ?

怖がっているようだが、その理由がわからない。


そんな中、話の合う奴をどうにか見つけ、気が楽になったことを覚えている。


その一人が成長した姿が、目の前にいた。

所詮は身分違いで、もう出会うことも、仲良く会話することもないと思っていた奴が、なぜか執着の炎を今も燃やしていた。


「クレオ、君はひどいやつだ」

「ええと……?」

「どうして逃げ出した、どうして姿を見せてくれなかった、君は名前すら教えてくれなかった。なぜ、ぼくの前から姿を消した?」

「いや、もう推測できてんだろ、学院中の令嬢を調べてもいなかったんだろ?」

「わからない、理解なんてできるわけがない……」


なにこれ修羅場?


思わず後ずさるけど、させないとばかりにガッチリと腕を掴まれた。


「おい」

「ああ、いや、これは、むしろ好機ということ?」


あ、なんかやべえ。


「君が『そう』なら――ぼくは、君を独占できるのか? 君が令嬢ではないのなら、ぼくはいくらでも横暴な権力者になれる」


知らないだろうけど、現実のわたしはブスだぞ、期待外れだ残念だったな、とは言えない。

言えば殺されると確信できた。


きれいな思い出を汚すことは、たとえわたしであっても許さないという狂信が、硬く硬く渦巻いていた。


「ペンダント? そんなものは取り返してやります、死ぬほど困難だけれど、絶対にやります。対価としては安いものだ。他に欲しいものはなんです? なにを手に入れたいんです? 知りたいことは? 復讐したい相手は? ぜんぶぼくが叶えます」

「おい、落ち着け」

「だから、またぼくに笑いかけて……」

「おい、お前らのボスが正気を失ってるぞ、止めろよ!」


背後にいる部員たちに呼びかけるが、彼らは混乱するばかりで役に立たない。

彼らからしても初めて見る姿みたいだ。


「くそ――」


仕方なしにわたしはカードを取り出し、文字を浮かび上がらせる。


 問 クレオ・ストラウスが、他の夜会の最新情報を知っている理由は?


情報の重要性と、薔薇が放つ威力は比例している。

たぶん、正解の際に奪い取る記憶の価値で判断している。


これは、わたしにとっての最重要情報だ。

今この時点で、他に奪われて困るような情報はない。


「答えてみせろ!」


わたしは腕を掴まれた状態のまま、質問文を見せつけるようにする。

これは、お前が知りたくてたまらないもののはずだ。


しかも今、お前はカツラまで脱いでいる。ダメージの削減手段がない状態だ。

直撃を食らったら大変だよな?

ひとまずは魔力を回復させるべきだ。落ち着いて事態の改善をした方が――


「知らない」


すぐに断言された。

わたしを見つめたまま、寸毫の躊躇もなく。


「まったくわからない、意味不明だ、答えられない」

「嘘つけ!? 絶対推測できてるはずだろ!」

「クレオ、君の情報をぼくが逃すはずがない」


掴んだ手を離し、気色悪いことを気色悪い笑顔で言われた。

その歪んだ笑顔に、雷が降った。


轟音、炸裂する強烈。

他へと散らしていた威力はアマニア一人だけを標的に降り注ぐ。


けれど、笑みは深くなる。

わたしの記憶が薄れるのと同期するかのように。


「ああ、なるほど?」


全身を焦げさせながら、目を細めてわたしを見る。


「クレオ、君は夜会を利用したんですね」



 + + +



夜会とは、ルールが定められた領域だ。

それは他から覗き見ることができないようにされている。


繭のようなものが覆い、外部からではまったくわからないことは、それこそ昨晩確かめた。


だけれど、ふと思った、想像した。

現実から夜会は見えないけど、夜会から夜会を見ればどうなる?

この学院内のそこかしこに展開された夜会、そこに「別の夜会を接触させた」なら?


そう考えて、わたしは学院の屋根裏すべてを対象とした夜会を開いた。

それだけの広大な領域を、「ただ夜会を開くこと」だけに費やした。


カリスの薔薇を借りて行ったそれは、たしかに魔力消費もなしに実行できた。

どうやら、わたしの保有魔力ポテンシャルを参考に、領域範囲を定めているようだ。

複雑に入り組んだ屋根裏すべてが舞踏会場となり、わたしとカリスだけの広大を作成した。


その結果として、学院内の夜会の大半と接触した。

もともと天井裏に夜会の頂点が突き出ていた、その接触箇所から、それぞれの夜会を覗き見ることができた。


わたしの動きをつかめなかったことは、当然だ。

どれだけ通常の通路を見張ったところで意味がない。

なにせわたしが移動し、情報を得ていたのは天井裏だ。


新聞部が知り得ない情報を、一方的に入手した。


夜会の最中の人々がよくよく確かめれば、天井にヘンテコな穴のようなものがあるとはわかっただろうけど、大半は自らが主催するテーマに夢中で気づかない。

料理部では調理にばかり意識を割いているし、運動部は戦いにしか興味がない。

夜会は、同じ欲望を持つ者たちの集いだ、周囲の異変に意識を配るほどの余裕はない。


「さすが……さすがです……」


アマニアはわたしに亀裂のような笑みを向ける。

横にギザギザに割かれたような表情は、めったに笑ったことがない人のそれだ。


「それだけの規模の夜会を開ける人なんて、他に一人しかぼくは知らない。それだけの魔力量を、それだけの規模の力を持っていることの証です」


いや、知らん。


「君は、やはり特別です。この世界で唯一の本物だ。ようやく、ようやくぼくの前に出て来てくれた……!」

「ただの勘違いだ」


さて、まじでどうするか。

なんか話がまた変な方向に曲がった。


「いいか」


わたしは念押しするようにアマニアを指差す。

気づかぬうちに、しれっとまた腕はつかまれていた。


「わたしは、お前の理想通りの奴なんかじゃない、それはただの錯覚だ」

「それを決めるのはクレオ、君じゃない。ぼくだ。ぼくが幻想か本物かを判断する。ぼくが読みたい本はぼくが決める」


言いながら、カードを手繰る。

そこに文字が現れる。


 問 アマニア・アンドレウとは何者か。


全身に鳥肌が立つ。

嫌な予感なんてレベルじゃない。


「だから、クレオ、あなたにも、ぼくのすべてを知ってもらいます」


昨夜わたしがやったことをやり返された。


あなたという人間は何者か?

これに答えられる奴なんていない。


不正解が約束された問題――いや、たとえ正解したとしても、情報が来る。

わたしはそれをすでに認めた。


アマニアの全情報を伝えられる。

硬い瞳の奥の溶ける熱を、残らずわたしに伝達される。


これを避ける術がない。

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