ep.26 「やはり、あなただ」


夜会というのは、主催者により様々な設定を設けることができる。


たとえばカリスのそれであればオークションの形で魔力とモノのやり取りをする。

わたしが覗き見た料理部であれば、魔力を用いた調理により、効率のいい補給を模索してた。

そして、この新聞部の夜会では、知識と魔力とを交換している。


夜会および薔薇(ロドン)がもたらすものは、場の提供であり、ルールの徹底だ。

だが、もし、「設定のない夜会」があれば、それはどうなるだろう。


いや、そもそも、夜会とは一体なにか。

わたしはもちろん、学院生の誰もそれを知らない。



 + + +



嫌な予感を振り払うように、わたしはカードに魔力を込めて問題を作成した。

今ここに至っては、やるべきことは変わらない。


 問 今夜、運動部が行っている競技は?


アマニアは意外そうな顔をした。


「これは、知っていますよ。予定された通りであれば、今夜は短距離走を行うはずです」

「それが答えか?」

「ええ」

「不正解」

「え」


わざとではない。

きっとアマニアは本当にそれが正解だと判断して答えた。

けれど、天井の薔薇が脈動し、雷がアマニアへと降り注いだ。


「え゛が――!?」


ふたたび雷槌が彼らを打ち据えた。

空気の焦げた臭いがする中、わたしの記憶は薄れて行く。


「もともとは、その予定だったらしい。だが、急遽ボクシングに変わった」


原因は、わたしだ。

もっと言えば、昨夜の人形からの逃走劇による破壊跡を見たからだ。


あれをできる奴がいる、見知らぬ強い奴がいる、それと戦うための力をつけなければと闘志を燃やし、強くバンテージを巻いていた。

曲りなりにもドレス姿で血の匂いのする笑みを浮かべる令嬢の群れは、ちょっとした恐怖だ。


「見て、いた」


衝撃に耐えながら、アマニアはどこか呆然としていた。


「クレオ、あなたはそれを実際に、自分の目で見て確認した」

「ああ」

「時間は、つい先程、実際に目にした情報だからこそ、薔薇は本当だと認めた……」

「そうだな」

「どうやって?! あなたは夜会に参加すらしていない! あなたを目の敵にしている者たちは、あなたのことが目に入っていなかった! そんなことが、なぜ、どうして可能なんですか!」


混乱と興奮が、彼女の頬を染めた。


「いや、これは――視点がおかしい。上から見ていた! 夜会参加者の顔が見えるほどの距離から! そんなことはありえない! そんなことは不可能だ! 新聞部員たちの追跡をどうやって躱したんですか!」

「タダで教えるわけないだろ?」


わたしは手を広げ、アマニアを示す。


「次は、お前の番だ」

「――」


挑むような、あるいは恨むような目つきをしていた。

この夜会の主催はアマニアであり、わたしはその挑戦者のはずだが、いつの間にか逆のような立場でいた。


結束して戦おうとする新聞部に、わたしは単独で立ち向かう。


まあ、いつものことだ。

集団で襲い来るのがネズミから令嬢に変わっただけだ。

あまり大きな違いはない、たぶん。


「気に入らない……」


ぽつりとこぼすように、アマニアは言う。


「気に入りません」

「なにがだ?」

「知識の頂点はここだ。高き秘匿から低き猥雑まで、すべての知識を統べます。ぼくらが知らない情報を、クレオが、学院生ですらない人間が、知っていていい道理などない!」

「教えてほしいのか?」

「まさか」


表情は変わらない、だけれどギラギラとした輝きが足されていた。


「教えられなくても――見当はついています」


今までの断片的な情報から推理したらしい。

さすが、とは言わないでおく。


「それに、納得が行かないんですよ」

「なにがだ」

「あなたには高い能力がある、なのに、なぜ隠れ潜むようなマネをしていたんですか、それも、ずっとだ、ぼくはあなたを見つけることができずにいた」


カードを手繰る。

気軽に宙をすべるそれには文字が書かれている。


 問 アマニア・アンドレウの人生の転換点は?


「おい」

「なんですか」


少しだけ、憤慨する。

下級職員に、実質的には下働きの人間に何を求めてんだという文句もある、だが、それ以上に、問題が無茶すぎた。


「こんなの、知るわけがないだろ」


どこまで調べても、個人的な心情は出て来ない。

答えられるのは、それこそアマニア本人か親友や親兄弟だけだ。


「本当に?」

「はあ?」


どこか戸惑う風の、後ろに侍る新聞部員たちのことなど知らぬというように、アマニアはカツラを脱ぎ捨て、黒の短い髪の毛を示しながら続ける。


「本当に、あなたは知らないんですか?」

「……わかんねえよ」


心から言う。

思いつくとすれば――


「それこそ、いい出会いでもあったんじゃないのか?」

「正解です」


カードが弾ける。


「はあ?!」


魔力が弾ける。

更に回復がされる。

さっきよりも膨大な、それだけ重要な情報だと示すような量が膨れ上がる。


記憶が、来た。


彼女は本の世界の住人であり、それ以外のものになど価値を認めてはいなかった。所詮は理想からすれば二番煎じの、嘘偽りのものでしかないと、心からそう信じていた。


それは、このアイトゥーレ学院に留学しても変わらない。

以前の、まだ十歳かそこらの頃だ。


知識を独占しようと企む王が近隣に出現したための、念の為の避難という留学だったが、予想通り退屈していた。

たしかに知らぬ本を読める。だが、そのレベルは期待したものではない。

既知しか教えぬ授業を受けても欠伸しか出ない、まして、令嬢同士の顔合わせなどという意味不明の催し物など、不愉快極まる。


所詮この世は本の写しだ。

場所の変化程度で、なにか違いが起きるはずもない。


本こそがすべて。

文字こそが人の本質であり、肉体や意思などその付属に過ぎない。


幼いながらも形成されていた強固な芯と信念は――ただの一目で崩れた。


初めてみる顔であり、新参者だ。

高い魔力量が、彼女の輪郭を彩る。

心臓が高鳴る、顔が熱い、目が離せない、現実だとは思えない、いつから本の中に入り込んでいた?


「よお、おまえも退屈なのか?」


そう笑って話しかけられたことすら、夢のようだ。

世界すべてが色づく経験を初めてした。


アマニア・アンドレウの人生は、ここから開始された――



そんな――強烈な思いが、回復の魔力と共にわたしを襲撃した。

恐怖半分に顔を上げれば、昔と同じ硬い目をしたアマニアがいた。


わたしの困惑と、その裏にあるものを認める。


「やはり、あなただ」


確信を込めた言葉。


「あなたが、あのとき、あの夜に、ぼくが出会った相手だ」


再会するために、探し出すために、この新聞部を作ったのだと、熱を込めてそう続けた。



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