ep.25 「さあ、次はそちらの番です」
アマニアは無言のままカツラをかぶる。
長い毛髪は、電撃を散らすための装備だ。
ゆらめき伸びる頭髪が、導かれるようにそれぞれの新聞部員の手首に絡みつく。
一対一の勝負が、一体十の勝負へと変質する。
「その言葉は本気ですか?」
「もちろん」
「無謀ですね」
「お前こそ、今は新聞部員の数が少ないみたいだけど、いいのか?」
「構いません」
どこかアマニアは刺々しい。
わたしを見る視線は、完全に敵のそれだ。
「今度こそ、あなたを逃さない」
昨夜はずらっと勢揃いするようにいた新聞部員たちは、今は数が減っていた、学院内のそこかしこに配置して動向をチェックするため、大半が外へと出ていた。
これでわたしの魔力量が回復しきっていればいい勝負だったろうけど、今は底が見えている。
魔力量だけで比較すれば一対百くらいはある。
「あなたは、一人ですか?」
「ああ、もちろん」
「この勝負について、すでにあなたは知っているはずだ。人数差がそのまま防御力の差となるゲームです。ぼくたちを舐めていますか?」
「いいや」
たしかにそう思われても仕方がない。
今のわたしは、一度でも不正解を出せば敗北する。
「舐めてはいないが、まあ、たしかにこっちの不利だ。先行して問題を出させてくれないか?」
「……あなたが?」
「ああ」
アマニアの目的は、わたしについての情報収集だ。
わたしが情報を吐き出す機会をひとつでも多くすることは、彼女にとって得になる。
「……それがあなたのお望みであれば」
あからさまにバカを見る目をしていた。
何もわかっていない愚か者を見る視線だ。
「アマニア」
「なんです」
「勝ち筋を逃したな?」
わたしのふざけ半分の言葉に、硬質の目が更に鋭くなる。
「あなたのことですか? 敗北するための道程を、あなた自身が敷いた。その程度のことにも気づかないのですか? やはり、そうだ、あなたは違う。ただのまがい物のニセモノだ」
「それ、昨日も言ってたな?」
「ぼくはあなたの身長を精密に計測した」
いきなり話が急カーブした。
「なんだよ、いきなり」
「この夜会の外での、現実のあなただ。フードで顔こそ見えなかったけれど、姿そのものはわかった。壁位置との比較、ぼく自身の目算、わずかに目撃していた他部員の計測も合わせ、正確に調べ上げた」
目に現れていたのは憎しみ――いや、裏切られたという激昂だ。
「あなたとまったく同じ身長の学院生は、どれほど調べてもいなかった。あなたは、このアイトゥーレ学院の生徒ではない」
「ふぅん」
外で見張りをしていた新聞部員。きっと彼らの仕事のひとつもそれだった。わたしと同じ背丈の学院生を見かけたら笛が鳴らされた。
「どこの誰かは知らないが、あなたは貴種ではない、ぼくらと同等ではない。この夜会に参加していることすらありえない」
「知るか」
わたしはただまっすぐアマニアを見る。
その意固地な有り様を。
「わたしが何者であろうと関係ない、今夜、ここでお前はわたしに負けるんだ、そのことに違いはない」
「バカが。これは本来、勝敗などないゲームです。ぼくたちが情報を得るか、さもなければあなたが人形(コーキィア)の構成を崩して情報を吐き出すか、そのどちらかしかない」
「あっそ、なら、解いてみろ」
わたしはカードに魔力を込める。
吸われた魔力に、それだけで倒れそうになるが意地で姿勢を保つ。
すべるように向かうカードに書かれた文字は――
「え」
問 今夜、料理部の夜会が行っていることは?
アマニアが絶対に答えを知りようがない問題だ。
+ + +
長くキラキラと輝くカツラをかぶる令嬢は、わたしを呆然と見る。
続いて、窺うように上の薔薇にも視線を向けた。
そこに変化はなにもない。
ただ静かに、答えを待つように輝いている。
そう、わたしがこの正解を知っていると、他ならぬ薔薇(ロドン)が認めた。
「馬鹿な……」
「さあ、答えは?」
「報告は来ていない、クレオ、あなたは他の夜会に参加していないはずです!」
「知るかよ」
「ハッタリだ! わかるわけがない、そんなはずがない。夜会を外部から観察はできない。実際に参加しないことには――」
「じゃあ、どうする? わたしがペナルティを受けることに賭けるか?」
悔しそうな顔は、葛藤の表れだ。
誰がどう考えても、なんでもいいから答えた方が得だ。
不正解によってダメージを負うが、同時に情報も得られる。
わたしのやった方法が、自動的にわかる。
けどそれは、アマニアの警戒に穴があったことの証明だ。
各地に部員を配置したのに、すり抜けて他の夜会に参加し、またそこから抜け出し、更に図書館にまで平然と来たことを――わたしにしてやられたことを、認める宣言だ。
本当にいいのか?
この質問がハッタリであれば、強烈なペナルティが降り注ぐはずだ。
意趣返しとして考えれば、そちらの方がいいんじゃないか……?
アマニアの表情からは、そんな懊悩が透けていた。
「そういえば、大丈夫だったか?」
「……なにがですか」
「昨日、質問に答えられず雷の直撃食らって苦しんでたよな? すごい大変そうだったな?」
「――っ!」
わたしを下に見ているからこそ、この程度の揶揄も無視できない。
「ぼくは返答しない! するわけがない。こんな奴がぼくらを出し抜けるはずがない! 薔薇よ、どうか正しい裁きを――」
蒼い点滅を早くしていた薔薇は紅く染まり、当然のようにアマニアへ強烈な雷を直撃させた。
+ + +
不正解ですらない、回答拒否。
それによる雷撃は、10人で分け合った上でもなお相当の破壊力を発揮した。
「ぐっ……!?」
アマニアはもちろん、その周囲に侍る新聞部員たちですらその骨格が透けて見えるほどの衝撃と閃光だ。
誰がどう見ても、「無回答ペナルティ」の一撃だ。
「料理部は、新鮮なタコを手に入れたらしくてな、煮込み料理を作ってたよ」
玉ねぎをたくさん使った煮込みで、スティファド・フタポディという名前だ。
他の夜会と交渉して手に入れた新鮮なものだ。すげえうまそうに見えた。
「馬鹿な、どうやって……」
「さあ、そっちの番だ」
わたしは手を広げ。
「わたしが知らないことを訊けば、確実に倒せるぜ?」
確実にそうするには、ペンダントの行方について出題すれば済む。
「それともアマニア、やっぱりお前は知らないのか?」
「なにを」
「お前が知らない情報、結構ありそうじゃないか?」
「本、情報、噂話、ゴシップにデマ、歴史的書物に明日のディナー、ここはすべての情報を扱う夜会(オルギア)です。情報に関してぼくらを侮ることは許さない」
「なら、どうする」
アマニアの顔には、知りたい、と書いてあった。
どうやって新聞部でも掴んでいない情報を得たのか、その手段と方法を知りたいと渇望していた。
そのためには、わたしが提示した通り、ペンダントの行先について質問すればいい。
それにわたしは答えられない。人形を保てずに霧散し、すべての情報を公開することになる。
だが――
「人は文なり……」
硬質な目をわたしに向けた。
「クレオ、あなたにそれを思い知らせる必要があります」
「そうかよ」
理性的な損得より、プライドを選択した。
正直、わたしとしては、とっとと終わってくれてもいいと考えていた。
「なら、とことん付き合ってやるよ」
「ええ」
カードが飛来する。
目の前でとどまるそれは文字を描き出す。
問 アマニア・アンドレウの出身地は?
「んん?」
なんだか、妙なことを質問された。
この程度のことは、すでに調べた。
なにせ情報を力とする夜会だ、準備もなしに赴くはずもない。
「ええと、ペリデス、ヒュペル、ミスキュラの三国の接点である大図書館の出身だ」
「その通り」
カードが弾け、魔力がやってくる。
それなりの回復が行われ――
「え」
情報も来た。
彼女は首席司書の娘であり、本に囲まれて過ごした。
言葉を喋るよりも前に文字を嗜み、ただその世界に没頭した。
この世とは文字の残影に過ぎず、本の世界こそが真であると、誰に言われずとも確信した。
それは、ある種の信仰ですらあった、自分に見向きもしない親など「本当」の影に過ぎない――
「アマニアッ!」
「不正解時には、正しいことを知っている証拠として情報が渡されますが、正解時にそれをしてはならないというルールはありません」
「……事前に知らせず勝手にルール変更したわけじゃないんだな?」
「ええ、情報の受け渡しは、出題者が望めば可能であるというだけです」
未だにそこかしこが燻るアマニアには、どこか覚悟のようなものが垣間見えた。
「さあ、次はそちらの番です」
冷静に言われた。
「あなたの知り得た情報を、ぼくに叩きつけてみてください」
わたしは、きちんと準備をして、勝算を得た上でここにいる。
だというのに、根本的な勘違いをしていたような予感がひしひしとしていた。
これは本当に、互いが知りたいことを暴く情報戦か?
わたしを見るアマニアの視線が、硬く硬くその強さを増していた。
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