ep.24 「どういうつもりです?」
夜会とはなにかと言われて、きちんと返答できる人は少ない。
わたしも一時期調べていたけれど、これが「他の地域では絶対に有り得ない気軽さで行われている」ってことしかわからない。
島の名物、夜会です、そんな状態だ。
他では数ヶ月に一度がやっとの大規模魔術が、ここでは学院生が気軽にぽんぽん発生させているのは、ここが北方の海に浮かぶ島なのに温暖で過ごしやすい魔導的地理が関係しているのかもしれないし、魔力に優れる代々の学院生がいろいろとやりすぎたせいなのかもしれない。
あるいは、この学院にはもともとダンジョンがあったことが関係しているのかも。
古来から島にあったこれを制覇し、人にとって有用な形に変換した、それがアイトゥーレ学院の始まりだ。
教員の何割かは、この地に根を下ろした妖魔の類だって噂すらある。
ちなみにリリさんは、この学院が発足した当初からメイド長をしている20代後半くらいの姿の人だ。
宝の定義を金銀財宝から学院生に変え、これを守るための場所にした。
同時に、内部に潜むどうしようもない凶暴性を発散させるため、毎夜のように夜会を開いた。
他のダンジョンが冒険者とモンスターがしのぎを削り、叩き潰しているように、ここでは学院生同士がしのぎを削り、叩き潰している。
実のところダンジョンからしてみれば、「人が内部で争い続ける」という点で何も変わっていないのかもしれない。
「それで、どうするのよ」
「いや、ついてくんなよ」
わたしたちは今、学院の屋根裏に来ていた。
毎日ちゃんと清掃しているから、普通に出歩く分には問題ない。
薄暗がりのそこかしこは、ひっそりと光が灯る。
下では現在、数多くの夜会が開かれているためだ。
光る繭の頭が、まるで豪華なランプのように天井裏を下から照らしている。
「貴女、目を離すと何するかわからないのよ」
「何も知らない五歳児かなんかか、わたしは」
「似たようなものじゃない?」
「んなわけねえ。というか、そんな心配しなくても、今のわたしは正直なところ手詰まりだよ」
「まあ、そうよね」
新聞部を敵に回した。
それは気軽に他の夜会に参加できないことを意味した。
下手にどこかの夜会で過ごせば、新聞部員で囲まれる。
「ねえ」
「なんだよ」
カリスは隙間からのぞき見える下の様子を指でさしながら言う。
「貴女、大人気よね」
「言うなよ」
その懸念が正しいというように、廊下の角ごとに新聞部員がいた。
暗がりに身を潜めながら、誰がどこに向かっているかのチェックをしていた。
生真面目な様子で、誰も逃さぬというオーラを全身から放つ。
ご丁寧なことに、その胸元には高音を鳴らす笛があり、異変や異音を感知するたび、即座にそれを咥えた。
何かあれば盛大に吹き鳴らし、周囲へと知らせるためだ。
お陰で下手に襲撃することすらできない。
「こういう調査って普通、バレないようにこっそりやるんじゃないのか?」
「それだけ、なりふりかまってないられないということでしょうね」
天井裏にまで突き出るように夜会の繭はある。
真っ白なそこから参加することもできるけど、下手にやるわけにはいかない。
確実に廊下すべてをチェックしていたにも関わらず、そこを潜り抜けて夜会に参加したのなら、廊下以外を使って移動したに違いない、そんな確信をアマニアに与える。
「というか、これ以上は消耗はしたくないんだよな」
「あれだけの魔力量を持っていて?」
「回復量はないに等しいんだよ」
「その点だけは普通以下よね、貴女」
「もう2日も休んでる、これ以上の休暇はリリさんに迷惑がかかる」
「……ああ、そういえば貴女って下働きだったわね」
「今更かよ」
下水のネズミも今が好機とばかりにきっと増えている。
暗闇の中で騒ぐ数が大きくなり続ける。
一匹一匹は弱いけど、徒党を組まれると厄介なんだよな、あれ。
「魔力でも吸う?」
「お前から?」
「ええ、今回の件に多少なりとも責任を感じているから、構わないわよ」
「んー……」
別に気にすんなよと言いたいが、魔力補充そのものは助かる。
「方法は?」
「経口摂取」
「よし、止めよう」
「冗談よ」
言ってカリスは袋から花を出した。
収納系に入れていたらしいそれは、夜会の源となる薔薇(ロドン)だ。
艶めく花弁が、夜会の明かりを反射する。
「これを経由すればいいわ」
この薔薇に魔力を捧げることで、純粋魔力としてのコインが生じた。
人から人への魔力譲渡は割と色々しなきゃいけないから、こうするのがいいんだろうけど。
「……魔力量が目減りしないか?」
「それなら直で、って話になるわよ」
「それもなあ」
「血を吸われるのは、こちらとしてもあまり気分は良くないけれどね」
「……経口摂取ってそういう意味かよ」
「?」
とても不思議そうに首をかしげるカリスは、たしかに令嬢なのだと思う。
マウストゥマウスとか想定の彼方だ。
「まあ、いいや。カリス、お前の回復量がすごいって言っても1000コインくらいだろ? わざわざ無理するほどじゃない。気持ちだけもらっておくよ」
「……普通、コイン1000枚って魔力が半分以上回復するのよ?」
「そうなんだ」
わたしの体感としては数%くらいだ。
それだけを補充されても、あんまり変わらない。
むしろお腹が減っているところにパンの耳を一個渡されたような気持ちになる。
足りねえ、もっと寄越せ。
「そもそも、夜会の開催って割と魔力を消費するよな? これからすぐじゃないだろうけど予定はあるはずだ。わたしに魔力を渡すべきじゃない」
「いいえ、消費しないわ」
「は?」
島の外ではそもそも発動できないような魔術だ。
これだけ毎夜のようにバンバンと使っているのは異常だけれど……え?
「まったく、カケラも消費しないわ、この薔薇に願えばタダで夜会は開かれるわ」
「なんだ、それ」
「本当にそうなのよ、代償を求められたという話も聞かないから、不審に思っていても、結局は誰もが便利に使っているわ」
薔薇(ロドン)は紅く艶めく。
まるで、ごく普通の植物のように。
とてもじゃないけど、そんな異常を起こす物体には見えない。
「……タダより高いものはない、ってオチにならないか?」
「知らないの? タダより安いものなんてこの世にないのよ」
「お前、案外騙されやすそうだよな」
「どういう意味よ」
お金にがめつくて人を疑わないのは、詐欺師からすれば格好の標的だ。
名前も知らない相手からの手紙を受け取り、「た、大変じゃない!?」と叫ぶカリスがリアルに思い浮かんだ。
けれど――
「どうしたの?」
どこか不満そうなカリスを他所に思う。
夜会(オルギア)について。
あるいは、アマニアについて。
昨夜のあれはわたしの負けだ。
無事に逃げられはしたけど、勝利からは程遠い。
完全に上回られた。
ゲームとして負けた。
どうしてそうなったかといえば、情報戦で負けたからだ。
相手は何を漁られても平気で、こっちは何も漁られたくない。
防御に雲泥の差があり、覆すことができずに終えた。
だからこれは、考えを根底から改めるべきだ。
なにをすれば、わたしはアマニアに勝てる?
勝利するための手札は?
それは――意外なくらい簡単に思い浮かんだ。
「ひょっとしたら、いろいろ解決するかもしんない」
「はい?」
ただの思いつきだけど、賭けるだけの価値はきっとある。
+ + +
今の問題は、なんか知らないがアマニアがわたしに執着していることだ。
下級職員と広く知られるのは困る。だから隠しているのに、執拗に追いかけてくる。
これを解決するにはどうするか?
方法は色々あるんだろうけど、わたしは真正面から行くことにした。
相手の土俵に乗っかり、その上で凌駕する。
逃げずに、ただまっすぐ向き直る。
「どういうつもりです?」
わたしは、また図書館に来ていた。
アマニアの夜会に、また下水経由で参加した。
不審がられるのは承知の上だ。
アマニアだけじゃなくて、他の図書委員もわたしという闖入者を不愉快そうに見つめている。
どうやら、明日の新聞の発行のために記事を作成していたようだ。
机の上には書きかけの記事があり、闖入者であるわたしから隠すようにしている。
向こうからすれば突然、前触れもなく現れたように見えたはずだ。
もう夜会開催時間の半分が過ぎての参加だ。
邪魔者を咎める視線を全員が向ける。
ただ、何人かは入口の方を訝しげに見ていた。
各所に配置してある見張りをどう突破したのか、それを疑うものだ。
いい加減、この侵入経路もバレるかもしれない。
まあ、今夜さえ乗り切ればいい。
「うん、だから――」
わたしは、人形の姿でアマニアに向き直る。
変形させず、モブ顔でもない姿で。
「もう一度、ゲームをしに来た」
「――」
「今度こそお前に勝つために」
わたしの挑戦に、アマニアの視線は刃のように鋭く冴えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます