ep.41 「その喝采、ぜんぶ砕いてやる」

周囲はひどい状況だ。

一般的な生徒にとっては、いきなりトンカチ片手にクラスメイトを撲殺した奴の登場だ。

怖いしパニックにもなる。

なんか「血まみれハンマーがメイド姿を!」とか叫んでる奴すらいた。


けれど、そうじゃない令嬢もいる。

その恐慌を共有しない奴らがいる。

完全に表情を消して立ち上がり、徐々に近づく者たちが。


無表情の人形は、手を引き引き逃げようとする友人らしき人を振り払った。つい少し前まで朗らかに笑っていたのに、そんな過去なんてなかったかのように。


呆然とする令嬢を、アマニアが引き連れ逃がしてた。


混乱と混沌と騒ぎの中心にいるのは――

トンカチ片手のわたしと、そんなわたしの首根っこを掴むカリスだ。


「ど、どういうことよ……?」

「人形(コーキィア)って便利だよな」

「なんの話よ!?」


話としては単純だ。

人形(コーキィア)は、ある程度は思う通りの姿を取れる。

わたしはガンガンと自分の顔を叩いてそれをやった。上手い人ならもっといい方法がきっとある。

そう、「現実の人間そっくりの人形」だって、作り出せる。


「ここにいるのは、普通を模した人形どもだ」


上から覗き見ていて気がついた。

ああ、あれって人間じゃないし、中身空っぽだなと。


「そして、薔薇(ロドン)を元にした構築ならともかく、こういうのは夜会内でしか構築できない」

「な、なんでよ!?」

「それ、疑問の方向性がわかんねえよ」


さすがに「どうして夜会に人形がいるの」じゃないだろうから、どうしてデスピナはこんなことをしたのかとか、そういう意味なんだろうけど。


「喝采のためでしょう」


いつの間にか近づいていたアマニアが、隙なく撮影を続けながら言う。


「ここにいるのが人形であれば、より効率的に行うことができます」

「だろうな」


魔力変換の効率の問題だ。

生身の人間が「あー、あの人すごいなー」と思うより、夜会の中で作られ人形が、薔薇(ロドン)を経由して伝達した方が上手く行く。


「だ、だから、ここがまだ夜会だっていうの?!」


近づく無表情の令嬢たちを警戒する。

どういうわけだか、接近速度が随分遅い。

噂に聞くゾンビみたいだ。


「気づけよ、わたしですら学院の屋根裏すべてを夜会にできたんだぞ」

「だから何よ?」

「もっととんでもない奴なら、この学院すべてを覆う夜会だって展開できるよな?」


昨夜のことを思い出す。

わたしは支配こそが力だと宣言し、デスピナは喝采こそが力だと宣言した。


あのとき、妙な様子がたしかにあった、今思えばあれは「夜会が展開される感覚」だった。堂々と目の前で、デスピナは夜会を開いたのだ。


そして、一夜を越えて朝の今まで、それを続けた。

太陽を登らせ、小鳥を鳴かせ、さわやかな朝の風が吹き抜ける様子まで再現した。


そう、「現実そのままの夜会」こそが、今わたしたちが見ている景色だ。

窓の外を見ても、普通の景色しかないけれど、それらですら「作られた」ものでしかない。


カリスは呆然と「そんなこと思わないわよ……」と呟いていた。


「問題は、テメエらだ」


トンカチを、感情を無くした令嬢たちに向ける。

令嬢たちは、思い思いの武装を構築していた。

レイピアを、長剣を、斧を、ハンマーを手にしている。


「お前らって、誰だ?」

「誰って……え……?」

「令嬢本人が人形を操ってるなら、問題ない。だけどな、どうしてもそうは思えないんだよ」


カリスの夜会に侵入した成りすましがいた。

その成りすましは、アクセサリーを模造する程度には器用だった。

そして――


「そんな風に殺気と怨念のにじみ出る貴族令嬢がいるわけないだろうが」


わたしの指摘に応えるように、見えるだけで十人の令嬢が大口を開けた。いや、威嚇だ。

歯のすべてを見せるように奇怪な声を上げ――


襲いかかる。

もう我慢しきれないというかのように、あるいは破れかぶれかのように一斉に。

ぎこちないが、先が読めない突進だ。


「邪魔」

「うぼぁ!?」


反射的に抱きつこうとするカリスを蹴り離し、その攻撃を避ける。

殺す気概は本物で、その力もかなりのもので、避けた先の床が粉砕した。


まるで暴れ牛の群。

次から次へと、絶え間ない力任せが繰り返される。


「けど、素人だ」


連携もなにもない。人形という絶対的なスペックに任せたものだ。

ジグザクに避けるだけで簡単に避けられる。


それでも、パワーもスピードも体力も魔力も、向こうのほうが上だ。

人間と人形の差は隔絶している。


床につけられた破壊はわたしを追い詰め、壁にまで追いやり、大口を開けた哄笑で武器を振り上げる。

確実な敗北、ただし、何も対策しなければ。


支配。

それがわたしの夜会だ。

わたし自身を、そして、わたしに属するものに、意を通す。


「薔薇(ロドン)よ!」


魔力を捧げ、化粧を施した。

顔だけではなく、身体全体に。

身体の各所に鎧パーツを展開し、手にしたトンカチにもそれを這わせる。

頭は王冠にも似た兜が乗り、顔の前面をのっぺりとした仮面が覆う。


騎士と令嬢とを合体させたような姿は、薔薇の影響だ。

わたしとしては完全戦闘用の格好になりたかったけど、そういう物騒はお気に召さないらしい。


こちらの突然の変化に、敵は愕然とした。

動きが僅かに停止する。


「ふんっ!」


その隙をついて、剣をトンカチで叩き折った。キレイな高音をさせて崩壊する。

武器を失った令嬢は、害意をあっという間に怯えに変え、数歩後ずさった。

思いもよらぬことをされたと、全員の顔に書いてある。


「おいおい、ちょっと抵抗した程度でその体たらくか?」


わたしは仮面みたいなものを被っているけれど、外は見えるし声もこもらない。

お陰で撮影を続けるアマニアが、野次馬を遠ざけている姿も見える。


「お前らが倒せるのは弱くて反抗しないやつだけか? どうせもともと、隙をついてわたしたちに襲いかかるつもりだったろうが」


日中の授業中に攻撃されるとか、普通は思わない。

油断をつくということなら、これ以上ないシチュエーションだ。


だからこそ、わたしは先手を取ることにした。

このままだと、カリスあたりは確実に命を落とす。


なによりも――


「お前らみたいな人形をぶっ壊して行けば、デスピナは弱体化する、そういうことだよな」


人形(コーキィア)を経由して魔力を受け取っている以上、その供給元が減れば弱体化する。


ほとんど当てずっぽうの言葉だったが、どうやら正鵠を得ていたらしい。

取り囲む令嬢の殺意が更にワンランク上がる。


床に手をついていたカリスが「ひっ」と声を上げたのは、一番最初に頭を砕いた奴が地面を這いずりわたしの足を掴もうとしたからだ。

決して、わたしがその手を踏み砕き、人形の残った口が苦痛を訴えたからじゃないと思う。


「その喝采、ぜんぶ砕いてやる」


情報戦よりも、こっちの方がずっとわかりやすいし、なにより得意だ。


わたしは笑い、強くトンカチを振り上げた。

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