ep.21 「よいしょお!」

アマニアが主催する夜会、そこで行われているカードゲームのルールは単純だ。


問題を出して、相手が正解すれば魔力が回復する。

相手が不正解ならダメージを負うが、同時に「正解の情報」も伝達される。


これ、本来ならきっと相手のチーム全体を含めた魔力量を削り合うような戦いだ。

それが単純な魔力対決に終始しないように、情報って要素を取り入れただけで。


今、アマニアの人形の前に滑り出たカードに記されているのは、わたしについてのすべてだ。

わたしは何者かと聞いている。


この問題に不正解すれば、「わたし」が伝達される。


わたしが覚えている中で、わたしに関連しない情報なんてほとんど無い。

これは、脳そのものをアマニアに明け渡すようなものだ。

ヘタをしたら廃人化する。


だからこそ人形は、目を丸くしていた。

それまであった「ここから先は決して通さない、逃さない、必ず捕まえる」という意思が消え失せ、信じられないというように何度も確かめる。


「というか、ここでもこのカードって有効なんだな」


意外と有効効果範囲が広い。


「あ、貴女、いいの!?」

「なにがだ」

「だって、だって……」


わたしは肩をすくめた。


「だから、仕方ないだろ」


向こうに好き勝手に漁られるくらいなら、わたしから主導して渡した方がマシだ。


「知りたいって言うなら、いくらでも教えてやる、下手にわたしに取材するより、このカード経由で正解を知る方が、向こうにとってもいいはずだ」


なにせ嘘がない。

薔薇が保証する正解だ。


「もっとも――」


カードは人形の前の宙で止まっている。わたしについてのすべてが込められたカードだ。

当然、それなりの威力になる、それでも、一発程度であれば人形(コーキィア)は耐えられる。


アマニアは、歓喜に身を震わせながら口を開こうとし――


「!?」

「お前って今、喋れなくね?」


人形に現在、その機能はついていないことにようやく気がついた。


「不正解なら攻撃され、正解についての情報が来る。だけど、答えることができずに時間切れならどうなるんだった? たしかお前、無回答だと雷撃の威力が上がるとか言ってなかったか?」


その威力増加は、たぶん「正解情報の伝達」をカットして、その分を攻撃に回すからだ。

それは願望に近い推測でしかなかったけど、わたしはそれに賭けた。


焦りながらカードに魔術的な文字を書き記そうとするアマニアの様子からすると、どうやら間違っていない。


「見ることはできるし聞くこともできる、だけど、今のお前は喋ることができないし書くこともできない。「文は人なり」と言ったな、アマニア、お前は今、人であることを証明できるのか?」


回答の猶予時間はおよそ30秒、それだけの猶予が過ぎ去る。

その間のアマニアの苦労は実を結ばない。

下手な魔術文字は意味を伝えない。


遠くで、何かが弾けた。

吠えるように、猛るように雷が廊下を走り、回答しなかった不埒者を直撃する。


盛大な威力と閃光、だが一方で、予期できた攻撃でもある。

人形はとっさに防御態勢を取り、威力を殺した。


それは、人形を破壊しきれない。

その攻撃は人形の耐久値を突破しない。

わたしについての全情報は、その程度の威力だ。


「!?」


だが、吹き飛ばすことはできた。


人形のいた地点は出入り口の前。そこからぽぉんと背後に転がる。学院の外にまでごろごろと行く。

開いていたそこを通る時、わずかに抵抗の魔術光が見えたけれど、物理的障壁がないからか、案外簡単に通過した。


そうやって出た外にあるのは、夜会の暗さとは異なる、ごく普通の夜だ。


慌てたように起き上がるが、果たせない。

人形(コーキィア)は、学院生だけで生成できるほど甘いものじゃない。

あくまでも一定範囲内の、学院内という限定された空間内での加護があればこそ可能なものだ。


「わたしたちは学院の外に行けば勝ちだった。人形はそこまで追っては来れないから――そういう話だった」


長柄のトンカチを肩に預けながらわたしは言う。


「これさ、人形を学院の外に出せば酷いことになる、ってことでもあるよな?」


ジッ、という紫電が発生し――人形の指が弾けた。


削除(デリート)という単語が、脳裏をよぎった。

そうとしか言えない様相で破壊がなされる。


有ってはならない位置にいる人形に、削除(デリート)は繰り返し実行される。


右拳の表皮が削除(デリート)が実行される。

左親指の爪の削除(デリート)が。

第二肋骨の削除(デリート)が。

第四から第六までの胸椎の削除(デリート)が……


 あぁあああぁあああぁああ!!!!!!!!!


声というよりも振動として、全身で塗炭の苦しみを表した。


紫電が発生する度に、身体の一部が消え失せる。

ほどけた魔力が無秩序にばら撒かれ、魔力の霧となって漂う。


リアルタイムで感じ取る削除の苦しみ。

人形のそれであれば他人事として認識できるけれど、中心にある花はそうもいかない。


引き返すべく踏み出そうとして、けれど、途中で足首が崩壊した。眼球の片方が弾ける。


その全身が銃弾の雨を浴びたように痙攣を続ける。

ボロボロと、不可逆的な削除(デリート)は繰り返される。


「!」


アマニアは、己の胸から出ようとする花をつかみ、振り上げた。

意識が乗り移る先はそこで、その花さえ無事であれば本格的なダメージにはならない。


全身は崩れる。

投げた腕まで崩れるが、それでもなんとか投擲し――


「よいしょお!」


わたしはその投げられた花を、トンカチで打ち返した。

ぽぉんと逆方向へふっ飛んだ。

割といい飛距離だ。


伝達経路がまだ残っているのか、人形が唖然とした顔をしていた。

遠くでぱさりと花が落下し、そのまま紫電を放出する。


「教えてやるよ」


振り切った姿勢のまま言う。


「わたし、割と運動は得意な方なんだ」


知りたがっていた、わたしについての情報を教えた。


なぜか「そうじゃない」という表情をしたまま、人形と花は夜へと解けた。


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