ep.22 「ちょっと近くに寄れよ」

とりあえずは無事に戻れた。

アマニアの人形(コーキィア)は花ごと完全に消滅した。


わたしは一応、下水経由で戻り、追跡を振り切る。

新聞部員がどの程度の調査能力を持つかはわからないけど、念には念を入れておくべきだ。


もっとも、本当に杞憂だったのかもしれない。

なにせアマニアは、翌日の学校に姿を見せずにいた。

それだけの被害があったみたいだ。わたしたちを再追跡する余力がないほどに。


なにか後遺症でも残っていれば申し訳ないなとは思うけれど、一方で、こっちは死ぬような目にあったし、とも思う。

というか、わざわざ夜会の外まで人形で追うなよ。


「まあ、結局はくたびれもうけだな」

「ええ」


学校終わりの放課後、カリスと屋根裏でまた会合していた。

わたしたちが気にせず逢える場所は少ない。


「というか、新聞部に死ぬほど喧嘩を売ったような形だから、むしろマイナスか?」

「すごいわよ」

「なにがだ?」

「学校で、貴女についての噂が盛大に出回っているわ」

「うっわ……」


どんな噂かは聞きたくもない。


「なんでも夜会を丸ごと買い取れる財閥で、人形を生身で叩き壊せる戦闘力があり、一目見れば忘れられない絶世の美女だそうよ」

「何一つ合ってねえ」

「そうね」

「……素直に頷かれると、それはそれで嫌だ」


ベッドの上でわたしは「いー」という顔をした。

実は何度かカリスがしていた顔のマネだ。


カリスは素知らぬ顔でカップを傾けていた。


「わがままね」

「過度な賛辞は戸惑うが、ちょっとした褒め言葉は欲しいもんだ」

「貴女が?」

「なんだよ、悪いのかよ」

「そういうのは気にしないタイプだと思っていたわ」

「別に世辞はいらないよ。だけど、人形から生身で逃げ切ったんだぜ、自慢くらいはしたくなるだろ」

「まあ、その気持ちはわかるわね」

「まあ、何を言ってもわたしの身分が変わるわけでもないけどな」


なぜかカリスは複雑な視線をこちらに向けた。


わたしは今、昨日に引き続きベッドの上の住人だ。

さすがにコインの追加報酬はない。そもそもカリスは昨日も全財産を使い果たした。


魔力を回復するあてがない。

わたしはベッドから出ることができない。


「貴女ね……」

「なんだよ」

「財力や戦闘力については、たしかに盛られすぎた不相応な評価だと思うけれど、人形(コーキィア)としての貴女は、間違いなく美女よ」

「ハハッ、ナイスジョーク」

「貴女、鏡とか見ないタイプね」

「そんな余裕があると思うか?」


今度はカリスが「いー」という顔をした。

さすが本家、下の歯を全部見せつけるようにするのがポイントだ。


「……あのね、たいていの夜会では身だしなみのためにも鏡が壁に設置してあるものよ。貴女が見ていないだけでしょ」

「わたしの顔とか見てなにが楽しいんだ?」

「アマニア・アンドレウは楽しかったらしいわよ」


どういうことだ? と思うわたしの前に、紙が投げられた。

それは新聞部員に伝達された指令で、「あの美女をなんとしてでも探し出せ」と書かれていた。


「なんだこれ」

「アマニアが各所に発令しているものよ、ばらまきすぎて簡単に手に入ったわ」

「なんでこんなことを?」

「さあ? ただ彼女、貴女にご執心のようね」

「わたしにぃ?」


やせっぽっちで低い背丈と、ニキビだらけの頬を示しながら言う。


こんな奴に執着? 

笑っちまうな。


「ええ、貴女に」


けれどカリスは笑いもせずに頷いた。


「……変な話だな」

「そうなの?」

「わたしは現実の、この姿は見られていない」

「そうだったかしら」

「ずっとフードを被ってた。顔は見られてない」


だから今、カリスが以前にやったようなお宅訪問を受けていない。


「けど、だからこそヘンだ」

「どこがよ」

「お前も少しは見ただろ、わたしはあの夜、変装した人形の姿でいた」


人形は、ガンガンに変形させた姿しか出していない。

あれが美女に見えるなら、アマニアの美的感覚はとてもユニークだ。


「アマニアのやつ、なんで執着してるんだ?」

「そういえばそうだったわね、なんであんなことしたの?」

「変装だ」

「知ってる人からすればあれ、仮装にすらなってなかったわよ」


そういえば、カリスはわたしの姿を見ても戸惑うことすらなかった、緊急事態だからだと思っていたけど、そもそも見間違うことすらなかった。


「……事態については、推測できるわね」

「どんなだよ」

「貴女、あの夜、縛られて身動きが取れないとても素敵な令嬢を、無惨かつ容赦なくトンカチで殴り殺したわよね?」

「縛られてミノムシみたいな状態だったお前の蝶形骨をぶっ叩いたことか? まあ、脱出のために仕方なくやったな」

「それについて色々と文句はあるけれど、その後で、貴女自身も破壊した、そうよね?」

「ああ、そりゃな」


扉から出れない以上、緊急脱出ルートを使うしか無かった。


「その破壊の際、貴女の顔が戻っていたらしいわ」

「へ?」

「後頭部あたりを破壊したのだったかしら? その衝撃で、あなたの「変装」が解けていたのよ」


そういえばあのとき、アマニアが変な目で見ていたな、と思い返した。


「アマニアが狂乱しながら追いかけたのは、夜会外への人形の生成なんて手段まで取ったのは、貴女の素顔を見たからだわ」

「いや、素顔じゃないし」

「覚えておきなさい」


カリスはなぜか冷たい目でわたしを指さした。


「公式の場に行くときは、たいていは人形(コーキィア)で赴くわ。市民の前に出るときもそう。暗殺の危険を減らすために貴種は誰でもそうしている。つまり――」


とても言いにくそうに、あるいは、とても嫌なことを述べるように続ける。


「あの人形(コーキィア)の姿こそが、貴女だと見なされるのよ」


化粧の上手い下手みたいなものかな、と思う。

すっぴんを見せるのは、身内か心を許した奴にしかできない。


「いや、素顔だとか言っても、ペンダント取り返した後ではそういう機会もないだろ? あれを素顔扱いするのは、やっぱなんか違うんじゃないか?」


なぜかカリスはにっこりと笑う。

なぜだかわからないけど、「そんなわけねえだろ、少しは考えろやこのボケ」と言っているように見えた。



 + + +



結局のところ、事態は進展どころかマイナスだ。

余計な敵を増やしただけだ。


これからの動きはアマニアの追跡を交わしながらする必要がある。

カリスも下手にこの屋根裏に来ることもできない。関係者の追跡とか、マスコミがよくやる手口だ。


たかがペンダントを取り戻すだけなのに、どうしてこんなことになっているんだ。

ちょっとした私物の奪還だけだったのに、段々と話が大きくなっている感覚がある。

わたしが本来いるべきではない場所で騒ぎを起こしている。


それでも、他の令嬢に形見を好き勝手されることは気に食わない。


だから――


「なあ、カリス」

「なによ」

「ちょっと近くに寄れよ」

「どうしたよの、もう……」


少し不満そうにとことこと令嬢は近づく。

ベッドで倒れ伏したわたしは、その顔をじっと見る。


「なあ……」

「なに? そんなに言いづらいこと?」


残存魔力を展開、上半身を素早く起こしカリスの胸元をつかみ、そのまま引き寄せ、すぐ近くにまで顔を寄せる。


「ふあえ!?」


わけがわからないという顔をしている令嬢に。


「お前、わたしのこと売ったよな?」


その裏切りを問い詰める。


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