ep.20 「変なフラグ立てるなよ」

人形(コーキィア)と対決するバテバテの人間二人。

勝負にもならない戦いは、


「ヒィぃい!?」

「うわ、くそ、ふざけッ!」


別の意味で戦いにならずにいる。


わたしと同じくらいの背丈の人形、真っ白で細い体躯でどうやらドレスらしきものを着ている令嬢の姿、それが、腕を振り上げる。

ぎこちない動きからぎこちなく振り下ろした腕は、廊下を裂いた。


廊下の一部を壊したわけじゃない、見える限り廊下の端から端までをズラして壊した。

より正確にいえば、図書館前から四クラス分くらいの長さの「廊下」すべてに傷をつけ、震度2くらいの揺れを発生させた。

それは、わたしたちに身動きを取れなくさせる。


「死ぬだろうが殺す気かよどこの殺戮人形だ、お前なんかもはや新聞部員でもなければ図書委員でもないだろうが!」

「にげ、逃げますよ! はやく!」


そう、勝負にならない。

戦って勝てるわけもない。


この生存は、向こうの不慣れしか根拠がない。

わたしたちの機転や実力は無関係。

アマニアが、現実で使う人形の操作になれていないだけだ。


「……けど、こんなの時間の問題だ。どうすれば……」


攻撃は聞かない、防御も無意味、逃走も確実に追いつかれる。


どこかに隠れる?

それだと生存の目があるか?

だが、この夜の間中、ずっとそうしてるのか?


「学院から出ますよ!」

「え」

「なに呆然としているんですか、逃げればまだ助かる見込みがあります!」


何いってんだ、そんなことしても無駄だろうが。


そう思うがすぐに答えに突き当たる。

気軽に夜会をやれるのは、この学院の中に限定される。


だったら、この人形モドキも学院内に限定されているのでは?

カリスはそう言っている。


「!」


反射的に走り出す。

つい先程までわたしがいた空間を、人形が突進していた。


容赦もなければ自傷もためらわない一撃は、壁はもちろん窓ガラスの一枚も破壊しない。

人形は夜会限定、外と内とを隔てるものを超えられない。


円形の衝撃が乱流を起こし、ただわたしを吹き飛ばした。


「クソ」


転がり起き上がりながらも、人形と目が合う。

アマニアは先程の会話を聞いた。


その上で、その硬質が宣言していた。


決して逃さない、そんな権利などお前たちにはない、満足するまでただ情報を吐き出し続けろ、もっと無様を、もっと笑える失敗を、隠した秘密のすべてを、こちらに寄越せ――


壁を足場に、首をぎゅるりと捻じ曲げながら、不格好に人形が迫る。


「窓ガラス破壊しての脱出も無理かよ!」


実は密かに狙っていたが、無為に終わる。

おそらく、一般学院生が行う夜会が学院内に限定されているためだ。


学院そのものに張られた結界が防護をしている。外へと破壊が漏れないような措置がされている。

上下の床がその対象じゃないのが幸か不幸かはわからない。


人形が振り回す腕が乱気流を作り出す。

それにフードを取られないよう目深に被り直し、わたしは頷く。


「だが――」

「はえ?」


ぐいっとカリスの手を引き、壁の一部に手をやる。

ただの模様に見えるそれを押して回せば、ズレて隠し通路への入口になる。


ぱかん、と開いたそれを、カリスもアマニアも呆然と見つめる。


その隙をついてカリスの手を引いて入り込み、すぐさま閉めてロックをかける。

直前に慌てたように手足をバタつかせた人形が来るのが見えたけど、その指が入り込むより先にをシャットアウトした。

1人分の幅しか無い使用人用の通路という安全を得る。


「横の壁が壊せないなら、問題ない」


わたしが入った場所を、人形はガンガンに叩いた。

模様の一部を押しながら回転させることで開く扉だ。不器用な動作しかできない人形じゃ開くことができない。


「よし、移動するぞ」

「え、ええ……?」


真っ暗で見えやしないけれど、わたしからすれば慣れた通路だ。

カリスの手を引きながら移動する。

このままひっそりと、出入り口付近の扉を開けばいい。


「……ここが、隠し通路?」

「そうだよ」


はぇー、という感嘆が聞こえたと思ったら、変な音がする。

荒い鼻息の音は、どうやら喜んでいるためらしい。


「これなら無事ね、やったわ! 生き残った、帰ったらお祝いのパーティよ」

「なあ、カリス」

「なによ」

「変なフラグ立てるなよ」

「貴女こそ変なこと言わないでよ!?」


ガンガンという破壊音は続いている。

横壁であれば壊れないという性質は、この隠し通路も含めて「壁」として扱ってるみたいだ。


破壊音はまだ連続しているけど、無意味な行動だ。


「まあ、このまま進めばいいだけだ」

「あの人形、耳が無かったわ、余計な機能をカットしたのでしょうけれど、わたしたちの行先もつかめないはずよ」

「そっか、ならそこまで足音を殺す必要もないか」


少しだけ安心していた。

背後の破壊音も気にせずにいた。


その音が、いつの間にか別ものになっていたことにも、気づかずにいた。


「ん?」


そう、ガンガンという破壊音の発生は、もはや横の壁から発生していない。

それは、拳が壁を叩く音ではなく――人形の拳が床を破壊しよとする衝撃だ。音の位置がいつの間にか下がっていた。


横壁なら壊れない。

けれど、上下の床なら破壊できる。


だから、隠し通路のすぐ下の廊下を壊し、さらにちょっと移動してから上の床を壊せば、簡単にくぐり抜けることができる。


暗く伸びた一本道、一人がどうにか通れる通路、その遠くの床の一部が、剥がれた。

そこから指が入り、メリメリと引き剥がす。


真っ暗なのに見えているのは、その指がほのかに光を纏うからだ。

伸びた手が入り込み、強引に腕を入れ、肩まで侵入し、その頭部が周囲の破壊痕跡など気にせずグリグリと通る。


 あはっ


そう実際に聞こえたわけじゃない。

だけど、人形の目がそんな喜悦に歪んだのが、見えた。


「走れ!」

「もう、もう、もぉおお!」


お前は牛かとツッコミを入れる暇すらない。

フードを目深にかぶるわたしと、これ以上無い恐れ顔のカリスは手を繋いだまま可能な限り走る。


わたしたちの速度は、遅い。

当たり前だ。

ただでさえ通るのに苦労するようなところなのに、今は光源がひとつもない。


手足を蜘蛛のように動かしながら、口も耳もない人形が狭い通路を高速で迫る。

音が無限に大きくなる。


当たり前に追いつかれる。


「本当に、大損よっ!」


言いながら、カリスは投げた。


袋だ。

それなりの重量があるそれを、当然のように人形は振り払う。

何気ない動作だったけれど、鉄塊ですら切断しそうな一撃は袋内部のすべてを破壊し――


同時に、閃光が弾けた。


密閉空間で行われたため、衝撃が吹き荒れる。

アマニアの人形も両手を上げて目を丸くしながらゴロゴロと後退した。


「な、なんだ……!?」


わたしも同様に転がるけれど、直に食らった人形ほどじゃない。

ただ、視界が本格的に機能しなくなる。

威力や光量はそれほどでもない。

ただこの真っ暗な中では網膜に焼き付くような鋭さだ。


「こっちでいいのよね!」

「え、カリス?」


先ほどと違い、わたしが手を引かれた。


「もうコインは使い果たしたわ、逆立ちしても何も出ないわよ!」


さきほどの袋に入っていたのはカリスコインだった、それを投擲し、人形に破壊させることで簡易的な閃光弾にした。

無秩序な魔力衝撃は足止めとしては十分だ。


まともに見てしまったわたしやアマニアと違い、この事態を予期できていたカリスは迷わずに進む。

その足取りは頼もしいものだけど、それでも、決定的な違いは覆せない。


人間と、人形(コーキィア)との差だ。


「行き止まり!」

「そこ、押せば開く!」

「ここね!」


突き当りからこぼれるように出たのは、学院の出口付近だ。

ほっと安心する暇もなく、背後で弾ける音がした。


人形が、その四肢を使い全力で接近した。


それはわたしたちにぶつかることはなかったけれど、頭上を行き過ぎ、滑りながら停止し、眼前で陣取る。

黒いベリーショートの人形(コーキィア)が、立ちふさがる。

決して逃さないと言うように、両手を広げながら。


あと少し、あと一歩、だが、それをさせてくれない。


「くそ……」

「ここまで来て!?」


人形は、今更のようにキレイな立ち姿だ。

そのシルエットだけを見れば、どこぞの令嬢でしかない。

まだ慣れていないのか、たまに手足が痙攣しているのは御愛嬌だ。


外から月明かりがわずかに差し込んでいる。

夜会の暗さじゃない、当たり前の夜が直ぐそこにある。


なのに、届かない。


「別の隠し通路はないの?」

「あればとっくにお前の手を引いてる」

「そうね」

「二手に分かれて左右から行くか?」

「それで突破できると思う?」


無理だ。

その程度で越えられるほど甘くはない。


アマニアの方が動いていないのは、きっと新聞部員たちが追いかけてくるのを待つためだ。

夜会から外へと出た人形は、きっと思う以上に動かし辛いものだった、下手をすればわたしたちを殺してしまうほどに。

彼女がしたいことは取材であって惨殺じゃない、この場面で無理をする理由もない。


「なら、まあ、仕方ないな」

「諦め良すぎよ」

「自滅覚悟でやるしかないな」

「……これ、諦めじゃないわね、独裁者の暴走とかよね」


失礼なと思いながらも、わたしは懐からカードを出す。

人形が動こうとするけど、それよりも先に魔力を込める。


アマニアに見えるよう、表面を見せつけるようにしたそこに、文字が浮き出た。


 問 クレオ・ストラウスとは何者か?


それは、アマニアが取材によって得ようとしていることそのもの――いや、それ以上の、「わたしのすべて」だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る